第2章 方針
やはり生成AIの力を借りて進めています。
長与日野家に戻ると、家中郎党が集まっていた。支配下の村長や商人、職人頭たちも集まっている。空気は熱い。
熱気というか怒気だろうな。龍重が金を借りた話は狭い村の中、すぐ駆け回る。うわさを聞き付けたのだろう。
「若様!」
「どういうことですか!」
「返せるんですか!」
口々に非難の声。日野家が借金まみれになれば、我らの生活も沈む。理屈でなく感じ取った怒りが龍重にぶつけられる。
今までの龍重であれば、おそらくだが困惑し、気弱そうにしていたに違いない。元々は真面目だが気の弱い好青年なのだ。
だが、今は違っていた。
キッと皆の前に立つ。表情は穏やかだが気配が異なる気がする。一瞬の沈黙の後、評定の間の最上段に上がり、しばらく村民たちを見る。そして、頭を下げた。
「へあ?!」
「わ、若様?」
「え、ちょっと」
怒気が一斉に吹き飛ぶ。領主様が私たちに頭を下げた、いや、逆だろうと民は混乱する。
「皆の者、心配は重々承知。心配させたは我が罪じゃ。じゃが。」
頭を上げる。澄み切った瞳。誰かが唾を飲む。
「必ず儂の首一つで済ます。お主らには責は及ばぬ。既に神浦本家にも文は送っておる。」
一拍置き、
「失敗すれば儂が死ぬだけ。成功すればお主らはマシな生活が送れる。」
誰かが噴き出す。
「それはいつもの事じゃわなぁ。」
「そうであったか?」
職人頭が笑いながら、
「いつも若は『金が無い』と言いながら、儂らに手当てをくださる。妙なお人じゃが、それがよい。」
歯の欠けた笑顔でニカっと笑う。
爆笑。
「今回も何とかするんじゃろ?」
支配下の村長もあきれ口調で言う。
「するさね。今度新作の裸踊りを……。」
「ちっとはましなものにしなさいよ。」
そして少しばかり笑い合うと、家中郎党も村人たちも居住まいを正し、龍重に頭を下げる。
「失礼いたしました。我らは若のため尽力させていただきます。」
「大儀。皆、下がってよい。」
大仰に頷き、笑顔で見送る。皆が姿を消した直後。
縁側に駆け寄り吐く。
顔色が死人だな。
『当たり前だ、阿呆。沈むかと思うたわ。』
沈みかけたな。
『沈まなかった。それでよい。』
震えは止まらない。
「若。」
空海が呆れ口調。
「ほんと馬鹿ですな。」
龍重は震えながらも胸を張って、
「馬鹿なんだよ。早く力ある者のところへ行けと。」
「賢いのは出ていきましたな。」
「お主も沈みたくはないじゃろ。」
惚けた顔で空海は言う。
「沈ませないさ。」
空海の言葉に、頬を掻く。
「大きく出たな。損覚悟か?」
「馬鹿の算盤ですぞ。当然。」
「紙だ。」
「無理筋です。」
「馬鹿の算盤なのにか?」
「算盤の問題ではありません。もっと単純、できるかできないかです。」
「できない理由。」
「金、素材、技術、ないです。」
試しに……。
「まさか、自分でやるつもりですか。正気の沙汰じゃない。」
ばっさり切る。地空の養子、伊達じゃない。
「椎茸栽培の余剰を切るか? 楮は手に入るか? 技術はどうする?」
「一遍に言うな。考えとるわ!」
「下手な考え休むに似たり。」
「腹立つな、お前。」
空海、即答。
「怒っても紙は漉けませぬ。」
鼻白む龍重にさらなる追い打ち。
「若、楮を見たことは?」
黙る。
健が脳裏で楮の映像を出す。明確に龍重に伝わればいいが。
「紙は山で育ち、水で死にます。水が合わねば繊維は絡まぬ。」
「ならば水を変える。」
「神仏も味方に巻き込むつもりで」
閉口。
「もう寝る!」
「ふて寝ですな。」
翌日、長与郷のとある川辺。
鍋で楮を煮る。近くの樵が幸い知っており持ってきてくれた。が、数はそう多くないとのこと。
