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08 林道ユウカについて金井の証言

 行幸南中学剣道部。ユウカが入部した当時の部員数は6名。

 経験者の工藤が副顧問として指導にあたっているが、1年前までは未経験者の山野辺のもとで経験者の先輩たちが手探りで練習を行っていた。

 大会の成績はここ数年は1回戦負け。中には部員足らずで個人戦のみ出場という年度もあった。

 しかしこの年、行幸南中学は全国にその名前を轟かす。


 林道ユウカという名前とともに。

 

 行幸南中学剣道部林道ユウカは全国中学体育大会剣道個人の部で優勝を果たした。

 まったく無名の中学2年生。

 剣道歴はわずか数カ月。

 それまで女子剣道界隈は天才中学生春風ヨウコを中心に回っていた。

 小学、中学と圧倒的な実力差でもって頂点に君臨していた天才春風ヨウコ。誰もがその天才の天下が続くと考え、疑いもしなかった。

 けれど諸行無常、驕れる平家も久しからず。誰の手をもってしても崩れることのない、と思われたその牙城は崩れ去った。誰も知らない学校の、無名の少女の手によって。

 新たなるニューヒロインの誕生に界隈は大いに盛り上がった。

 当然取材申し込みの依頼はたくさんあった。

 剣道専門誌から、ローカルテレビ局や新聞社。さらには全国放送のキー局まで。だがそのすべての取材をユウカは拒否してきた。学校側としては本人の意思によるもので学業を優先したいため、という返事が公表されていた。

 おそらくはユウカ自身が面倒だ、という理由で断っていたものと推測はできる。あわせて学校側としてもユウカが起こしたクラス内でのもめごとが表に出ることを嫌ったのもあると思われる。

 その中で当時地元新聞社が林道コウイチロウ、サチコ夫妻へのインタビューを行っていたことを発見した。

 ユウカとは関係のないコウイチロウとサチコが行っている慈善事業に関してだった。筆者は当時林道夫妻の記事を書いた記者への取材を行った。


「もう四年前かね。懐かしい記事だね」


 当時H市のローカル新聞社で記者として働いていた金井トモノリ氏。金井氏は該当の記事を懐かしそうに読み返した。


「林道さんはK県内の地元企業の社長さんでね。地元貢献についての記事だよ」


 取材の後、金井氏はコウイチロウと食事をすることになり、その中でユウカのことが話題にあがった。



「ユウちゃんの父親タカユキは私の弟でね」


 どこか悲し気にコウイチロウは弟の名前を出した。

 コウイチロウとタカユキは年の離れた兄弟。タカユキの幼いころは共働きの両親に代わって面倒を見ていたらしい。

 県外の大学を出たコウイチロウはH市内で親の会社に就職。タカユキも県外の大学に進学した。その後は地元に戻ることはなく都内の企業に就職した。


「どうしてもやりたい仕事が見つかったと言っていたよ。両親は反対していたが、家は私が継げばよいのだし弟には好きなようにすればいいと説得しました」


 その職場でタカユキはミナコと出会った。

 ミナコはタカユキよりも5つ年上の姉さん女房で関係は良好であった。


「タカユキは優しいのだが引っ込み思案な子でね。主張の弱い子だった。だから年上であいつを引っ張てくれるミナコさんとは傍から見ても相性はよかった。両親も私もいい縁だったと喜んでいたよ」


 コウイチロウは何かを思い返すように目を閉じた。


「子供も生まれてね。両親も初孫を喜んでね。私たち夫婦も子供がいなかったからとても可愛くてしょうがなかったよ」


 もちろんその姪っ子がユウカのことである。


「けれど何事もいいことがずっと続くわけじゃない。当たり前のことだけれどタカユキに起きたことはしょうがないで済ませられるようなことではなかった」


 2人の結婚から7年。ユウカの小学校入学式の日だった。


「ユウちゃんもあの頃はよく笑う子でね。人見知りなところはタカユキ似だったのかな」


 コウイチロウはスマホを操作して入学式直後、タカユキたち家族の写真を開いて見せた。

 しかし帰宅途中の3人は交通事故に遭った。幸いタカユキとユウカは軽傷で済んだ。ただミナコはその事故で帰らぬ人となった。

 車の運転手は信号無視して交差点に進入。左折車を避けようとして歩道を歩いていたタカユキたちに衝突した。

 運転手は搬送先の病院で逮捕された。事故当時前夜から飲酒を行い、さらに未成年の無免許運転であったことが判明した。


「ミナコさんの葬儀が終わるとすっかりタカユキは気力を失ってしまってね」


 タカユキは仕事も辞めてしまいすっかり塞ぎ込んでしまっていた。

 コウイチロウや両親、ミナコ側の両親もそんな状況を心配してユウカとともに面倒をみるから引っ越すように勧めたそうだ。


「葬儀を終えた半年後にタカユキがこちらに引っ越すと言ってきた時は安心したよ。それなのに」


 引っ越してすぐにタカユキはユウカとともに姿を消した。 

 最悪の事態を想定したコウイチロウは警察にも失踪届を出した。

 それから6年後、コウイチロウは警察から連絡が来た際にはこの時がきたかと感じた。


「もう生きていることは期待していませんでした。ただタカユキとユウちゃんが哀れでね。早く見つけて供養してあげたい。ミナコさんと一緒に休ませてやりたい、という気持ちだった。だからユウちゃんだけでも生きていた、と知れた時は本当に」


 弟の死という悲しみ。それと同時に姪の生存。言葉にするのは難しい感情だったはずだ。

 金井氏はただ黙ってコウイチロウの話を聞いていた。


「生きていて良かったと、妻と共に喜んだよ。しかしねタカユキが6年前には亡くなっていてそこから、山奥で1人幼い子供1人で生きていた。どれだけ過酷なことなのか」


 

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