第16章 人事合議と七奉行制度
この文章は生成AIの力を借りながら、細々と進めています。ご了承ください。
西彼杵半島の海は穏やかだった。
だが長与郷の日野龍重別邸は、戦場よりも騒がしかった。
廊下には未処理の手紙、庭には瞳と青雲の大図面。蔵の前には商人数多。門前には村役人達。
勝ったはずの国が、なぜか落ち着かない。
龍重は縁側に座り、海を見ていた。
国が広がると役が増える。
役が増えると混乱する。
龍重は言った。
「制度を作る。」
空海が眉を動かす。
「ほう。」
「何の制度です?」
龍重は答えた。
「まず、人。」
空海は少し黙る。
「……それは既に星奈殿と明日香殿が……。」
龍重。
「だから呼んだ。」
空海が笑った。
「荒れますな。」
龍重も笑った。
「仕方ない、国の話じゃからな。」
その日の夕刻。
龍重の居間に日野家の中枢が集まった。
星奈、明日香、空海、光輝。本来であれば地空僧正も呼びたいところだが、彼の者は宗教界の大物。迂闊に呼べない。
机の上には地図ではなく帳面が並んでいる。
龍重が口を開く。
「人事制度を作る。」
沈黙。
最初に反応したのは明日香だった。
「制度?」
龍重。
「そうだ。」
明日香は静かに言う。
「今の人事に問題が?」
龍重。
「ない。」
少し間を置く。
「だが必要だ。」
明日香の目が細くなる。
龍重は続けた。
「今の日野は人で動いている。」
指を折る。
「空海、星奈、明日香、光輝殿、地空。」
龍重は言う。
「誰か一人抜けたら止まる。」
沈黙。
明日香の声が低くなる。
「私の人を見る目が間違っていると?」
龍重は首を振る。
「んなこと一言も言っとらんわなぁ。正しすぎるんじゃわ。」
明日香は黙る。
龍重。
「お前の代わりがいない。」
静寂。
空海が腕を組む。
「つまり。」
龍重。
「誰でも回る国を作る。」
その言葉に、明日香の手が机を叩いた。
乾いた音が響く。
「国は人で動きます。帳面ではありません。」
龍重は静かに答える。
「左様、人で国が滅びるんじゃわ。」
沈黙。
しばらくして明日香が言う。
「誰の入れ知恵です?」
龍重。
「ん~儂の直感じゃわなぁ。龍徳や梨香が回せる国。」
その言葉で、場の空気が少し変わった。
星奈が帳面を閉じる。
「……兄上。」
龍重。
「何じゃ。」
星奈は言った。
「人を信じすぎた国は滅びます。」
皆が星奈を見る。
星奈は続けた。
「仕組みある国は残ります。」
静寂。
龍重の目が細くなる。
星奈は帳面を開いた。
「農政は天才では回りません。数多の人々が仕組みの中で回します。」
龍重。
「続けよ。」
明日香は不満を隠さず、それでも紙に三つ書いた。能力、誠、欲。
空海が首を傾げる。
「何です?」
明日香が言った。
「人を見る三つです。」
皆が明日香を見る。
明日香は淡々と続けた。
「能力、誠、欲、これを評価軸にします。」
光輝が言う。
「点数で見るのかね。」
明日香。
「ご不満でも?」
「いや、明朗会計で結構。」
皆苦笑する。
「直感を分解しました。」
空海が笑う。
「人間を点で。」
明日香。
「そうすれば誰でも出来ます。」
「人事は合議。」
空海。
「誰で?」
龍重。
「まずは五人。」
指を折る。
「儂、星奈、明日香、空海、光輝。」
明日香はしばらく黙っていた。やがて小さく笑う。
「……面白くありません。」
龍重。
「何がだ。」
明日香。
「私の仕事が減る。」
空海が笑いそうになる。
明日香は続けた。
「ですが。」
龍重を見る。
「国興しなら仕方ありません。」
龍重。
「そうか。」
明日香。
「ただし。」
龍重。
「何だ。」
明日香。
「誰でも行える制度にします。」
龍重は頷いた。
「それが良い。」
先ほどまでの議論で、制度の骨格は決まった。
人事法、評価制度。
そして奉行制度。
龍重が紙に書いた七つの文字が並んでいる。
軍・内務・外交・財務・港湾・治安・土木
空海が腕を組んだ。
「七奉行ですか。」
龍重は頷く。
「国が七つの柱で立つ。」
光輝が珠を弾きながら言う。
「柱が倒れぬようにせねばなりませんな。」
龍重は紙を指した。
「誰が立つ。」
空海が苦笑する。
「軍は私でしょうな。」
龍重。
「当然だ。」
空海は肩をすくめる。
「戦は減りますぞ。」
龍重。
「重畳。じゃが無くならぬ。」
空海は笑った。
「それもそうですな。」
龍重は星奈を見る。
「内務。」
星奈は静かに頷いた。
「お受けします。」
空海が言う。
「農政も内務か。」
星奈。
「村、田、備蓄、役人。」
「全部つながっています。」
