天才魔導士様はまだ恋を知らない~私を恋の実験台にしないで下さい!
~~短期・特定任務 助手募集 ※女性限定~~
【勤務先】魔塔(王都)
【任務内容】一級魔導士の"特殊任務"における補佐業務
【契約期間】短期(任務期間中のみ)※詳細は面談時に提示
【募集条件】10代~20代前半の女性
【備考】任務に関しては、予め守秘魔法で誓約を取らせて頂きます。
【応募方法】魔塔に「短期特定任務・助手応募」と明記し履歴書をお送りください。
一級魔導士 ラウル・アレハンドロ
とある新聞の求人欄。この記事を見つけ、私は歓喜した。私、セレナは由緒正しい魔導士の一族、イグナシオ子爵家に生まれ、兄弟の中でも突出した魔力を持っていた。けれど、両親はそれを制御する方法しか教えてくれなかった。原則魔法は男性が扱うものだからだ。
この国の唯一の魔法研究機関――魔塔。女人禁制というわけではないが、今まで女性の研究員がいたという話は聞いたことがない。それにしても女性限定公募なんて初めて見た。今まで独学で、小さな魔法は成功させたことはある。ただそれは体系的に魔法を勉強した兄弟たちの足元にも及ばない。もし魔塔の一級魔導士の助手になれば、図書館で希少な魔導書を読み漁ることができる。訓練で全身にあふれる魔力をきちんと操れるようになる。
両親に相談をしたら、きっと強く反対されるだろう。彼らの理想では女性は良妻賢母であるべき。つまり良い家に嫁ぎ、その家に仕えることが至上の幸せであるという価値観だ。最近は父は年頃の私を思って、婚約者の選定を始めたと聞いた。
私は親には内緒で魔塔に応募書類を書いた。魔塔から届いた返事には、一級魔導士様、直々に面接をすると書いてあった。私は置手紙だけを残して、荷物をまとめ、夜半に家を飛び出した。この千載一遇のチャンスを絶対に逃してはならない。
田舎にあるうちの領から、王都まで三日はかかる。乗合馬車を乗り継ぎ、乗り継ぎ、王都に向かった。私の見た目は、貴族らしい金髪に碧眼。しかも若い女性の一人旅だ。途中危ない目にもあった。そんな時はこうだ。
「トランスパレンス――透明化。」
うちにある本を読んで自己流で成功させた魔法だから、完全に透明になる訳ではない。それでも魔力を持たない人からは、私の姿や持ち物は見えづらくなる。その隙をついて逃げるのだ。
ようやくたどり着いた王都は、建国祭のホリデーシーズン真っ只中だった。どこもかしこもキラキラしていた。でも浮かれている場合ではない。明日は早速面接だ。宿を取り、自分でも操れる簡単な魔法を何度も練習した。
魔導士の朝は遅い。彼らは基本夜型だ。私は緊張で朝早く起きたが、面接で指定された時刻は昼過ぎだった。黒いローブに身を包み、いざ魔塔へ。守衛は私を訝しみ、上から下までじろじろ見たが、アレハンドロ一級魔導士からの書状を見せると、慌てて応接室まで案内してくれた。一級魔導士は魔塔でも数人の上級職だ。
彼のことは応募前に少し調べた。王弟アレハンドロ公爵の三男で、私より二歳年上だ。小さい時から異様に高い魔力を有しており、扱いに困ったアレハンドロ公爵は、当時の魔塔長・カンデラリア一級魔導士に預けた。それからは彼は魔塔で英才教育を受けて育ち、神童の名を欲しいままにした。
緊張で心臓が口から飛び出しそうだった。案内された応接室で一人待つ時間はひどく長かった。
――コンコン。
ドアをノックする音がする。いよいよだ。背筋を伸ばした。部屋に入ってきたアレハンドロ一級魔導士はまっすぐな長い黒髪を一つに束ね、アメジストのような紫色の瞳を眠たそうにこちらに向けた。右耳に付けられた呪い除けのピアスが怪しく赤く光る。彼の魔力が一気に部屋を包み込んだ。ソファから立ち上がり、カーテシーで挨拶する。
「この度は貴重なお時間を頂きありがとうございます。アレハンドロ一級魔導士様。」
