十針目:〈変色、始まりの色と僕〉
「ご、ごめんなさい……」
「……気にすんなよ! 今度から気を付けてくれればいいからさ!」
お兄さんはポケットに手を突っ込み、右手で親指を立てた。
(あんなに大きな人にぶつかるなんて、ほんとにドキドキした……でも、優しい人でよかった。)
「は、はい」
アビリーはその場から逃げるように退散した。
(あの人の顔、忘れないようにしよう。次はもっと気をつけないと!)
「でもなんか怖かったな……まあ見た目に反して案外優しかったけど……」
アビリーは胸に手を当て、頂上を見上げた。
(全然、故郷の島と違うところが多い……! まだまだ僕が知らないだけで世界は広いんだ!)
「あ、そういえば……女王様……まずコッカって何から始めればいいの?」
アビリーはカバンの中からお金を取り出した。
(そうだ! メモ帳があれば、アイデアをどんどん書き留められる!)
無言であるお店へ近づいていく。店の外にはカラフルな商品が並び、目を引くものばかりだ。
(やっぱり、どれもこれも魅力的だな……でも、まずはメモ帳を手に入れないと!)
店のドアを開けると、鈴の音が鳴り響く。
「いらっしゃい、なにかほしいものは?」
店員のお兄さんの声にハッとして、アビリーは言った。
「その青いメモ帳をください」
「わかりました。五ピニです」
「ご、ご……これですか?」
アビリーは手元の小銭を見つめる。
「……中東通貨ですか……まあはい、頂戴します」
(この島ではピニっていう言い方をするんだ……)
アビリーは初めての異国のに少しドキドキした。
(このメモ帳が、僕の冒険の相棒になるんだ!)
「はい、どうぞ」
アビリーは頭にタオルを巻いているお兄さんから青いノートを手渡された。
(これで、僕の冒険が始まるんだ!)
軽く会釈をし、その場を去る。
(よし、まずは何をするか書き出そう)
アビリーは路地の隙間にもたれかかり、メモ帳を開く。
その瞬間、彼の目に飛び込んできたのは、路地裏で遊んでいる子供たちの姿だった。
(あの子たち、楽しそうだな……)
思わず笑顔になり、アビリーは子供たちに向かって手を振った。
「一緒に遊んでもいい?」
子供たちは驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で手を振り返してきた。
「うん!遊ぼう!」
アビリーは一瞬の躊躇もなく、彼らのところに駆け寄った。
「まずは……」
《やることリスト、優先順位順に》
① 頂上まで探索してみる
② 頂上についたらここの主にコッカについて話をきく
③ 明日になったら例の昆虫を見に行く
④ 途中で出会った友達と遊ぶ
アビリーはルンルンで最後まで書ききった。
(これで完璧だ!)
彼の心には期待が膨らむ。
「うん! 完璧。よし! 頂上目指して出発だ!」
アビリーは意気揚々と、次の冒険へ向かって足を踏み出した。
(どんなことが待っているんだろう……ワクワクする!)
彼は頂上へ向かう途中、道端に咲いている赤い花に目を奪われ、立ち止まる。
(この花、きれいだな……)
思わず手を伸ばし、香りを嗅いでみる。
(ふわっと甘い香りがする……これもメモ帳に書いておこう!)
アビリーはメモ帳を取り出し、その赤い花を記入しながら、次々とアイデアが浮かんでくる。
(この島には、まだまだ発見がたくさんありそうだ!)
しかしその時だった。
「キャ゙ァ゙ー! 人が、人が!」
アビリーは急いで振り返る。
「!?」
目の前には、血だらけの男性を抱える女性の姿があった。よく見ると、それは先ほどぶつかったお兄さんだった。
「だ、大丈夫ですか!」
アビリーは急いで駆け寄った。心臓が早鐘のように鳴り響く。
(どうしよう、どうしよう……)
「びょ、病院に!」
アビリーは必死に叫ぶ。
「そんなもの、この島に……」
男性が口を開いた。血が流れ出ているのに、彼は驚くほど冷静だった。
「……坊主、気にすんな……少しバットで叩かれただけだ……」
「でも、その血の量は!」
アビリーは恐怖に震えながら言った。
「大丈夫……少し休めば治るさ……」
男性の意識は徐々に遠のいていく。
「……この島にも、そんな凶悪で、気持ち悪くて……極悪非道なゴミがいるんですね」
「待って……待ってなにするの!? ――あのもしや、犯人を捕まえるんですか。いや、無理、無理無理無理、だってバットよ! 釘がさしてあって――」
アビリーはその言葉を耳に入れなかった。そして悲鳴が聞こえる方向へ走り出す。
(こっちだ! 好き勝手にはさせない!)
無心で駆け抜ける。人混みを全速力で掻き分けて。
「……こっち……こっちだ!」
(心臓が痛い。駆け上がると足も痺れてきた……バット、バット? 拘束できるの? そんな人を……)
「チッ、お前なんなんだよ!」
急に人気が少ない場所に辿り着いたアビリーは、立ち止まった。目の前には、釘付きのバットを持つ若い男と、先程メモ帳を買わせてくれた店主がいた。
「チッ、死ねよ!」
仮面を被った男が店主を見下ろす。バットを振りかざし威圧感を放っていた。
「危ない! やめて!」
「――は?」
仮面男はアビリーにガンを飛ばし、さらに近づいてくる。
「ガキは引っ込んでろ!」
アビリーの足は震えていた。心臓が口から飛び出しそうなほど高鳴る。
(はぁ、はぁ、何で、なんでこんなこと……)
「あぁ゙? お前、足震えてんじゃねえか」
仮面男は一歩ずつ近づいてくる。バットを引きずりながら、アビリーの恐怖を楽しむかのように。
「…………」
言葉が出ない。アビリーはただ、目の前の凶悪な男を見つめるしかなかった。
(どうしよう、どうしたら……)
仮面男は無言でアビリーの顔面へとバットを振り下ろした。
「ぁあ! い、痛い……イたい――」
アビリーは倒れ込み、痛みが顔を駆け巡る。
「……バカ?」
仮面男は冷酷な笑みを浮かべ、再びバットを振りかざす。
「止めろ! さっきまで俺を狙ってたじゃないか!」
「……チッ」
仮面男はに近づいていく。
「……や、やめて」
アビリーのかすかな声は、仮面男にはまったく響いていなかった。
「なにか言うことは?」
「……」
「死ね」
その言葉が、アビリーの心に深い恐怖を刻み込む。
(た、助けなきゃ……死んじゃうんだ、死んだら……助けられない)
アビリーは立ち上がろうとするが、痛みが全身を襲い、力が入らない。
(でも、逃げなきゃ……)
彼は必死に体を起こし、周囲を見渡す。
(いや何か、武器になるものを探して……)
その瞬間、目に留まったのは近くに落ちている小石だった。
(これで、何とか……!)
アビリーは小石を拾い上げ、仮面男に向かって投げつける。
「――!」
仮面男は驚き、バットを振り上げるのを一瞬止めた。
「……」
(こ、これからどうするの〜!!)
次回:〈決闘! バットの男 vs アビリー〉