第20章 日見峠大攻防線、前編
この文章は生成AIの力を借りながら、細々と進めています。
肥前国、長崎近く、長崎と矢上を結ぶ要衝。小規模ながら常設の砦が置かれているのは長崎街道があるため。
肥前の熊の進軍路は徹底して予測を立てて、その進路上は食料を豊富にして人は大村、または長崎へ避難させた。無茶に見えるが、商人の噂、寺の信、何より龍重の誠実さと実行力を信じる民は迷わず動いた。反対する者には十分な金を渡した。
「いやはや、百二十石で泣き言言っていた我らとは思えない金の掛け方です。」
「それでも浪費とは言わんのじゃな、お主。」
のんきな会話ではない。竹を切り、束ね、運び、加工。手を動かしながら会話は進む。
「必要経費と浪費を混ぜる算盤など燃やすに限る。」
「お主らしい。」
苦笑を浮かべながら汗を拭う。
「帰ってきたな。」
「ええ、あの死線、今でも背筋が凍りそうですな。」
大村家による侵攻線、さほど月日は経っていないはずなのに。
「月日は経ちます。殿……。」
空海は一転、揶揄う口調で、
「娘は可愛いでしょう。」
「……まぁな。」
日頃の年寄口調でなく、不貞腐れた口調。珍しく年相応。
柚那との間に無事子ができた。男子を、などと陰で言う者はいるが、今や面と向かって言える者など数少ない。
「真希、でしたっけ?」
「ああ。」
実は健とも相談して決めた。はきとした口調ではなかったが、かなり推しておったな。
「良い名で。真の希望、我らが必要としているものですな。」
相変わらず口が悪いが……。
日見峠は伊佐早(諫早)方面と長崎をほぼ唯一つなぐ道。他の侵攻路もないわけではないが、龍造寺家の大軍が進むにはどの道も狭く、急だ。
「道沿いに隠し道。」
青雲隊副隊長、中川与作郎に出した指示はこれだけ。だが、一典と相談しながら作り上げた道は一見して見ると獣道。地の人間でなければ分からないような道を縦横に作り上げた。山岳戦における機動戦。強襲山岳兵は大村に派遣している。
だが、共に訓練もしてきた農民兵はけして欲だけでなく、練度も身に付けている。そして……。
「そろそろ昼じゃな。今日は何じゃ?」
わざとのんきそうに龍重が周囲に聞く。
「聞いた話じゃと椎茸を大量に入れた獅子(猪)鍋じゃと。」
龍重、
「ほぉ、それは楽しみじゃな。そうじゃそうじゃ、味噌をたっぷり使っておくれ。」
おどけた口調で続ける。
調味料の生産も始まっている。交易品として使っているが、士気向上のために調理場も整え、食の改善を図っている。
かなりの好評である。しかも、功労者には家族も招待しての宴を行う。これは既に、治水、椎茸栽培、塩田開発、土木工事などで功多い者たちに実施済み。空手形でないため、農兵たちの士気も高い。
物見が駆け寄る。
「大村より狼煙。かなり村が焼かれていると。」
空気が一変。
物見櫓に上がると、曇り空にも関わらず煙が幾筋か。
農兵が、
「来る。」
「ああ。」
しばしの沈黙。
龍重が明るく、
「来るな。」
「いや、来ないといかんでしょ。」
間髪入れない空海に、周囲苦笑。
「来るか、仕方ないのぉ。腹が減っては戦にならぬからな、しっかり食って、しっかり用意して……しっかり殺す。」
最後の一言に全員の動きがより鋭くなる。
肥前国肥前古賀、龍造寺陣。
重臣、百武志摩守(賢兼)、江里口藤七兵衛尉(信常)が意気揚々と戻ってくる。
戦果を声高らかに周囲に叫ぶ。
「兵糧、多数確保。」
「村落、数多焼き討ち。」
威勢が良い。
だが、側付きの兵は呟く。
「人がいない。」
残っていたのは、年寄だけ。
若者も女子供も略奪できなかった。
そんな呟きはなかったもののように狂喜。
「めでたいめでたい。」
「このまま行けば、あの日野の小僧も頭を丸めて頭下げに来るだろう。」
楽観、緩み。
だが、隆信。
「落ち着け。まだ緒戦。優勢に浮かれるな。」
