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肥ノ国立志伝~戦国制度革命史  作者: 日野龍哉


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2/22

第1章 決戦、賃借合戦

生成AIの力を借りながら、細々とやっています。

挿絵(By みてみん)

翌日、長与郷本河内邸。磨き抜かれた瓦、静かに威圧する巨大な門。植え込みは一分の隙もない。目的が威圧だな、これ。

 龍重の家より立派だな。

「これで表向きは小商い。ものは言い様じゃな。よくできておる。」

 皮肉りながら健に返す。

 門番に一礼。

「長与日野家当主、信太(龍重の通称)と申す。御当主光輝殿は御在宅にござるか。」

 門番は無愛想。一応、領主なのだが……。

「御領主とて、商いの前では塵にございます」と言わんばかり。

「流石、肥前国西彼杵半島随一の商人様さね。」

 なるほど。文句があるなら光輝以上に金を持てということか。

 客間に通される。

 帳面を睨みながら、忙しなく手を動かす。客の前にも関わらず。

挿絵(By みてみん)

 ははぁ、これは一種の威圧だな。健が悪い笑みを浮かべる。自分自身も相手に圧をかけるために、相手の前で忙しそうに仕事をしているふり。なるほど、主導権を奪いに来たか。

 龍重に伝える前に、光輝の前に正座する。だが、頭は下げない。

 筆先が止まらぬ。視線も上げぬ。そして、光輝が睨む。

 すげぇ眼光。ただの商人じゃねぇな、こいつ。

「よぉ、坊主。相変わらず間抜けそうな面構えだな。」

 こ、こいつ口も悪いな。

「光輝殿、お久しぶりです。以前、隠居様の家でお会いしましたな。」

 おい、こいつと顔見知りか?

『そうじゃ。祖父の代からの腐れ縁じゃな。』

 隠居様が祖父? もしかして、お前結構いいところの坊ちゃんか?

『西彼杵半島日野家は連合豪族の名代じゃ。』

 はぁ、家中で燻っているわけか。次期当主じゃねぇの?

『儂は盆暗じゃからな。優秀すぎる姉か弟が継ぐじゃろ。』

 他人事か。

『そりゃ他人事じゃ。なぜなら……。』

「信太、何しに来た。」

 重い。口調じゃない。圧だ。何人か人を斬ったかもしれない重さ。

「金を、借りに来た。」

「ほぉ、あれだけ貧乏でも頭を下げに来なかったお前がか。」

 あからさまな嘲笑が混じる。来るには遅すぎだろ、そう言いたげに。

「はい。まだ間に合うかと。」

「間に合う?」

「人を救うには。」

 沈黙。光輝は、僅かに視線を逸らす。帳面を書く手が止まる。

「いくらいる。」

 光輝はキッと龍重に向き、短く詰める。

「百二十石」

 光輝の視線が一瞬畳に落ちる。想定外に大きい金額。

「百二十石?!」

 空海が、何を言っているんですかと言わんばかりに声を張り上げるが、龍重の視線を受け座りなおす。

 ふむ、勝負に出たか。だが、法外ではない。人足に五十石相当、資材に三十石、河床浚渫に二十石、そして、安西はほくそ笑む。予備備蓄としての二十石。

 龍重、全部言え。

「村の復興だけでは五年後蔵は空になる。」

「若、三年後です。」

 数字に強い空海が即訂正。

「だが、川底浚渫まで行えば洪水や土砂災害の危険性は格段に減る。ならば、収益は確保できる。」

「ふん、一丁前に理屈っぽいことを身に付けてきたな。だが、失敗したらどうする?」

「儂も沈みますな。」

 迷わず即答。

 またもや視線を落とす光輝。

 健はさらに囁きかける。

 ここは博打だ。椎茸栽培をやると言え。

『椎茸じゃと? あんな高級品を栽培できるのか?』

 任せろ。絶対とは言わんが、0ではない。

 これは嘘ではない。親父が多趣味で椎茸栽培もやっていた。手伝ったこともあるから、それなりの条件も分かる。問題は椎茸原木が手に入るかだ。

「そして、光輝殿。ただ借りて返すだけだと能がない。」

 出された白湯を静かにすすり、

「椎茸」

 あからさまに表情が揺らぐ光輝。

「ふっ、そんなにたくさん収穫できるものかね。」

 光輝は見透かそうと鼻で笑う。

「三年。」

 間。光輝が視線を合わせてきた。

「二十五石。」

 表情が凍る。

「危険性はある。だが、見返りもでかいはず。」

 長い沈黙。光輝は視線を逸らしたまま考え込む。

(この盆暗、いつの間にこんな芸当、いや知識を。こやつは、金の流れを理解し始めている。)