龍重。
「頼む。」
星奈は帳面を閉じた。
「まずは制度を整えましょう。」
龍重は空海を見る。
「外交もお主じゃわ。」
空海は眉を上げた。
「軍と外交。」
龍重。
「左様。どちらも駆け引き。」
空海は笑う。
「確かに。」
しかし少しして言った。
「ただし。」
龍重。
「何だ。」
空海。
「実際に動くのは私ではない。」
部屋の空気が少し変わる。
空海は言った。
「地空僧正です。」
龍重は頷いた。
「儂もそう思う。」
空海。
「僧は門を選ばぬ。大名も寺には刃を向けにくい。」
つまり外交の顔は地空僧正。
制度上は空海、実務は地空。
龍重。
「それでよい。」
龍重は次の紙を見る。
「財務。」
光輝は静かに首を振った。
「私ではありません。」
空海が驚く。
「なぜ。」
光輝。
「商人は民の銭を回す。」
「国の銭とは違う。」
沈黙。
「いらっしゃるでしょうが、武家出身で金銭に厳しいお方が。」
龍重。
「桜岡吉武。」
光輝が頷く。
「兵糧勘定は恐ろしく正確。」
空海。
「確かに。」
龍重。
「財務奉行、桜岡。」
光輝。
「私は補佐に回ります。」
「ん? 補佐は桜岡の家人にさせるさね。」
龍重はそう言うと港湾奉行を指さす。そして、空海が言う。
「本河内。」
光輝が驚いた。
「私ですか。」
龍重。
「港は軍需も扱うが民の生活につながる銭だ。そういう銭はお前だ。」
光輝はしばらく黙った。やがて笑う。
「逃げられませんな。」
龍重。
「今回の五十一は儂じゃな」
港は国家の心臓になる。
空海が言う。
「土木は本来なら青雲隊出身者が妥当。」
龍重。
「じゃがまだ若い。」
星奈が頷く。
「人も制度も出来ていません。」
龍重。
「今は仮だ。」
そして言う。
「永谷一典。」
部屋が少し静かになる。
あの野人か、空海が噴き出す。
「土木奉行に野人。」
龍重。
「山を知っている。」
永谷は山を見れば道が見える。
青雲の棟梁たちも今はまだ永谷に及ばない。
空海。
「面白い。」
最後、治安。
龍重は明日香を見る。
「お前だ。」
明日香は黙る。
やがて言った。
「分かりました。」
しかし龍重は続けた。
「ただし。」
明日香。
「何です。」
龍重。
「後見を置く。」
明日香の眉が動く。
龍重は言った。
「齢を考えい。大岡高次。」
空海が頷いた。
「重鎮ですな。」
高次は安定の人間。
明日香は天才だが若い。
龍重。
「天才は暴れ、重鎮が支える。」
明日香は少し笑った。
「兄上。」
龍重。
「何だ。」
明日香。
「やはり面白くありません。」
龍重。
「そうじゃろうなぁ。」
しかし明日香は続けた。
「ですが、国興しならば仕方ありません。」
ここで星奈が言った。
「兄上、柚那様は。」
龍重。
「特使。」
空海。
「対鍋島。」
柚那の影響力は鍋島家のみ。
龍造寺外交の鍵。
ちらっと光輝を見ながら龍重。
「それでよい。」
ふっと気づき、空海が言う。
「では龍重殿は。」
龍重。
「当主。」
空海。
「それだけですか。」
龍重。
「それで十分。」
当主とは決断。それだけ。
「最後にもう一つ。」
龍重が言う。
「海、海軍は別だ。」
空海。
「日野水軍。」
龍重。
「総督。」
空海が笑う。
「龍朋殿。」
龍重。
「副総督。」
星奈が言う。
「希実姉上。」
空海。
「海はあの二人ですな。」
父と娘。日野の海はその手にある。
紙の上に国家が並ぶ。
軍奉行 西東空海
内務奉行 日野星奈
外交 西東空海 日翔寺住持、北天海院地空僧正
財務 桜岡吉武
港湾 本河内光輝
土木 永谷一典
治安 日野明日香 後見 大岡高次
そして、海軍総督に日野龍朋、副総督に日野希実
龍重は紙を見た。
そして言う。
「これで国が動く。」
空海が笑った。
「まだ動きません。」
龍重。
「なぜだ。」
空海。
「机上の空論」
少し間を置く。
「人が動かして初めて机上でも空論でもなくなりますからな。」
龍重は頷いた。
「ならば。」
紙を折る。
「動かそう。」
日野の国は、静かに形を持ち始めていた。
外では青雲が杭を打っている。港には船が並び、村には人が増え、市場には銭が流れている。
龍重は窓の外を見る。
「戦で国は取れる。」
誰に言うでもなく言った。
「だが。」
「国は戦では残らぬ。」
星奈が帳面を閉じる。
明日香が筆を取る。
空海が笑う。
光輝が珠を弾く。
そして龍重が言った。
「今日から日野は。」
「人の国ではない。」
静かな声だった。
「仕組みの国だ。」
長与の夜。日野の国は、ようやく形を持ち始めていた。