「ああ、君が今回の公募に応募してくれたセレナ・イグナシオ嬢か。まさかこの公募に応募してくる令嬢がいると思わなかったから、びっくりしたよ。――君、親に反対されなかったの?イグナシオ家って魔導士の名門だよね?」
「いえ、親には相談していないです。独学で簡単な魔法は扱えますが、当家は女は魔法を勉強する必要がないという考えでして、この求人のことも反対されると思いました。」
「ふーん、そう。まあ成人しているからいっか。でも今独学で魔法を覚えたって言った?それ愚の骨頂じゃない?君、屋敷一つくらい簡単に吹っ飛ばせるくらい魔力量が高いよね?失敗したらどうするつもり?まあまあ大きい魔法事故につながると思うけど。――まあいいや。この任務は魔法は関係ない。そもそも魔力を持っていることも期待していない。」
いきなり詰問されて、頭を木の棒で殴られた気分だ。しかも魔法は関係ない任務。浮かれていたのが馬鹿みたいだ。
「一応、これは機密任務だから、まずは守秘魔法と遮断魔法をかけるよ。」
ぱちんと指を鳴らすと、部屋に防音結界が張られた。魔導士は普通、詠唱で魔法をイメージし、魔力を込める。無詠唱でここまで高度な魔法を扱うなんて。感心していると、アレハンドロ一級魔導士がおもむろに口を開いた。
「実は、王家から『魅了魔法』を完成させて欲しいと言われてね。」
「魅了魔法ですか?似たようなものは、既にありますよね?」
魅了魔法を完成させる?人の性的興奮を高める魔法や、媚薬は既にあるはずだ。王家の命を受けて、極秘に完成させたいというのはどういうことだろう?
「よく知っているね。ならば話が早い。従来の魔法は性的興奮を高めるだけだ。つまり身体だけの関係、その精神を深くつなげることができない。」
「そうですね。」
「今度、俺の従兄弟、王太子のフェリペ殿下が隣国の姫と政略結婚することになった。その姫はもともと隣国に好いた相手がいるみたいで、妃教育のため先月こちらに来たが、毎日思いつめた表情をしているそうなんだ。」
「それはお気の毒に。しかし、それが王族や貴族の結婚と言われれば、それまでですわね。」
「ああ。ただこれは、和平のための婚約だ。フェリペ殿下は彼女のことをとても心配しているし、結婚したら早く子も授かりたいと言っている。国王陛下もこのまま彼女がふさぎ込んでいるのは、国益を損なうと焦っている。」
「なるほど。」
「それで、この天才・ラウル様に依頼があった。魅了魔法で彼女の心をフェリペ殿下に向けさせて、隣国の想い人を忘れさせたい、と。」
「どうして、それで助手が必要なのですか?」
「いい質問だ!俺は幼い頃にここに預けられて以降、ずっと魔法の訓練、研究に追われてきた。まともに女性と接したことがない。だから恋愛、色情というものが、全くイメージがつかない。」
「イメージができないものは、魔法に落とし込めない、ということでしょうか?」
「ご名答。つまり、この魔法を完成させるために、俺は『恋』を知る必要がある。」
ここまでのやり取りで、嫌な予感が確信に変わった。
「――つまり、一級魔導士様は私と疑似恋愛をしたいということでしょうか?」
「ああ、その通りだ。素晴らしい理解力。採用だ!」
「ふざけないで下さい。あなたとは今日初めて会ったのに、さすがに不埒じゃないですか?あと国のためとはいえ、魔法に頼って人の気持ちを振り向かせようというのは何か違うと思います。今回はお時間取って頂きありがとうございました。魔法を学べると思ってここまできましたが、この求人は辞退させて下さい。」
「ふ、不埒!?」
「ちょっと、私に何をしたんですか?」
やってられない、そう思って立ち上がろうとしたが、足が全く動かない。
「すまん。少し拘束魔法をかけさせてもらった。頼む!この求人に応募してくれたのは君だけなんだ。そう言わず、もうちょっと話を聞いてくれ。」
「いいえ、私は領に戻ります。帰してください。」
