第10章 始まりの終わり(閑話休題)
日野家の前半で活躍するメンバー紹介を兼ねた回です。なお、本小説は生成AIの力を借りながら、細々と進めています。ご了承ください。
とある年の正月。
神浦城近隣に建てた日野龍重邸は珍しく賑やかだった。
門前に馬が並び、家人が走り回る。
戦支度の気配ではない。
年賀である。
座敷に一門衆が揃う。
新当主・龍重は上座に座しているが、どうにも落ち着かぬ。
かつては「あの嫡男」と言われた男だ。
期待薄。家中で最も影が薄い。家督とは縁遠い男。
それが、今は当主。
人生とは、分からぬ。
最初に入ってきたのは姉、希実。
凛としている。龍朋に最も似た女。
声に張りがあり、視線に迷いがない。
「遅れたな、龍重。」
遠慮がない。
父とともに船に乗り、五島の小舟を追っている。海風の似合う女だ。
「海はどうだ。」
龍重が問えば、
「荒れる。」
即答。
「だが荒れる海は嫌いではない。」
笑う。人を引きつける。男衆が自然と道を空ける。もし彼女が男であれば。家督は、違った形だったかもしれぬ。
続いて弟、龍徳。兄よりマシな凡人。本人もそれを自覚している。
「兄上、おめでとうございます。」
真面目に頭を下げる。
才はない。野心もない。だが、悪意もない。もし希実がいなければ。
龍徳が継ぎ、平凡な中豪族として歴史に埋もれていた。
それが日野の本来の流れだった。
龍重は思う。
「凡人、大変結構。」
むしろ、安定だ。
だが時代は、安定を許さなかった。
座敷の隅に、静かに座る瞳。
かつては部屋から出ぬ娘。尼になるのでは、と囁かれた。だが龍重の当主就任後、初めて長く話した。
「街の作りを見たい。」
それが彼女の言葉。
今は青雲に混じり、西彼杵半島を歩いている。
港の配置。道の幅。市場の動線。
視線は鋭い。
「堤の高さが足りない。」
ぽつりと言う。青雲の若者が凍る。
龍重は苦笑する。
内政の芽は、意外なところから出る。
次は紗耶香。美しい。だが目は獣。
「兄上、槍の重さは足りませぬ。」
何の挨拶だ。
密かに訓練に参加している。槍の振りが鋭い。兵たちがざわつく。
「女子であろうと構わぬ。」
そう言っている目だ。戦国の世に生まれた女。血は騒ぐ。
星奈は静かに座る。猫を膝に乗せている。農政を握るのは、彼女だ。
父に黙って龍重と文を交わしていた。
性格は柔らかい。だが芯は曲がらぬ。
「今年は粟を増やすべきです。」
「なぜ。」
「米は読まれます。」
淡々。
龍重は頷く。この妹がいる限り、日野の田畑は崩れぬ。
明日香は笑っている。ただの美少女……のはず。
だが時折、家臣を射抜くように見る。
冷たい。背筋が凍りそうなほど。
「兄上。」
柔らかい声。
「誰を近づけ、誰を遠ざけるか。」
さらりと言う。
その基準が、恐ろしいほど的確。
政治の匂いを嗅ぎ分ける。
地空が見れば、笑うだろう。
一番下の梨香。龍徳に似ている。平凡。
「兄上、餅食べますか。」
平和。だがそれが救いでもある。
全員が鋭ければ、家は割れる。凡は、緩衝材だ。
一門が揃う。酒が回る。笑いが起きる。戦の匂いはない。
だが龍重は、盤を見ている。
希実は海。弟は安定。瞳は都市。紗耶香は武。星奈は農。明日香は政。梨香は緩衝。血は、戦力。
日野は、家族単位で分業している。
かつて最も期待されなかった男が、今は流れを作っている。
希実が言う。
「龍重。」
「何じゃ。」
「焦るなよ。」
龍重は笑う。
「焦らぬ。」
星奈が言う。
「焦ると、田が荒れます。」
瞳が言う。
「街も崩れます。」
紗耶香が言う。
「槍も折れます。」
明日香が微笑む。
「人も、離れます。」
龍徳は頷く。
「……ほどほどが一番です。」
梨香は餅を差し出す。
「食べてから考えましょう。」
座敷に笑いが起きる。龍重は餅を口に入れる。
甘い。
流れを制する者。だがその根は、ここにある。
血、家、一門。
外は荒れる。大村は焦り、南蛮の気配は近づく。
だが日野は割れぬ。割れぬ限り、流れは止まらぬ。
正月の夜。灯が揺れる。盤は外に広がる。
だが中心は、ここだ。
翌日。龍重邸の空気は、昨日と違った。
門前の馬は重い。鎧こそ着ていないが、領主たちの視線は刃だ。
かつての「あの嫡男」。影が薄く、家督とは縁遠いと囁かれた男。
その座敷へ、今は彼らが足を運ぶ。
心中は、穏やかではあるまい。
最初に入ったのは、大岡高次。
歩みに無駄がない。顔色も変わらぬ。
「龍重殿。」
淡々と頭を下げる。安心ではない。安定。
彼が「良い」と言えば家中は動く。
彼が「駄目」と言えば止まる。
それだけの重みがある。
龍重は正座を正す。
「叔父上。」
高次は視線を外さぬ。
「平地の戦、見事。」
「地が働いただけ。」
「地を働かせたのは誰だ。」
短い沈黙。試されている。
龍重は答える。
「青雲と、農兵。」
