三十路薬剤師の異世界聖女ライフ〜王妃様の食中毒を治したら、不器用な王子にイルミネーションで告白されました〜
「……あ、ケーキ。安売り、終わっちゃうかな」
田中優子、三十歳。職業、薬剤師。独身、彼氏なし、趣味は深夜アニメとネットサーフィン。
そんな彼女の人生は、駅前の巨大なクリスマスツリーが「自分の方へ倒れてくる」という物理的な絶望とともに幕を閉じた。はずだった。
まばゆい雷鳴と衝撃。次に目を開けたとき、優子はシルクの天蓋が揺れる豪奢なベッドの上にいた。
「……夢? ケーキは?」
「聖女様、お目覚めですか?」
控えていた三人のメイドが、恭しく頭を下げる。
困惑する優子をよそに、彼女たちは手際よく優子を立たせ、重厚な刺繍の施されたドレスを着せつけた。
鏡に映るのは、現世の地味な自分とは違う、どこか神秘的な輝きを帯びた「聖女」としての姿だった。
その後、連れて行かれたのは、厳かな王の間。そこには国王エイドロスと、三人の王子が待ち構えていた。
「よくぞ参られた、聖女よ」
「あの……私はただの薬剤師で、聖女なんてそんな……」
戸惑う優子に、第一王子のパトライドが歩み寄る。
「貴女は、我が国の『召喚の儀』によって導かれたのです。信じがたいでしょうが、これが現実です」
続いて、眼鏡をかけた知的な第二王子のカイラスが事情を説明した。
「母上……王妃が原因不明の病で伏せっております。大賢者の予言によれば、異界の聖女の知恵と魔力だけが母上を救うと」
その時、一際鋭い視線を投げかける青年がいた。第三王子、タルタロッサ。
「俺は、聖女なんて胡散臭い力は信じない」
彼は吐き捨てるように言ったが、その瞳には焦燥と悲しみがにじんでいた。彼は優子の目の前で、乱暴に、けれど深く頭を下げた。
「だが、もし母上を助けてくれるのなら、いくらでも頭を下げてやる。頼む……!」
◇
案内された寝室で、優子は王妃の姿を見て息を呑んだ。王妃は苦しげに喘ぎ、唇は不自然に赤く腫れ、首元には激しい発疹が出ていた。
(これ、病気じゃなくて……アレルギー、それとも食中毒!?)
「何か、変わったものを召し上がりましたか?」
「隣国から届いた珍しい、『魚』というものを……」
聞けば、隣国からは馬車で五日もかかるという。そんな長距離を、冷蔵技術もない世界で運べばどうなるか。薬剤師である彼女には、容易に想像がついた。
おそらくは、鮮度の落ちた個体を不適切に調理したことによるヒスタミン中毒、あるいは腐敗による中毒だと、優子は直感した。
「……治療します。私に任せてください」
「絶対にだぞ!」
タルタロッサが詰め寄る。
「失敗したら命はないと思え!」
その剣幕に、現世で「ネクラなオタク」だった優子の心が折れた。恐怖がこみ上げ、ポロリと涙がこぼれる。
「ひっ……ご、ごめんなさい……」
泣き出した優子を見て、タルタロッサはハッとした表情を浮かべ、逃げるように部屋を飛び出していった。
◇
城の使用人たちから得た情報を頼りに、優子は一人「迷いの森」へ足を踏み入れた。絶対に近づくなと警告されていた場所だが、目的の薬草はそこにしかない。
夢中で草を摘んでいた優子だったが、ふと顔を上げると、不気味な魔獣の群れに囲まれていた。
(あぁ……私、また死ぬんだ。今度はケーキすら買えずに……)
絶望に目を閉じた、その時。
「っらあああ!!」
激しい衝撃音とともに銀光が走り、魔獣が次々と蹴散らされていく。そこにいたのは、傷だらけになりながら剣を振るうタルタロッサだった。
「馬鹿者が……! なぜこんな場所へ一人で来る!」
彼は優子を庇いながら最後の魔獣を斬り伏せたが、その代償に右腕に深い傷を負ってしまう。
「王子、腕が……!」
優子は震える手で、たった今摘んだばかりの薬草を手に取った。
「じっとしていてください……お願いします!」
必死に祈りながら薬草を絞った瞬間、彼女の手が柔らかな光に包まれた。その光が傷口に触れると、みるみるうちに肉が盛り上がり、傷跡すら残さず消えていった。
「これが……聖女の力か」
タルタロッサは呆然と自分の腕を見つめ、それからバツが悪そうに視線を逸らした。
「……悪かった。昨日は言い過ぎた。……ずっと、気にしてたんだ」
◇
三日後。
優子の作った煎じ薬と適切な処置により、王妃は奇跡的に回復した。十日後には全快を祝う盛大なパーティーが開かれ、国中は「聖女優子」の名を讃える声で溢れた。
その夜、しんしんと雪が降り始めた。優子は喧騒を離れ、一人テラスで一本の大きな広葉樹を見上げていた。
「こんなところで何をしている」
聞き慣れた低い声。タルタロッサだ。
「王子……。あの日、私が死にかけたツリーに似ているなって思って。私の世界では、冬になるとこの木を光で飾るんです。イルミネーションって言って、すごく綺麗で……」
優子が寂しげに笑うと、タルタロッサは黙って右手を空へ掲げた。
「光れ」
その瞬間、闇の中から無数の色彩が溢れ出した。
赤、青、金、白。色とりどりの光の精霊たちが、彼の呼びかけに応えて木の枝に宿り、またたく間に巨大な光の塔を作り上げたのだ。
「わぁ……!」
それは、現世で見たどんな電飾よりも鮮やかで、温かい光だった。
「……俺は不器用だ。だが、お前が望むなら何度でも見せてやる」
ずっと夢だった。大好きな人と二人きりで、こんな光を見上げることを。
震える優子の肩を、タルタロッサの逞しい腕が引き寄せる。
「俺が、お前を幸せにしてやる。だから、俺の側にいろ」
生まれたばかりの、魔法のイルミネーションの下。
優子の視界は、彼の甘い体温と、降り注ぐ光に溶けていった。
〜〜〜おしまい。
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