「分かった。分かった。嫌になったらすぐ戻ってもらって構わない。君は魔法を学びたいからここに来たんだよね?」
「ええ。」
「では、俺が君に魔法を教えれば、この任務を受けてくれるか?ここの研究員になれば、魔塔の図書館も使い放題だ。」
「魔法を学べる……。」
「そうだ!さっきも言ったが、君の魔力量で独学で覚えた魔法を扱うのは危ない。俺が練習に付き合う。ちゃんと一から教えるから。それに研究員としての待遇も悪くないはずだ。……どうだ、引き受けてくれる気になったか?」
「……分かりました。では引き受けさせて頂きます。でも嫌になったら、すぐ自領に戻らせて頂きますから。」
一級魔導士様から直々に、魔法を学べる。少しキナ臭い案件だけど、またとない機会だと思った。
「よし!交渉成立。契約書だ。ここにサインして。じゃあ、まず魔力量から測ろう。俺について来て。」
私は魔法契約書にサインを済ませると、彼に連れられて、応接室を出た。
魔塔の中は、目新しいものでいっぱいだ。中庭で研究員が新しい術式の検証している。何の魔法だろう?またどこかの部屋で実験に失敗したのか、焦げ臭いにおいが廊下まで漂っていた。
「こちらだ。」
アレハンドロ一級魔導士に促されて、ホコリ臭い個室に入る。色々な魔道具が置いてあった。その中で彼は箱型の魔道具を手に取り、もう片方の手で、人の頭くらいの大きさがある水晶玉を指差した。
「セレナ・イグナシオ嬢、手をこちらに。」
言われるがままに、水晶玉に手をかざすと、途端にまばゆい白い光があふれ出した。
「魔力量12,000。すごい……、すごいぞ!君。クリスタルクリアだ。」
魔力量はイグナシオ家でも計ったことがある。実家にある水晶玉では、10,000超えの魔力は測定できなくて、測定不能になったっけ。ちなみに魔導士として仕事をしている他の兄弟たちは魔力量3,000から5,000くらい。両親は女である私の魔力量の高さをことあるごとに嘆いていた。それにしても『クリスタルクリア』というのは何だろう?
「――クリスタルクリアって何ですか?」
「魔力というのは普通なにがしかの濁りがあるものなんだ。ほら、私の場合は……。」
アレハンドロ一級魔導士が水晶玉に触れると、先程の何倍もの光があふれ出す。思わず目を閉じた。
「ま、まぶしい!」
「まあ、私の魔力量は60,000以上あるからな。それで、色は見えたか?」
「はい。薄紫色でした。」
「ああ、その通り。」
60,000!?この人は、私の五倍以上の魔力量があるのか。王弟のアレハンドロ公爵が匙を投げ、魔塔に預けたのも納得だ。
「それで、クリスタルクリアというのは?」
「魔力の純度が極めて高く、全く濁りがないということだ。簡単に言うと、人より少ない魔力で精度の高い魔法を操ることができる。」
「珍しいものなんですか?」
「いや珍しいなんてものじゃない!ここまで純度の高い魔力は初めて見た。症例報告ものだ。」
症例報告!?思ったより大ごとだ。
「あと魔力がある者は国へ報告義務があるが、君の記録は魔力保持者名簿になかった。今日の結果を登録しておくが、いいか?」
「はい、もちろんです。」
イグナシオ家は魔導士の名家。他の兄弟は全員ちゃんと登録しているはずだ。両親は私に良家に嫁ぎ、妻として母として家に尽くすことを望んでいる。私の登録が漏れたのは、高すぎる魔力は魔導士の家以外では敬遠され、縁談の邪魔になると思ったからだろう。
私は早速魔塔の寮に移り住んだ。アレハンドロ一級魔導士の助手として、私の主要な業務は彼との『デート』だった。いわゆる恋人が遊びに行く場所に二人で出向く。
「恋人はファーストネームでお互いを呼び合うと聞いた。君のことは『セレナ』と呼ぶから、俺のことは『ラウル』と呼べ。」
「アレハンドロ一級魔導士様、それは恐れ多いです。」
「これは任務だ、セレナ。」
「わ、分かりました。ラウル。」
