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07 林道ユウカについて山野辺の証言

 市立行幸南中学剣道部。

 箕輪氏は工藤がそこの顧問であったと語ったが、それは正確な情報ではなかった。

 正確には副顧問であり、正式な顧問は山野辺ミキヒコ教諭であった。


「僕は剣道未経験者でしてね。そこに赴任してきたばかりの工藤先生が剣道経験者だったらしく、お願いして指導に入ってもらったんですよ」


 現在は同市の行幸第二中学で教鞭をとっている山野辺氏は説明してくれた。

 山野辺氏は他校へ転任することとなった前顧問から引き継いで剣道部の顧問をしていたが、真面目に部活へ取り組む子供たちのためにも指導のできる人間を探していた。

 

「工藤先生はとても熱心に子供たちの指導にあたってくれましたよ」


 山野辺氏はその後もいくつかの工藤に関する興味深い話を聞かせてくれたが、それはユウカに関係のないことなので割愛させていただく。

 

「剣道部顧問として関わる前から林道さんのことは知っていたましたよ。職員の間でも大問題になっていましたからね。ですが」


 言葉を切ってから山野辺氏は言いにくそうに言葉をつづけた。


「正直僕はそこまで問題にとらえていませんでした。他の学年のことですし、授業を受け持っているクラスでもありませんからね。自分に関わり合いがなければ教師なんて大体そんなものですよ。だからそんな対岸の火事を工藤先生が連れてきたときは正直困りましたね」


 山野辺氏は入部には反対したかった。しかしそういうわけにもいかず渋々ではあったが入部を受け入れた。

 面倒なことには関わりたくない気持ちを押し込んで、工藤とともに放課後の空き教室でユウカと会話することになった。

 教室にはすでにユウカと工藤が入室して山野辺氏を待っていた。

 工藤はいつも通りの微笑みを浮かべ、その隣に腰かけているユウカは値踏みするように山野辺氏のことを見ていた。


 実際に会ってみたユウカは山野辺氏の想像とは大きく違っていたそうだ。

 十年以上はこの仕事をしてきて色々な子供たちに出会ってきた。それこそ中規模都市の学校となれば毎年数百人の子供たちが入学してくるのだ。子供たちは個性もあり皆違う。しかしラベル分けしようと思えばそこまで多岐にわたるわけでもない。

 問題児というのも、その問題自体は多岐にわたるが子供たちの分類はそう多くない。

 問題というのは自己の防衛のために起こすのがほとんどだからだ。

 その表れが自分の殻にこもるとか、他人へ攻撃的になるか、そこが個々人によるだけ。

 山野辺氏は話に聞く限りユウカを自分の殻に閉じこもるタイプだと想像していた。

 長い山での孤独な生活。その経緯は不明だが幼い少女が耐えられるものではなかったであろう。それに編入してきてからのクラスメイトたちからの待遇も聞いている。

 そういったストレスが積もりに積もって今回のような問題を引き起こしたのだろう。

 それがユウカと実際に会うまでの山野辺氏の考えだった。

 目の前に座る少女は弱さの欠片も持ち合わせていなさそうだった。

 見た目は小柄で、体も細い。簡単に押さえつけることができそうであるのだが、自分が目の前の少女に負ける想像しかできなかった。


「……君が林道くんだね」


 一瞬雰囲気に圧されたことをごまかすようにユウカへ笑いかけながら向かいの席に腰を下ろした。


「……」


 そんな山野辺氏を変わらず睨むでもなく観察するようにユウカは見ていた。工藤がふふっと笑ってユウカに挨拶を促した。


「林道さん、山野辺先生が剣道部の顧問なのよ。挨拶してくださいね」


 その言葉にユウカはいぶかし気に眉根を寄せた。


「どうして?」


 ユウカが疑問で工藤に返した。

 声を発したことに山野辺氏もはじめは驚いた。そしてユウカの言葉に反抗的なモノを感じてやはり面倒だな、と内心で苦笑した。


「どうして、とは?」

「工藤の方が強い」


 ユウカは工藤の問いに本人を指さす。

 なるほど、どうして、とはそういうことかと山野辺氏は納得する。


「僕は運動がからっきしだからね。実際に指導しているのは工藤先生だよ」


 山野辺氏は説明した後にどうしてこの子は僕の方が弱いとわかったのか疑問に感じた。

 影で生徒たちが山熊と自分のことを呼んでいるのを知っている。

 その呼び名通り山野辺氏の体形は男性にしても大柄。趣味の料理で積み重ねた体重も加わって見た目だけは剣道有段者。だが運動なんてからっきしダメだった。

 対する工藤は女性にしては背も高いが、それでも男性の山野辺と比べるまでもない。さらに工藤も二十後半の年齢ではあるが童顔でまだまだ学生といっても通用する見た目だ。

 どうしてこの少女は僕の方が弱いとわかったのか。


「見ればわかるでしょう?」


 ユウカは事もなげに答えて、それ以上喋ることはないという風に口を閉じた。


「林道くんにやる気があるのなら入部に異議はないよ」

「ありがとうございます山野辺先生。林道さんもよかったわね」

 

 工藤に促されてユウカは少し頭を下げた。


「一つきいてもいいかい?」

「……」

「林道くんは喋れないと聞いていたのだが喋れるようだね」


 ユウカはそんなことかとどうでもよさそうに質問に対して答えた。


「喋らなかっただけだ。喋る必要を感じなかった」

「必要?」

「山の中ではみんな言葉なんていらなかった。それでも十分だった。だのにここでは誰も意味のないことしか言葉に出さない」


 ユウカの瞳に剣呑とした光が宿る。


「お前たちの言葉にどんな意味がある。生きるためにまったく不必要だ」

「今は必要と感じてくれているのかしら?」

「あれらのおかげだ。あの弱い人間のおかげだ」


 弱い人間とはクラスメイトたちのことだろう。


「山から離れてから私は私自身が薄れていくのを感じた。ここでの生活が私の中身を奪っていく。だから喋らなかった。そうしたら私が私でなくなるからだ。

 けれどあの弱い雄や雌たちを狩った時に私の中の山を感じた。薄れてはいなかった。だから喋る、喋らないはどうでもよくなった」


 ユウカは不敵に笑う。


「勝負がしたい。工藤が私に私の新しい山となる場所をくれると言った」 


 山野辺氏はユウカの言っていることはほとんど分からなかった。


「私は剣道部に入部する。そこが私の新しい山だ」


 迷いはあった。しかし工藤の強い勧めもあり結局は入部を許可しその日以来剣道部の練習にユウカも参加することとなる。

 

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