34 岩本エミの令和2年次鋒戦
まず最初に動いたのはエミ。
左足を大きく後ろに引いて、竹刀をその身体で隠すように寝かせる。
脇構え。
竹刀の規格が統一されている現代剣道に於いては、なんら意味を持たない構え。
一瞬、会場がざわつく。
しかしエミのチームメイトである六道学園の面々は表情を変えない。本来の彼女の剣道を知っているからだ。
そして向かい合う秋山リリにも動揺はない。
彼女たちとともに試合場に立つ審判員たちは、そのエミの姿に一瞬息を呑んだ。
(まるで真剣を構えているかのようだ)
この決勝戦に審判として挑むのは経歴、実績ともに充分の剣士であるがそれでも試合場内に立つエミの剣気に鳥肌を立たせる。
「さぁ、どうでる異国の剣士よ」
エミの精神はすでに秋山リリと出会った頃から大きく変質している。
現代の少女と江戸時代の侍。
その異なる記憶は遂に交わることなく、異物のようにエミを蝕み。
エミは異物を受け入れることを選んだ。
その異物たる岩本セイゲンの精神は、目の前にたつ剣士をその眼でとらえる。
「どうやら変質したのはワシだけではないようだ」
漲る闘志は変わらない。
そして纏う不可思議な空気も変わらない。
あれはこの世界の道理とは違う。
けれど、それはあくまであの少女の業としてその身から溢れている。
じりじり、とまるで芋虫のように間合いを詰めていく。
秋山が動く気配は見えない。
あれからどうやらあの少女にもいろいろといい出会いがあったのだろう。
二度、彼女とは剣を交えた。
一度目は児戯のように。
その際に見せた秋山のこの時代らしからぬ死生観に共感と、期待を抱いた。
しかし二度目。
ついに真剣試合の場で交えた秋山には失望を覚えた。
人間としてはこの時代らしからぬ、セイゲンに近いものを持っているが、剣士としては我儘な少女に過ぎなかった。
ただ力を誇示するように剣を振るうその在り方には失望した。
「――」
遠目には構え合って動いていないように見えるが、確実にエミがその間合いを詰めていく。
秋山に近づくほどに、その張り詰めた空気が増していく。
汗が流れる。腕を伝った汗の一粒が試合場におちる。
「ワシにその剣、見せてくれっ!」
静から一瞬にして動。
まるで潜り込むような前傾姿勢からエミの体が前に飛ぶ。
音もない。
会場にいるすべての人間の虚を突いた。
否。
秋山は反応を見せた。
一歩前へ。
脇構えから切り上げようとしていたエミの体へ体当たりをして、その動きを止める。
ドンっ!
2人の華奢な少女がぶつかった音とは思えないような大きな音が静かな会場に響いた。
おおおっ、と会場が湧く。
沸いた観客たちもその理由はわからない。
動きのない静かな試合だ、と思っていたら突然の大きな音とともに鍔迫り合いになっているのだ。
何かすごいことが起こるのかもしれない、という期待感が観客たちを沸かせたのだ。
そして沸き立っているのは観客たちだけではない。
「はははっ、いいぞ。いいぞ。化けたな!」
『風よ。集え。集え。風よ!』
面がねを激しく打ち付け合いながら2人はこれから始まる真剣勝負に心躍らせる。
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