今日はアレハンドロ一級魔導士改めラウルと魔塔を出て、近所のカフェを訪れた。
「セレナ、ここが恋人がよく訪れるというカフェだ。」
「それは、いいですけど、私たち手をつなぐ必要あります?」
「『デート』では手をつなぐと、既婚の魔導士から聞いた。必要だ。」
おしゃれな店内、かわいい店員さん、おいしそうなケーキ、良い香りの紅茶。さすが王都。どこをとっても洗練されていて、田舎者の私は思わず、挙動不審になる。
「ラウル、おしゃれ過ぎて緊張しますね。」
「それはドキドキしているのか?顔面は赤くないようだが。」
「ドキドキはしていますね。」
「ご注文のシトロンのケーキです。」
うわあ、かわいい。私がケーキに見惚れていると、ラウルが先に一口、ケーキを口に運んだ。その瞬間、ラウルが奇声を上げた。
「うげ。なんだこのケーキ、どうして酸っぱいクリームが中に入っているのだ。」
「味が重層的になって、おいしいじゃないですか?むしろダメなんですか?」
「甘いものは甘くあるべきだ。」
「な、なるほど。」
ラウルは、黙っていればイケメンなのだが、どうにも魔塔暮らしが長すぎるせいか、ところどころ発想や発言が一般人のそれからズレている。
「――ところで『恋愛』というものは、『デート』の間に育まれると本で読んだ。」
「はい。」
「人は『恋』をすると、多幸感があり、心拍数が上がる。また末端の血管が開き、顔面が紅潮すると。」
「そうですね。」
「君は先程ドキドキすると言ったが、俺はここで君とケーキを食べ、紅茶を飲んでいても、そういったことが起こらない。」
「……。」
そりゃ私に対する好意がないのだから、仕方ないだろう。『一』は環境で『ニ』にも『三』にもなるが、『ゼロ』は何を掛け合わせても『ゼロ』のままだ。
それからも、めげずに二人で色々なところに行った。お祭りにディナー、仮面舞踏会、そして遠乗り。私も彼をドキドキさせようとあの手この手で頑張ったが、一般人と感覚がズレたラウルには、何をやってもイマイチ響かなかった。
「『恋』とは一体なんなのだ。人を愛しいと思う気持ちがどうしても分からない。」
もうこれは『相手』を替えるしかないんじゃないかと思ったけれど、私はあえてそれを提案しなかった。彼の魔術の授業がとても分かりやすかったから、少しでも長く彼の助手でいたかったのだ。
「ラウル、今日も魔塔に帰還後、特訓をお願いします。」
「ああ、それは約束だからな。魔導士たる者、約束は破らない。」
魔塔に戻ると、真っ暗になった中庭に明かりを灯して練習を始める。今日の特訓は基礎攻撃魔法だ。
「あの的に向かって、炎の矢を放て。矢が的に当たる様子をイメージするんだ。」
「はい。サギッタ・イグニス――炎の矢!」
杖を振ると、魔法陣が展開される。炎の矢が魔法陣から出力されて、次々と的に向かって飛んでいく。十本中九本の矢が的に当たり、的が燃え落ちた。その情景を恍惚とラウルが見つめていた。
「なんて美しい魔力なんだ……。これがクリスタルクリア。本当にきれいだ。」
ラウルは私が魔法を使う度に、きれいだきれいだと褒めてくれる。単に魔力の純度を褒められているだけなのに、自分のことを褒められているような、不思議な気持ちになる。
「ありがとうございます。でも私はラウルみたいに魔力が無尽蔵にある方がうらやましいです。」
「60,000あっても、普段は使わない。魔力純度が高いと、魔法を使った時に余計なノイズが出ないから、技の完成度も高くなるんだよ。これは生まれ持った才能だな。ははは。」
ラウルの笑顔は輝いていた。本当にこの人は魔法が好きなんだなと思った。
「そうだ、これ。」
彼はポケットから赤いピアスを取り出した。彼とお揃いのピアスだ。それを私の右耳に付けた。
「これは呪い除けのピアスだ。魔塔は色々な研究をしている奴がいるからな。用心するに越したことはない。」
中庭に灯された明かりで、ラウルの頬が少し赤く染まった。