その言葉に、周囲も少しずつ収まっていく。
「周辺警戒。」
「日野は強襲、夜襲、奇襲何でもあると思え。」
百武志摩守、江里口藤七兵衛尉も気を取り直し周囲に指示を出す。
肥前国、日見峠砦、夜半。
陣館の中で、龍重と空海が物見たちの報告を時系列に取りまとめている。
「いやはな、動きが早い。あっという間に肥前古賀ですか。」
「指呼の距離じゃの。」
龍重が顎を撫でる。
「芒塚の民たちもすぐ避難できますが……。」
空海の呟きに、龍重、首を横に。
「いや、酒とか猪、鹿を献上させよ。名代は……松島神社宮司。」
龍重の呟きに、空海がこめかみに親指を当てながら、
「動きを鈍らせますか。」
「んにゃ、おめおめと逃げ帰らせるのも癪だでな。」
龍重が悪い笑みを浮かべる。
空海が言う。
「……包囲殲滅。」
「それはまだ無理じゃ。じゃが……。」
竹の枝で地図上をなぞる。肥前古賀から日見峠、龍造寺。日見峠を二度叩く。そして、芒塚、界、網場、宿、矢上をなぞり、肥前古賀の位置を軽く一叩き。
「包囲はできる。」
「……ん~人戻しますか。」
「機を見ての。」
二日後、芒塚。
龍造寺家の先陣が、宮司をはじめとした村人たちから歓待を受ける。
特段「日野家の横暴」、「進んで龍造寺家への従属」などではない。ただ、被害を避けるための戦国的な儀式である。
とはいえ、油断は無いが勝利は確実との思いがあり、浮かれる。
「宿営。」
「はっ。」
日見峠は目前。ここに大軍を置き、圧をかける。普通の土豪、国人ならこれで下ってくる者も多い。
実際、芒塚の村だけでは足りず、北側の方まで軍兵が動き回り、龍造寺家の旗で埋め尽くされる。
「まぁ、下ったりはせんでしょう。」
百武志摩守が隆信に話しかける。
静かに頷く隆信。
異質。
日野家への評価はそれに尽きる。
これまでの常識が通用しない相手。
これはこちらの常識が通用するまで兵力で押し通すまでだ。
たかが、弱小土豪からの成り上がり。
戦陣に緩みはないが、まだ、日野家の事は侮っているところもある。
宿営準備が整うと酒や食料に、兵たちが群がり、あっという間に酒宴に。だがここでも油断はしていない。当番制で見回りはしっかり行う。
浮かれる兵たちとそれでも見回りを欠かさない将、接待する村人たちも張り付けたような笑顔で必死に歓待する。
刃はいつでも我らに向かってくる、戦国の農民、弱いわけではない。だが、この空気の緩急に今すぐにでも逃げ出したい思いはある。
だが我らも……舐められてたまるか。
払暁。一番警戒が緩む時間。だが、あえて一歩遅らせる。
日が昇り払暁強襲もなかった、龍造寺軍が思い、朝餉の支度をしようとしたその時、来た。
突如、矢。雨ではない。だが、朝餉の支度に気を取られていた者たちの数名は負傷する。
「見張りはどうした!」
叫び声。
見張りがいたはず、そんな苛立ちが声色に出る。
だが、目の前にいる。
気が付くと、芒塚の宿営地は数か所、襲撃を受けている。
「敵襲!」
陣幕からも叫び声。
ようやく動き始めるが……動き始めた頃には既に敵兵は姿を消していた。
「払暁後の強襲……阿呆か、奴らは。」
江里口藤七兵衛尉の忌々し気な呟きに、首を横に振る隆信。
「油断よ。」
「しかし……。」
「藤兵衛、我らは油断した。だから払暁明けの強襲など食らった。」
怒り狂うでもなく、冷静に諭すように。
「油断した。忘れるな。」
江里口藤七兵衛尉は背筋を伸ばし、一礼。
「怒り心頭になったかのぉ。」
龍重はたっぷり寝た後、あくび交じりに呟く。
「怒髪衝天でしょうな。これで相手の油断は消えました。」
一見、相手に利する行為。
だが、
「これで引くに引けなくなる。」
龍重が呟く。
日見峠に嫌でも視線を向けさせる、視野狭窄への一歩。
視野が狭いほど、落とし穴に落としやすくなる。
「さぁ、始めましょう。……死闘。」
