第1章 決戦、賃借合戦
生成AIの力を借りながら、細々とやっています。
翌日、長与郷本河内邸。磨き抜かれた瓦、静かに威圧する巨大な門。植え込みは一分の隙もない。目的が威圧だな、これ。
龍重の家より立派だな。
「これで表向きは小商い。ものは言い様じゃな。よくできておる。」
皮肉りながら健に返す。
門番に一礼。
「長与日野家当主、信太(龍重の通称)と申す。御当主光輝殿は御在宅にござるか。」
門番は無愛想。一応、領主なのだが……。
「御領主とて、商いの前では塵にございます」と言わんばかり。
「流石、肥前国西彼杵半島随一の商人様さね。」
なるほど。文句があるなら光輝以上に金を持てということか。
客間に通される。
帳面を睨みながら、忙しなく手を動かす。客の前にも関わらず。
ははぁ、これは一種の威圧だな。健が悪い笑みを浮かべる。自分自身も相手に圧をかけるために、相手の前で忙しそうに仕事をしているふり。なるほど、主導権を奪いに来たか。
龍重に伝える前に、光輝の前に正座する。だが、頭は下げない。
筆先が止まらぬ。視線も上げぬ。そして、光輝が睨む。
すげぇ眼光。ただの商人じゃねぇな、こいつ。
「よぉ、坊主。相変わらず間抜けそうな面構えだな。」
こ、こいつ口も悪いな。
「光輝殿、お久しぶりです。以前、隠居様の家でお会いしましたな。」
おい、こいつと顔見知りか?
『そうじゃ。祖父の代からの腐れ縁じゃな。』
隠居様が祖父? もしかして、お前結構いいところの坊ちゃんか?
『西彼杵半島日野家は連合豪族の名代じゃ。』
はぁ、家中で燻っているわけか。次期当主じゃねぇの?
『儂は盆暗じゃからな。優秀すぎる姉か弟が継ぐじゃろ。』
他人事か。
『そりゃ他人事じゃ。なぜなら……。』
「信太、何しに来た。」
重い。口調じゃない。圧だ。何人か人を斬ったかもしれない重さ。
「金を、借りに来た。」
「ほぉ、あれだけ貧乏でも頭を下げに来なかったお前がか。」
あからさまな嘲笑が混じる。来るには遅すぎだろ、そう言いたげに。
「はい。まだ間に合うかと。」
「間に合う?」
「人を救うには。」
沈黙。光輝は、僅かに視線を逸らす。帳面を書く手が止まる。
「いくらいる。」
光輝はキッと龍重に向き、短く詰める。
「百二十石」
光輝の視線が一瞬畳に落ちる。想定外に大きい金額。
「百二十石?!」
空海が、何を言っているんですかと言わんばかりに声を張り上げるが、龍重の視線を受け座りなおす。
ふむ、勝負に出たか。だが、法外ではない。人足に五十石相当、資材に三十石、河床浚渫に二十石、そして、安西はほくそ笑む。予備備蓄としての二十石。
龍重、全部言え。
「村の復興だけでは五年後蔵は空になる。」
「若、三年後です。」
数字に強い空海が即訂正。
「だが、川底浚渫まで行えば洪水や土砂災害の危険性は格段に減る。ならば、収益は確保できる。」
「ふん、一丁前に理屈っぽいことを身に付けてきたな。だが、失敗したらどうする?」
「儂も沈みますな。」
迷わず即答。
またもや視線を落とす光輝。
健はさらに囁きかける。
ここは博打だ。椎茸栽培をやると言え。
『椎茸じゃと? あんな高級品を栽培できるのか?』
任せろ。絶対とは言わんが、0ではない。
これは嘘ではない。親父が多趣味で椎茸栽培もやっていた。手伝ったこともあるから、それなりの条件も分かる。問題は椎茸原木が手に入るかだ。
「そして、光輝殿。ただ借りて返すだけだと能がない。」
出された白湯を静かにすすり、
「椎茸」
あからさまに表情が揺らぐ光輝。
「ふっ、そんなにたくさん収穫できるものかね。」
光輝は見透かそうと鼻で笑う。
「三年。」
間。光輝が視線を合わせてきた。
「二十五石。」
表情が凍る。
「危険性はある。だが、見返りもでかいはず。」
長い沈黙。光輝は視線を逸らしたまま考え込む。
(この盆暗、いつの間にこんな芸当、いや知識を。こやつは、金の流れを理解し始めている。)
帳面を軽く叩く。
筆を静かにしまう。
「一貫、……十八升。」
「承知!」
小気味よい流れ。
「坊主、いや信太殿。椎茸栽培に金が要るかね。」
口調が変わった。感づいた。
「あればあるほど。」
「無利息、ただし十五升一貫」
風が障子を揺らす。
「承知」
ただ、書面に残しておけ。完済時契約更新、と。
「完済の暁には、またゆっくり、今後の事も話したいものじゃな。」
柔らかく龍重がほほ笑み立ち上がる。
「後ほど家人に書面を持たせる故、金を持たせてやってくだされ。では、ご免。」
優美に一礼、立ち上がる。
