第31章 悪党会談
この文章は生成AIの力を借りながら、細々と進めています。
神浦城の庭には、竹の音しかなかった。
海から吹く風が、竹林をゆっくりと揺らす。葉が触れ合い、乾いた音を立てる。その音だけが、広い庭に流れていた。
庭の端に一人の男が立っている。
日野龍重。
彼は背を向けたまま、竹を見ていた。視線は遠く、海の方へ向けられている。まるで、ここに客が来ることなど知らぬかのようだった。
石畳を踏む足音が近づく。
案内役の武士が一歩退いた。
その後ろに立っているのが、小河信安だった。
旅の埃をまとった衣。従者は数人。佐嘉から逃れてきた男の姿としては、驚くほど静かな佇まいだった。
信安は庭を見た。
整えられた庭石。苔。竹。海からの風。
城の庭というより、寺の境内のようだった。
そして、龍重の背中を見る。
振り向かない。
しばらく沈黙が続いた。
信安は動かない。
龍重も動かない。
ただ、竹の音だけが鳴っている。
やがて、庭の縁側に腰掛けていた僧が笑った。
西東空海である。
「殿。」
酒盃を揺らしながら言う。
「小河信安殿です。」
龍重は振り向かなかった。
「知っておる。」
短い言葉だった。
沈黙。
信安がゆっくり口を開いた。
「初めてお目にかかる。」
龍重。
「いや。」
少し間。
「随分前から知っておる。」
信安はわずかに眉を動かした。
龍重はようやく振り向いた。
その目は穏やかだったが、どこか笑っているようにも見えた。
「龍造寺の帳簿を読んでおった。」
信安。
「……ほう。」
龍重。
「面白い男がおると思ってな。」
沈黙。
空海が横でくすりと笑う。
「狐ですな。」
信安が視線だけで空海を見る。
「僧が酒を飲む国は初めて見ました。」
空海は盃を掲げた。
「良い国でしょう。」
龍重が言った。
「小河。」
信安。
「はい。」
龍重。
「なぜ逃げた。」
庭の空気がわずかに変わった。
信安は即座に答えない。
竹が揺れる。
やがて言った。
「逃げておりません。」
龍重。
「ほう。」
信安。
「龍造寺が終わっただけです。」
沈黙。
空海が笑う。
「言いますな。」
龍重の口元がわずかに動く。
「終わったか。」
信安。
「終わりました。」
少し間。
「殿が死んだ時に。」
龍重は空を見た。
「隆信か。」
信安。
「殿が存命であれば、ここにいなかった。」
龍重。
「そうか。」
信安は龍重を見た。
「ただ。」
沈黙。
「あなたの計算では、死ぬ予定ではなかった。」
空海の手が止まった。
龍重は動かない。
信安は続ける。
「生きて帰れば良かった。」
沈黙。
「無理をする。銭を借りる。家臣が疲れる。」
少し間。
「離反する。」
信安は龍重を見据えた。
「そういう戦でしょ。」
風が吹く。
竹が鳴る。
龍重はしばらく黙っていた。
やがて小さく言った。
「……そこまで見るか。」
信安は肩をすくめた。
「帳簿を見れば分かる。」
沈黙。
龍重が言う。
「だが。」
少し間。
「隆信は死んだ。」
信安。
「ええ。」
龍重。
「だから儂は負けた。」
空海が吹き出した。
「殿。」
信安は静かに笑った。
「やはりな。」
そして言った。
「あなたは国を作る気ですな。」
庭の空気が止まった。
龍重がゆっくり信安を見る。
「分かるか。」
信安。
「私も同じです。」
空海は声を上げて笑った。
「これはまた、とんでもない亡命者が来ましたな。」
龍重は言った。
「小河。」
信安。
「はい。」
龍重。
「肥前をどうする。」
信安は即座に答えた。
「割り、砕き、飲み込みやすく。」
沈黙。
龍重の目がわずかに細くなる。
「どうやって。」
信安。
「武家は銭で割れる。」
空海が笑う。
「やはり狐。」
龍重は首を振った。
「違う。」
少し間。
「狸じゃ。」
そして言った。
「ようこそ。」
沈黙。