空海は事も無げに言うが、緊迫感は伝わってくる。
既に物見から長崎街道を登ってくる龍造寺軍の動きが複数。
「分断。」
戻ってきた物見に短く伝える。既に策は講じてある。後は……実戦。
一声もなく、火矢が放たれた。無造作に積まれた、と見せかけた落ち葉の山に着くと同時に爆発と激しい炎。
数か所で同時に寸断。
騎乗の将は馬の混乱で転がり落ちる。
兵たちは突然の炎に動じるが、
「突貫。」
静かに、百武志摩守が指示を出す。
「数では我らが優位。押し込め。」
落ち着いた指示に、火を物ともせず押し込む。
「甘い。」
空海が呟く。
分断されれば兵数は相手がやや有利。ここに地の利を乗せるとこちらが優勢。
「一撃でなく何度でも叩くさね。」
龍重の策は単純。
「犬は噛みつく、猫は引っ掻く。山の民は……どうじゃろうねぇ。」
皮肉っぽく言う。わざわざ相手の土俵に乗ってやるほど伊達や酔狂ではない。
「第一陣、退きます。」
「さらに混乱を引き起こしてやれ。」
龍重の指示を受け、空海が溜息をつきながら言う。
「放て!」
放ったのは……猪。砦の塀の上に仕掛けられた箱。そこから飛び出してくる猪数頭。
「貴重な食糧源なんですがねぇ。」
空海が、もったいない、と呟きながらも指示を出していく。
飛び出した猪は勢いよく龍造寺軍へ突っ込んでいく。
龍造寺軍からすると意味が分からない。日に囲まれ、日野軍と戦っていると思ったら猪が突っ込んでくる。
予想外のことに第一陣だけでなく炎で分断されていた二軍、三軍まで混乱は広がる。
その混乱を縫って、隠し道からは密かに、しかし集中的に矢が放たれる。しかも一射毎に位置を変える細かさ。
かつての日見峠の戦いより洗練されていた。だが、押せば柵と落とし穴、退こうとすれば投石、弓……鉄砲。あの時無かった物も運用され始めていた。逆に糞尿は硝石作成や肥料として戦略物資化しているので今回は投入されなかったので、その面でも洗練された。
「やれやれ、私たちも多少行儀よく戦えるようになりましたな。」
指揮の合間に皮肉る空海。以前よりは泥臭くなさそうだが、煙塗れ、血塗れは変わらない。
「効率よく人殺しをできるようになったわけだ。」
龍重もいつになく毒がきつい。
やはり実戦はきつい。おそらく戦の後はまた吐いている。妙な確信。
遅々として進まない前列、殺気立つ軍兵が意味不明の叫ぶ声を上げている。
「入れ替えながら攻め上げよ。」
隆信はまだ冷静だ。いや、冷静を装っている。
戦術的には的確な指示を出し続けている。負傷者を下げ、新たな軍を送り、傷ついた隊を再編して突っ込ませる。まだ本陣には敵の手は及んでいない。
余裕が見える。
「数は我らの勝ち。ならば、数で押し切る。」
隆信の出した単純な結論。
平野での決戦なら間違いのない正統な策。
だが、ここは。
「うわぁ。」
「押すな!」
「下がれ!」
「邪魔だ、どけ!」
長崎街道は大混乱。農兵の六丈の竹槍、ご丁寧に先には大きめの石を縛り付けて叩きつける。突きと混在しているため、龍造寺軍は進むに進めない。さらに崖上から投石、弓、鉄砲。
だが、龍造寺軍も強か。即興で竹束を集めて盾代わりにしながら、押しのけようとする。火を着けられれば日野軍に投げつける。
農兵たちもしぶとく戦うが、常備兵との差が出る。そして、交代もままならないがもうすぐ夕闇。長時間に及ぶ死闘の末、龍造寺軍は一旦芒塚まで退却した。
「しぶとい。」
隆信が本日の戦況報告を聞き、呟く。
「だが、相手は小数。交代で攻め続けよ。」
「はっ。」
百武志摩守、江里口藤七兵衛尉が承った、と立ち上がる。
「疲れさせるは軍の常識よ。我らは余力がある。敵にはない。緩々と攻めよ。」
後編へ続く
作中では真希は「真の希望」などとそれらしいことを言っていますが、実際は憑依人格である健の推しである「ゴマキ」から来ています。作者の年代がバレそうです。