***
今日は、ラウルにお遣いを頼まれた。街の本屋で売られている流行の恋愛小説を買ってくるように仰せつかったのだ。本屋に着くと、まず店員に聞いた。
「恋愛小説を読みたいのですが、どれが売れ筋ですか?」
「そうですね。最近だと『アデリナの恋占い』『王女だって恋がしたい』『死に戻り令嬢はもう一度君を愛す』辺りが人気ですかね。」
「ありがとう、三冊とも頂くわ。」
「会計はあちらになります。」
最近やっと王都での生活にも慣れてきた。任務『お遣い』完了。早くに魔塔に戻ろう。すたすたと、魔塔に向かって元来た道を歩いていると、何者かに手を引かれた。
「きゃあ!」
叫んだが人通りのない細道に連れ込まれ、薬品をしみこませた布を口元に当てられた。意識が遠のいていく。
目が覚めると、イグナシオ子爵家のタウンハウスにいた。
「どういうつもりだ、セレナ!!家出して王都に行き、魔塔で働き始めるとは!」
瞼を開いた瞬間、父の怒号が部屋中に響き渡る。私は『夢を叶えるために家を出ます』としか置手紙を書かなかったのに、どうしてバレたんだろう。魔塔研究員と付き合いのある兄からだろうか。
「女が魔法の勉強なんかしちゃだめと、あなたに何度言ったら分かるの。お兄様たちとは違うの。良家に嫁ぎ、良き妻、良き母になるのが幸せなことなの。」
以前は両親に反論したことがなかった。でも一人で王都に出て、魔塔に勤務し始めて、この考えはおかしいと思った。
「私の幸せは私が決めます!私は魔法が使いたい。魔法の研究をしたい。誰かのために尽くす人生なんて絶対に嫌です!」
話はどこまでも平行線だった。彼らとは全く話し合いにならない。思えば小さい頃からそうだ。一方的に向こうの意見を押し付けるだけ。しかも伯爵家子息との縁談を勝手にまとめたという。明日は顔合わせだと嬉しそうに言われた。
ふと、窓の外を見ると、紫色の瞳の真っ黒なカラスがこちらを覗いていた。
夜中に屋敷を抜け出そうとしたが、部屋の出入り口には護衛が立っていた。ああ、こんなことなら、透明化魔法をラウルからちゃんと学んでおけばよかった。自己流の透明化では絶対にバレる。いっそ、炎の矢でこの屋敷ごと燃やしてしまおうか。いやさすがにそれはやり過ぎだ。悶々と考えているうちに、なす術なく朝を迎えた。
「お嬢様、準備を手伝わせて頂きます。」
頼んでもないのにメイドたちが、頭のてっぺんから、足の先まで、磨き上げる。伯爵令息の瞳の色に合わせたのだろう、母が用意した緑のドレスを着させられた。
「相手は格上の伯爵家だ。絶対に失礼のないように。」
「最近事業が上手くいっている家なの。魔導士の家ではないけれど、こんなご縁はなかなかないわ。よかったわね、セレナ。」
「……。」
昨日の不毛な言い争いから、反論するのも馬鹿らしくなった。この人たちの価値観では、本当に素晴らしいことなんだろう。伯爵令息とその両親は、いそいそと子爵家のタウンハウスにやってきた。
「モラレス伯爵令息のベルナルドと申します。あなたがセレナ嬢ですか。絵姿通り美しい方だ。」
彼はうっとりとしたように言った。本当に私に惚れているのか、家同士の婚約を上手くいかせようと演技しているのか私にはよく分からなかった。
「……ありがとうございます。私がセレナ・イグナシオです。」
フィリペ殿下の婚約者の隣国の王女ではないが、政略結婚は貴族の義務ではある。それをどうこう言うなんて、所詮ただのわがままだ。だけど、両親のこのだまし討ちのようなやり方が、私はどうしても納得がいかなかった。
「イグナシオ子爵、初めに釣書にあった内容について確認したいのですが……。」
そう言って、モラレス伯爵が少しだけ眉間にしわを寄せた。
「ご令嬢の魔力について記載がありませんが、これは魔力無しということでよろしいでしょうか?」
私が口を挟もうとすると、父が代わりに答えた。