 帳面を軽く叩く。

 筆を静かにしまう。

「一貫、……十八升。」

「承知!」

 小気味よい流れ。

「坊主、いや信太殿。椎茸栽培に金が要るかね。」

 口調が変わった。感づいた。

「あればあるほど。」

「無利息、ただし十五升一貫」

風が障子を揺らす。

「承知」

 ただ、書面に残しておけ。完済時契約更新、と。

「完済の暁には、またゆっくり、今後の事も話したいものじゃな。」

 柔らかく龍重がほほ笑み立ち上がる。

「後ほど家人に書面を持たせる故、金を持たせてやってくだされ。では、ご免。」

 優美に一礼、立ち上がる。

 光輝は目を細めた。立ち去る龍重に、いつになく笑顔で、

「信太殿……命綱預かり申す。」

 龍重は立ち止まり、

「くれぐれも、丁寧に扱っておくれ。……切れやすいんでな。」


 馬上の龍重。風は穏やかにそよぐが、

空海が、

「三年……二十五石、正気ですかな。」

龍重、答えない。

計算は立つ。健が呟く。

空海が続ける。

「最近、独り言が増えておりますな。」

 竹筒の水を一口、そして。

「山の茸でも拾い食いなされたか。」

ムッ。お前、いうに事欠いて……。

「若は昔から考え込むと口に出す癖がある。」

僅かな間。

「儂は狂うておらぬ。」

 やや強く、顔を手拭いで拭う空海。

「正気? 正気の沙汰と本気で?」

俺が見せる。

「……正気じゃ。」

竹筒から水の音が聞こえた。

「正気なら結構。ただし、崩れたら私も沈みます。」

「巻き添えじゃ。」

 いつもの皮肉の微笑。

「ならば、崩さぬ算段を考えます。」

「なら次は……。」

「まだやる気ですか。」

 嫌な気しかしない。先ほどの光輝とのやり取り以上の。

「紙か。」

「無理でしょう。」

 椎茸で利、紙で情報。

「このままだと、命綱は切れる。」

「自分で綱削ってどうする。」

「削らねば光輝は緩めないであろう。緩まねば伸ばす手を絡めとられる。」

「一応理は通りますが、残念。寺社もその手を絡めとりましょうなぁ。」

 馬の闊歩の音が続き、龍重は眩しそうに顔を上げながら、

「儂の手に絡めばな。」

 こっちが絡めとってやる。


長与郷日翔寺。西彼杵半島ではそれなりの権勢を誇っているが、一見すると寂れているようにも見える佇まい。だが、

「嫌な気配だ。」

 空海が頭を掻きながら呟く。

「よりにもよってあの人ですか。」

 空海は門を潜る前からの及び腰。

 龍重もわずかに流れる汗を手拭いで拭く。

「失礼、長与郷の日野じゃ。住職に案内を頼む。」

 門前の小僧に伝えると、一礼して案内する。

 本堂。僅かに線香が、いやこれは……。

「また飲んでおるな、養父殿は。」

 いつになく龍重が皮肉っぽく言う。

 空海は無言。汗が止まらない。

「これはこれは信太殿。御無沙汰じゃのぉ。」

 徳利片手の老人。

挿絵(By みてみん)

赤ら顔のゆるい声。だが目は笑っていない。

地空は徳利から直接口に、そして。

「金は借りられたかの。」

いきなり核心。

空海の肩が僅かに跳ねる。

手拭いを握りしめる。

「耳が早い。」

「寺は色々な人が頼ってくるでな。」

酒臭く笑う。

「空海、止めなんだか。」

目を伏せる。

「止めました。」

「で、止まらなんだか。」

「はい。」

「ならばよい。」

地空は向き直る。

「で、儂に何してほしい。」

 軽くため息をつき、

「紙。」

一言だけ。

徳利の重みで床は大きく鳴る。

「餅は好物じゃ。」

ゆっくりと口角が上がる。

「じゃが、画餅は食えぬ。」

一刀。

「実現は可能じゃ。」

「何を以て?」

「楮はある。水もある。人も余っておる。」

地空は鼻で笑う。

「あれば実現なら、世はとっくに平定済みよ。」

痛い。

 空海が息を飲む。

 地空は本堂の阿弥陀如来を見つめながら続ける。

「椎茸は利。分かる。商人は利で動く。」

視線を外に向けながら、

「寺は利では動かぬ。」

横目で龍重に視線を送る。

「寺は信で動く。」

「地空殿、信で飢えを救えますかな。」

間髪無く、

「飢えを耐えさせる。」

沈黙。

 地空が畳を指で軽く叩く。

「若。」

「三年、紙は金を産めぬ。」

「はい。」

「光輝の綱は三年で締まる。」

「はい。」

「三年、寺は何を得る。」

龍重、一瞬だけ迷う。

健が囁く。言え。理ではなく構図を。

「寺は名を得る。」

地空の首だけ龍重に向く。

「ほう。」

「堤を作り、人を救う。その記録を残す。」

前のめり。

「日翔寺の名で。」

空海、顔を上げる。

地空、ようやく体も龍重に向ける。

声が低くなる。

「寺を前に出すかね。」

「利を分ける。」

「分ける?」

「寺は守ったと語られる。」

地空、黙る。

だが、すぐに切る。

「理屈は立つ。だが、甘い。」

龍重、動けない。

「紙は作れるかもしれぬ。だが、売れるか。」

核心。

空海、目を伏せる。ここは養父の領分。地空、最後の一撃。

「儂は坊主じゃ。」

間。

「餅は焼いてから食わねば歯が折れる。」

静寂。

龍重、深く一礼。

「ならば、焼いて参ろうかのう。」

地空、とろんとした目で笑う。

「焼けた餅を持ってこい。焦げておれば捨てる。」

圧。

空海、外へ出た途端に息を吐く。

「無理ですな。」

龍重、歩きながら。

「無理は承知。」

健が呟く。やっと始まったな。


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