穴を掘る男
「なにをしているのですか?」
ギラギラとした太陽の下、家族を連れて道を歩いていた私の視界に突如として映った大穴。その穴の底にいる男性に私はそう尋ねた。
男性は私と、私と同じように穴を覗き込んでいる家族の顔を見上げると、眩しそうに目を細めてこう答える。
「穴を掘ってます。ほら、こんな時代ですから。記録を残したくて」
這い出してきた男性は穴の近くにある丈夫そうな金属製の箱を示した。つまりは所謂タイムカプセルというものだろうか。
一見すると井戸のようにも見えるその穴は彼が一人で掘ったのだろうか。道具は彼の手に握られたスコップだけのようだ。
酔狂なことを、とは思わなかった。宛もなく家族と歩いている私たちも同じようなものだろう。いや、未来に確実になにかを残そうとしているこの男性の方がまだいくらか建設的なのかもしれない。
「きちんと記録が残せると良いですね」
「ありがとうございます。あなた方も安住の地が見つかることを祈っていますよ」
滅んだ世界で安住の地を探す私たちと、遠い未来に向けて記録を残そうとしている彼。
果たしてどちらが正しいのだろうと考えながら、私はまた家族を連れて歩くのを再開した。