「……ええ、うちは代々魔導士の家系ですが、この子には魔力はありません。」
「そうですか。それは良かった。我が家は誰も魔力持ちがいないので安心しました。」
よくいけしゃあしゃあ、嘘を吐ける。そう思って父を睨みつける。ふと窓辺に、紫色の瞳のカラスがいるのに気づいた。昨日も窓辺でずっとこちらの様子を伺っていたカラスだ。なんとカラスは窓ガラスを通り抜けて、室内に入ってきた。
「きゃ!」
カラスは私の膝の上に止まり、すぐにヒトの姿を形を変えた。――一級魔導士ラウル・アレハンドロが現れた。
「ラ、ラウル?!」
「な、何者だ。捕らえよ。ん?そのバッジまさか、一級魔導士……?」
「いきなりの訪問、申し訳ない。私は一級魔導士のラウル・アレハンドロだ。」
「アレハンドロ公爵のご令息ですか。お噂はかねがね。モラレス伯爵カミロと申します。」
モラレス伯爵がすぐに臣下の礼を取った。アレハンドロ公爵家は王族に名を連ねる一族だ。例え、相手が無作法にも見合いの場に乱入したとしても、これは正しい判断だ。
「モラレス伯爵、頭を上げてくれ。魔塔の職員であり、俺の部下であるセレナ・イグナシオ君が、昨日任務中に何者かに拉致・監禁された。俺は彼女の居場所を探していたのだ。」
「拉致!?なんと人聞きが悪い。私は家出した娘を保護しただけだ!」
父親は短気だ。伯爵家もいると言うのに怒鳴り始めた。
「あの、すみません。イグナシオ子爵、状況がさっぱり分からないのですが……。魔塔職員?家出?拉致?もしかして彼女には魔力があるのですか?」
「ああ!申し訳ない、モラレス伯爵。これは、こちらの話です。」
「魔力がない?魔力持ちが見たら一瞬で見抜ける嘘をつくとは、実に愚かだ。彼女の魔力量12,000。国の魔力保持者名簿への登録が抜けていたので、こちらで登録しておいた。イグナシオ家でも随一の魔力の持ち主だ。」
「……そうですか。セレナ嬢も名門イグナシオ家の出です。1,000や2,000程度の魔力は許容するつもりでしたが、12,000もあれば屋敷一つ吹き飛ばすこともできる。イグナシオ子爵、それを隠されていたというのは、こちらとしては不信感があります。」
「ぐぬぬ。縁談に響くと思って、セレナの魔力は登録していなかったのに。なんてバカなことを!この愚か者!一生結婚できんぞ。」
ラウルが登録したと言ったのに、父は私の肩を揺すり、怒鳴り続けた。
「魔力は登録は義務だ。それに成人した娘が自分の意志で家を出ても何ら問題がないはずだ。セレナ、ここにいても埒が明かない。行くぞ。」
伯爵令息・ベルナルドは残念そうな顔でこちらを見た。この人は、私のことを絵姿で見て、それなり気に入っていてくれていたのだろう。もし、あの求人広告が無かったら、私はあの家で花嫁修業を積んで、彼のもとに嫁いだ。そして夫を、モラレス伯爵家を支えていくはずだった。それはそれで幸せだったかもしれない。けれど私は魔法を、ラウルを選びたい。
「はい。」
私はラウルが差し出した手を掴んだ。そしてあっという間に魔法陣が展開され、私たちは魔塔に戻った。
「ラウル、ありがとうございます。私はもっと魔法を勉強したかったので、とても助かりました。」
「ああ、礼には及ばん。」
「でも、どうして私の居場所が分かったのですか?」
「これだ。」
そう言って、私の右耳のピアスに触れる。
「実はこのピアスには、呪い除けだけでなく、追跡魔法もかけてある。君が一人で出かけて何かあるといけないと思って。」
「へ!?そんなの聞いてないです。」
「――黙っていてすまない。実は君には黙っていたが、君が攫われる夢を繰り返しみて、本当に心配だったんだ。」
「予知夢ですか?それなら私に教えてくれればよかったのに。」
私には経験がないが、高い魔力を持つ者は、稀に予知夢を見ることがあると聞いたことがある。