光輝は目を細めた。立ち去る龍重に、いつになく笑顔で、
「信太殿……命綱預かり申す。」
龍重は立ち止まり、
「くれぐれも、丁寧に扱っておくれ。……切れやすいんでな。」
馬上の龍重。風は穏やかにそよぐが、
空海が、
「三年……二十五石、正気ですかな。」
龍重、答えない。
計算は立つ。健が呟く。
空海が続ける。
「最近、独り言が増えておりますな。」
竹筒の水を一口、そして。
「山の茸でも拾い食いなされたか。」
ムッ。お前、いうに事欠いて……。
「若は昔から考え込むと口に出す癖がある。」
僅かな間。
「儂は狂うておらぬ。」
やや強く、顔を手拭いで拭う空海。
「正気? 正気の沙汰と本気で?」
俺が見せる。
「……正気じゃ。」
竹筒から水の音が聞こえた。
「正気なら結構。ただし、崩れたら私も沈みます。」
「巻き添えじゃ。」
いつもの皮肉の微笑。
「ならば、崩さぬ算段を考えます。」
「なら次は……。」
「まだやる気ですか。」
嫌な気しかしない。先ほどの光輝とのやり取り以上の。
「紙か。」
「無理でしょう。」
椎茸で利、紙で情報。
「このままだと、命綱は切れる。」
「自分で綱削ってどうする。」
「削らねば光輝は緩めないであろう。緩まねば伸ばす手を絡めとられる。」
「一応理は通りますが、残念。寺社もその手を絡めとりましょうなぁ。」
馬の闊歩の音が続き、龍重は眩しそうに顔を上げながら、
「儂の手に絡めばな。」
こっちが絡めとってやる。
長与郷日翔寺。西彼杵半島ではそれなりの権勢を誇っているが、一見すると寂れているようにも見える佇まい。だが、
「嫌な気配だ。」
空海が頭を掻きながら呟く。
「よりにもよってあの人ですか。」
空海は門を潜る前からの及び腰。
龍重もわずかに流れる汗を手拭いで拭く。
「失礼、長与郷の日野じゃ。住職に案内を頼む。」
門前の小僧に伝えると、一礼して案内する。
本堂。僅かに線香が、いやこれは……。
「また飲んでおるな、養父殿は。」
いつになく龍重が皮肉っぽく言う。
空海は無言。汗が止まらない。
「これはこれは信太殿。御無沙汰じゃのぉ。」
徳利片手の老人。
赤ら顔のゆるい声。だが目は笑っていない。
地空は徳利から直接口に、そして。
「金は借りられたかの。」
いきなり核心。
空海の肩が僅かに跳ねる。
手拭いを握りしめる。
「耳が早い。」
「寺は色々な人が頼ってくるでな。」
酒臭く笑う。
「空海、止めなんだか。」
目を伏せる。
「止めました。」
「で、止まらなんだか。」
「はい。」
「ならばよい。」
地空は向き直る。
「で、儂に何してほしい。」
軽くため息をつき、
「紙。」
一言だけ。
徳利の重みで床は大きく鳴る。
「餅は好物じゃ。」
ゆっくりと口角が上がる。
「じゃが、画餅は食えぬ。」
一刀。
「実現は可能じゃ。」
「何を以て?」
「楮はある。水もある。人も余っておる。」
地空は鼻で笑う。
「あれば実現なら、世はとっくに平定済みよ。」
痛い。
空海が息を飲む。
地空は本堂の阿弥陀如来を見つめながら続ける。
「椎茸は利。分かる。商人は利で動く。」
視線を外に向けながら、
「寺は利では動かぬ。」
横目で龍重に視線を送る。
「寺は信で動く。」
「地空殿、信で飢えを救えますかな。」
間髪無く、
「飢えを耐えさせる。」
沈黙。
地空が畳を指で軽く叩く。
「若。」
「三年、紙は金を産めぬ。」
「はい。」
「光輝の綱は三年で締まる。」
「はい。」
「三年、寺は何を得る。」
龍重、一瞬だけ迷う。
健が囁く。言え。理ではなく構図を。
「寺は名を得る。」
地空の首だけ龍重に向く。
「ほう。」
「堤を作り、人を救う。その記録を残す。」
前のめり。
「日翔寺の名で。」
空海、顔を上げる。
地空、ようやく体も龍重に向ける。
声が低くなる。
「寺を前に出すかね。」
「利を分ける。」
「分ける?」
「寺は守ったと語られる。」
地空、黙る。
だが、すぐに切る。
「理屈は立つ。だが、甘い。」
龍重、動けない。
「紙は作れるかもしれぬ。だが、売れるか。」
核心。
空海、目を伏せる。ここは養父の領分。地空、最後の一撃。
「儂は坊主じゃ。」
間。
「餅は焼いてから食わねば歯が折れる。」
静寂。
龍重、深く一礼。
「ならば、焼いて参ろうかのう。」
地空、とろんとした目で笑う。
「焼けた餅を持ってこい。焦げておれば捨てる。」
圧。
空海、外へ出た途端に息を吐く。
「無理ですな。」
龍重、歩きながら。
「無理は承知。」
健が呟く。やっと始まったな。