「己ではないか。」
高次の口元がわずかに動く。
誇らぬか。奢らぬか。
そこを見ている。
「流れを整えただけ。」
高次は一度、頷いた。
「重畳。」
座敷の空気が、わずかに緩む。
彼が言祝ぐ。それは重い。
次に現れたのは、永谷一典。足音が荒い。
「よう、龍重。」
敬語が足りぬ。
昔、何度殴り飛ばされたか。
短気で野人。だが卑怯ではない。
背筋がぞくりとする。
「湿地か。」
開口一番。
「はい。」
「面白ぇ。」
豪快に笑う。牙のような笑み。
「地を使うのは好きだ。」
この男、西彼杵半島を歩き尽くしている。
山の傾斜、谷の深さ、潮の満ち引き。
全てが頭に入っている。
「青雲とか言ったな。」
「はい。」
「貸せ。」
いきなりだ。
「永谷の峠も固める。」
龍重は即答しない。
一典は鼻で笑う。
「焦らねぇな。」
「焦ると濁る。」
一層豪快に笑った。
「気に入った。」
粗暴だが、嗅覚は鋭い。
力で従わせる男ではない。
認めれば、強い。
桜岡吉武は、静かに入る。叔父だが婿養子として商家の主に。
視線が上目遣い。油断ならぬ。
「御当主様。」
柔らかい声。だが計算の匂いがする。
「兵糧の帳面、拝見しました。」
いきなりだ。
「減りが少ない。」
「削った。」
「追わなかったからですね。」
にこりと笑う。
「無駄がない。」
彼は武よりも、数を見る。
「南蛮の話、動いております。」
「どこまで。」
「港が整えば、こちらに寄る。」
視線が細い。
利を嗅ぎ取る。
「兵糧は、私に任せてください。」
それは頼もしい。だが、完全には預けぬ。
龍重は微笑する。
「よしなに。」
吉武の目がわずかに動く。依存はしない、と読んだ。
奈良橋家継は来ない。恒例の放浪。領主でありながら不在がち。
だが家人は文句を言わぬ。仕入れてくる情報。連れてくる人材。外の風。
「奈良橋はまた山を越えているらしい。」
誰かが言う。
龍重は思う。会いたい。掘り出し物を持つ男。
流れを読むのではなく、嗅ぎ取る男。
翻弄されぬためには、外の風も必要。
最後に元久。龍徳や梨香と同じ香りを持つ叔父。
だが龍朋時代の本拠村落は彼の顔で保たれている。
「おめでとうございます。」
丁寧に頭を下げる。目立たぬ。
だが彼がいるから、本家の村は揺れぬ。土台たる人材。
龍重は深く頭を下げる。
「叔父上の村があるからこそ。」
元久は照れたように笑う。目立たぬ者が支える。
それを忘れぬこと。
叔父たちが去る。
龍重は息を吐く。
空海が近づく。
「どうでした。」
「刃だらけじゃ。」
笑う。
座敷が静まる。
香の匂いだけが残る。
空海が袖を払う。
「大岡様は、合格ですな。」
「まだじゃ。」
龍重は障子の外を見る。
庭の石。苔。水の溜まり。
「高次叔父上は、否と言わなかった。」
「それで十分では。」
「違う。」
静かに。
「否と言う気にならなかった、だけかもしれぬ。」
空海が目を細める。
「永谷様は。」
「地を貸せと言った。」
「良い兆し。」
「貸せば、こちらの地も見られる。」
短い沈黙。
「桜岡は。」
「利を嗅いでおる。」
「嗅がせた。」
「嗅がせすぎるな。」
龍重は頷く。
「奈良橋は。」
「風を持つ。」
「掴めるか。」
「掴まぬ。」
「では。」
「寄せる。」
空海が小さく笑う。
「元久様は。」
「土台。」
「揺れぬ。」
「揺らさぬ。」
龍重は立ち上がる。
「刃だらけ、と言ったが。」
「はい。」
「刃は、抜かれておらぬ。」
まだ。だが、もし流れを誤れば抜かれる。
叔父たちは流されぬ。流れを読む。
間違えれば、即座に距離を取る。
血縁は盤面の一部であって、保証ではない。
遠く。龍朋が庭の端に立っている。
視線は海。何も言わぬ。
だが見ている。禅譲は終わった。
だが承認は、毎日更新される。
龍重は呟く。
「家は割れぬ。」
それは願いではない。
戦略だ。割れぬように、役を与え、役を分け。利を配る。
守る者。伸ばす者。嗅ぐ者。支える者。
血を機能に変える。
空海が言う。
「南蛮の帆、見えますな。」
龍重は頷く。
「内を割れば、外に飲まれる。」
「外を読む前に、内を整える。」
「そうじゃ。」
風が吹く。
障子がわずかに鳴る。
盤は広がる。
だが中心はまだ、揺れていない。
揺らさぬ限り、流れは制せる。
南の海に、白い帆が小さく浮かぶ。
物語は、内戦から海へ移る。だが、大岡は否定せず、永谷は笑い、桜岡は利を見、元久は揺れぬ。奈良橋は風を運ぶ。
血は割れていない。
昨日は家族。
今日は査定。明日は盤面。
龍朋は遠くで見ている。禅譲は終わった。
だが信任は、これから。
叔父たちは流されぬ。流れを見ている。制する者か。翻弄される者か。
龍重は座敷を見回す。
焦らぬ。積む。削る。流す。
家は、割れぬ。
そして外では南蛮の帆が、遠くに見え始めている。