「いや、俺もこんなことは初めてで予知夢かどうか確証が持てなくて。――それにしても、物理攻撃を仕掛けられるとは想定外だった。世の中は魔力が無い者がほとんどだということを忘れていた。このピアスに防御魔法を追加してもよいか?」
私が頷くと、鈍く赤くピアスが光った。また無詠唱でラウルが魔法をかけたのだろう。この一件以降、ラウルとの『デート』はなくなり、逆によっぽどの理由がないと魔塔から出してもらえなくなった。その分、魔法に専念できるし、親に会わなくていいため、助かってはいる。
モラレス伯爵家との縁談はもちろん破談になった。両親はあれから何度も手紙を寄こしたが、内容は交渉の余地がないものだった。子は親の所有物であるという感覚なのだろう。ラウルに報告すると、イグナシオ家の人間では魔塔の厳重な警備を超えられないだろうから、無視すればいいと言う。返事は送らないことにした。
魔塔に籠っている分、助手として魔法の研究・開発の仕事が増えた。今まで通り、ラウルは私の魔法練習の時間は取ってくれる。大変ありがたいのだが、この仕事は元々『短期・特定任務』の研究助手のはずだ。魅了魔法の開発はいいのだろうか?
「ラウル、そういえば『魅了魔法』の開発はどうなったんですか?」
「ああ、それか。魅了魔法は錬成不可能だと結論付けた。フェリペ殿下には自力で婚約者の気を引くように伝えた。」
「不可能と言いますと。」
「性欲を高めるだけであれば、万人に共通するメカニズムがある。だが一口に『恋愛』と言っても実に色々な状況があり、共通するトリガーを見出すのは難しい。」
「そうですね……。一目で誰かを好きになる人もいれば、何らかのエピソードを経て互いに想い合う人もいます。」
「俺はあの日、君が魔塔に戻らず、どうしようもなく不安になった。追跡魔法をたどって君の家に行き、無理に縁談を進められそうになっている君をみて、君の……、誰よりも美しい君の『魔力』を守らないといけない、と思った。」
「ま、魔力を?」
「この君の魔力を尊い想う気持ちが、世間で言う『誰かを愛しいと想う気持ち』に近いと思った。しかし、私のこの気持ちは、私が幼少の頃から、魔塔で育って、魔法研究に全て捧げているが故に生じた感情だ。同じように、人はそれぞれ生まれ育った環境、交友関係の中で、他人を愛し、恋に落ちる。つまり何がトリガーになるか分からないということだ。ある程度、一般化できないと魔法には落とし込めない。」
なるほど、そう来たか。魔法バカのラウルらしいなと思った。
「だとすると、私の仕事はどうなるんですか?もともと、私、魅了魔法の開発助手だったので……。」
「ああ。それなら、もう常勤の助手に切り替えるように手配している。今週中に君のところに新しい契約書が届くはずだ。待遇はこれまでと一緒だ。魔法も今まで通り教える。」
「へっ、私が常勤!?」
「……ダメだろうか?魅了魔法に限らず、ここで俺の研究を手伝って欲しい。君だって魔法を使えるようになりたいのだろう?」
慌てた様子でラウルが覗き込む。紫色の瞳が不安そうに揺れた。
「ええ、とてもうれしいです!ラウル、これからもよろしくお願いします。魅了魔法の件も、お役に立てたみたいでよかったです。」
「良かった。これからもよろしく頼む。」
それから用もないのに話しかけてきたり、私が他の研究員と話していると不機嫌になったり。――私が誘拐されてから、彼の態度は変わった。まだ彼が気づいてないだけで、彼が好いているのはきっと私の『魔力』だけではないんだろう。そんな彼を、私もいつの間にかただの上司以上に想うようになっていた。
――ちなみに私たち二人が恋人同士になって、正式に婚約をするのは、まだ先の話である。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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