39 令和2年次鋒戦 02
静かに勝負は終わりへと向かう。
必殺に向けて、お互いの間合いを、勝ち筋を詰めていく。
睨み合うふたりの少女。
動いたのは岩本だった。
脇構えの形はそのままに、左手を逆手に持つ。そして半身から正対する。さらに足幅を広げ、腰を落とす。
「夢幻一刀流抜刀術――南柯之夢」
ぼそり、と岩本がつぶやく。
呼応するように秋山が動きを見せる。
得体のしれない岩本の構えを嫌ったのだ。竹刀の切っ先は明後日の方向を向き、開いたスタンスで機動性は失われている。一見、秋山が優勢と思えるところだが、それは違うのだ。
岩本という剣士が優れていることを秋山は何年も前から熟知している。そして運動能力だけであれば自分は勝っていること、そして不足していた読み合いの部分も、この一分ばかりの打ち合いで追いつきあることを確信していた。
もちろん岩本がすべての手の内をさらしたとは思っていない。しかしそれは自身も同じ。けれどタイミングが秋山を不利に導いた。
この一間の間合い。
秋山にはこの間合いを、岩本の攻撃よりも早く打突を届かせるイメージがない。かといって、岩本が自らこの間合いを詰めてくることを期待するのは無理だろう。
にらみ合いに陥れば攻めるしか手のない秋山不利。
ならば、下手に岩本へ時間を与えるよりも、前に出ることを選択したのだ。
お得意の魔術で、圧縮した風を背中に作り出す。
「ふふっ」
嬉しそうに岩本は目を細める。
中学時代の彼女ならば、この時点でその不可思議な妖術で馬鹿正直に攻めてきていた。目前の少女はその妖術を保険として残してこちらの様子を見ている。
おそらく岩本はそれを喜んだのだ。
まるで片思いの相手が、自分を意識したことを喜ぶように。
秋山は右足を前に出す。一見すると、ただ間合いを詰めただけ。しかし、秋山は袴の裾で左足を隠す。彼女は右足一本で立っているのだ。
なぜ、と疑問に思うだろう。
例えば、常にするように、両足を地につけた状態で間合いを詰める。その際に岩本の業が秋山を襲った場合、秋山は前に逃げるしか方法がないのだ。けれど、左足を浮かせて右足一本で立つことによって、大きくバックステップをすることができる。
「……どうするの」
秋山は岩本を観察する。
すでに秋山は間合いを詰めた。しかし岩本は動かない。
「……そう」
岩本が動かないのは当然。彼女の必殺の剣は『見てから』でも間に合うからだ。
けれど、それは秋山も承知している。
秋山もただ相手が見られるようになっただけではないのだ。
自分の得意である魔術の運用方法の改良。
『風よ集い、吹け』
秋山が飛び込む。狙いは無防備にさらけ出されている岩本の面。
飛び込むと同時に魔術を発動。
圧縮された空気が開かれた隙間から流れ出す。それは推進力となって秋山の体を『押し戻す』力となった。
「っ」
岩本の頬を汗が伝う。それは驚き、焦りからだ。
ここにきて秋山は速さではなく、虚をついたのだ。
秋山の速さを知る岩本であるからこそ、その遅さに狂う。岩本のイメージする秋山の動きとの差。それは傍から見れば誤差でしかない差である。しかしこの真剣勝負の中では大きな差となった。
出鼻を狙い繰り出された横薙ぎの一閃は空を斬る。
野球のチェンジアップ。テニスのドロップショットと同じ手法。遅いことは時に早いよりも強力な武器となる。
秋山の面が岩本の面布団を打ち据えた……はずだった。
「胴ありっ‼」
審判員の持つ旗が三本、綺麗に岩本の有効打を示した。
秋山の脳裏に走る衝撃。
確かに、岩本の胴打ちは空を斬った。自分の面打ちが岩本の面布団を捉えたはずだった。
しかし実際には岩本の強烈な胴打ちが自身の胴台を打った。
まるで木刀で脇腹を殴られたかのような痛みが、秋山を襲う。
困惑と痛み。ふたつの衝撃が秋山を襲った。
「二本目っ‼」
しかし勝負は待ってはくれない。
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