「おい、煮たのはいいが、この後どうするんだ。」
流水で徹底的に洗う。
取り合えず一週間、健の(曖昧な)知識を基に作ってみるが……。
空海が淡々と。
「できませんな。」
龍重、拳を握る。温度が足りない。
「温度? 足りないのは技術と経験です。」
龍重、初めて地空の「あれば実現するのであれば、天下は平定」を痛感する。
「あるとできるの壁が辛い。」
館にて、燭台の明かりの前で静かに瞑目する龍重。
「……本当にできるのか。」
珍しく即答しない。
知識があれば、何でもできる……と思っていたが。
知は力だが思い知る。
静かに廊下から空海が声を掛け入ってくる。
瞑目したままの龍重に問う。
「若は何を急ぐ。」
「三年じゃ。」
「あなたが作るのですか?」
目をかすかに開く。
「儂が作らず誰が作る。」
「はぁ。」
呆れたように言う。
「何でもできると思っているなら心底馬鹿ですな。できないならできない人に頼りなさい。」
龍重、顔を上げる。
「職人に頭を下げるか。」
空海、即座に否定。
「違います。」
「違う?」
「頭を下げるのも裸踊りも既にやっている。」
間。
「若は作る側になりたいのですか。」
龍重、眉をひそめる。
「作らねば始まらんじゃろ。」
「言い出しっぺは若。作るのは職人。役割分担です。」
静かに続ける。
「紙漉きは熟練の技術の塊。繊維を叩く力、灰汁、水、揺らし。一週間で思い知ったでしょうが。」
抉るほどの正論。
空海はさらに言う。
「しかし気をつけねば、職人は誇り高い。木っ端領主が横から口を出せば帰ります。」
龍重、沈黙。
人の輪をつなげ。
龍重、ゆっくり口を開く。
「どうしようかのぉ。」
「職人が動く理由を作る。」
「利。」
「利だけでは足りません。」
「名。」
「それも足りぬ。」
「若が場を作るのです。」
龍重、視線を上げる。
空海は淡々と。
「寺と商人のつながり。そして我らのなけなしの資金。三つ揃えば、職人は来る。」
「地空と光輝を同時に絡めるか。」
「絡めるのではない。逃げられなくする。」
微かな笑み。龍重の目に光が戻る。
「ならば紙は作るでない。」
「ええ。」
「作らせる。」
燭台の火が揺れる。
龍重、深く息を吐く。
「あるからできる、ではない。」
「できる場を整える。」
健が笑う。やっと分かったな。
『やかましい。黙ってろ。』
龍重、立ち上がる。
「明日から職人を探す。」
「その前に評判を探しましょう。西彼杵では紙づくりをしていないので無駄足。」
「ならば。」
「筑前、または豊後。技は流れます。」
「金は椎茸から回す。」
頷く空海。
「寺の名を前に出す。」
「ならば豊後がよろしいかと。」
「豊後? あそこ、大友と寺社で関係が微妙と養父が。」
空海の言葉に、呆然とする龍重。
「地空殿、怪物か。」
「生臭ですな。」
苦笑を浮かべる二人。
「商人に売らせる。技術招聘は光輝には噛ませぬ。」
「妥当でしょうなぁ。若は場を作る。」
静かに頷き合う。
惨憺たる失敗。だが、方向は変わった。
燭台の火が、今度は強く揺れた。
月日はかかる。あてずっぽうでは無理だ。
目星をつけねばならぬ。
「情報が欲しい。」
ぽつりと呟く龍重。
紙漉きの技術を持つ、旧来の伝統で縛られている場所。
「新興が良いのでは?」
空海が呟くが、龍重は首を横に振る。
「旧来ほど、不満が溜まるものよ。」
いくつか候補は上がってくるが、
「……肥後と豊後境、久住山麗。」
「阿蘇の神道、大友家に仏教……三つ巴ですな。」
空海はやれやれといった様子だが、まともに相手にすると命を落とす。即行って手形を切る。この場合、それが最善だろうとの結論になる。