「悪党の国へ。」
信安は小さく笑った。
「安心しました。」
少し間。
「まともな国ではないようだ。」
竹が鳴った。
神浦城、夜。
海から吹く風が竹林を揺らしている。葉が触れ合う乾いた音が、静かな庭に流れていた。
縁側には三人。
日野龍重。西東空海。そして小河信安。
庭石の上に広げられたのは地図だった。肥前、筑前、筑後、そして南には肥後の阿蘇、薩摩の島津。
信安はしばらく黙って地図を見ていた。
やがて言う。
「龍造寺は割れます。」
龍重は竹を見ている。
「うむ。」
信安。
「納富信景が兵を動かし、家臣団は裂ける。政家は抑えられない。」
少し間。
「龍造寺は崩れます。」
沈黙。
竹が鳴る。
龍重が静かに言った。
「崩さぬ。」
信安が顔を上げる。
「……は?」
空海も眉を上げた。
龍重は地図の一点を指す。
佐嘉。
「龍造寺は残す。」
信安。
「なぜ。」
龍重。
「壁だからじゃ。」
沈黙。
信安。
「壁?」
龍重。
「龍造寺があるから、島津は北へ来ぬ。」
空海が笑う。
「なるほど。」
龍重。
「もし龍造寺が消えれば。」
少し間。
「誰が来る。」
信安。
「島津。」
龍重。
「そうじゃ。」
沈黙。
龍重は続けた。
「だから龍造寺は残す。」
「だが、強くては困る。」
空海が酒を飲む。
「弱く。」
龍重。
「割れたまま、残す。」
沈黙。
信安はしばらく言葉を失っていた。
やがて小さく笑う。
「なるほど。」
少し間。
「龍造寺は殿の盾ですか。」
龍重は首を振った。
「壁じゃ。」
空海が笑う。
「殿は国を作っておるのではない。」
酒を揺らす。
「地図を作っておられますな。」
沈黙。
信安は地図を見る。
やがて言った。
「面白い。」
龍重。
「何がじゃ。」
信安。
「初めてです。」
少し間。
「私より悪党に会ったのは。」
空海が吹き出す。
「殿。」
龍重。
「何じゃ。」
空海。
「気に入られましたな。」
信安が龍重を見る。
「仕えます。」
沈黙。
空海が止まる。
龍重。
「理由は。」
信安。
「一つ。」
少し間。
「この国は、殿がいないと真面目でつまらない。」
空海が声を上げて笑った。
「これはまた。」
酒を掲げる。
「狐が来ましたな。」
龍重は小さく笑う。
「狸の方が近い。」
沈黙。
風が吹く。
竹が鳴る。
やがて信安が言った。
「殿。」
龍重。
「何じゃ。」
信安。
「納富信景を動かします。」
空海が笑う。
「もう動いておるでしょう。」
信安は首を振った。
「まだ足りません。」
龍重。
「どうする。」
信安は筆を取った。
紙を広げる。短い書状を書き始める。
空海が覗き、読み上げる。
信安の筆は迷いなく書き終える。
空海は笑い出した。
「殿。」
龍重。
「何じゃ。」
空海。
「筑後殿は武家なんぞやめて名文家として売り出せばよい。」
龍重は信安を見る。
「策は。」
信安。
「ありません。」
空海が止まる。
「……は?」
信安は平然としている。
「所詮、納富。」
沈黙。
信安。
「彼は怒り、動く。動けば崩れる。」
空海が笑う。
「無策の策。」
信安。
「ええ。」
少し間。
「納富が策です。」
龍重はしばらく信安を見ていた。
やがて言う。
「小河。」
信安。
「はい。」
龍重。
「お前。」
少し間。
「性格が悪いいい男だな。」
信安は笑う。
「惚れないでくださいよ。」
空海が声を上げて笑った。
「これは面白い。」
酒を飲む。
「狐と狸が手を組んだ。」
龍重が首を振る。
「違う。」
少し間。
「共犯じゃ。」
沈黙。
三人は地図を見る。九州、その盤面が静かに広がっていた。
龍重は地図を見たまま言った。
「国は攻めて取るものではない。」
風が吹く、竹が鳴る。
「崩れるようにしてやればよい。」
夜の海は静かだった。
だが、九州の流れは、もう動き始めていた。




