32 元剣客は孤高へ向かう
「獣ですね」
岩本セイゲンとして立ち会える相手を求め、エミは女子高校剣道界最強と称される六道学園へと進学した。
そこで彼女はかつて天才と呼ばれた春風ヨウコを降し、女子剣道界最強と呼ばれる林道ユウカと出会った。
林道を見たエミの感想が冒頭のものであった。
はじめからエミも期待はしていなかった。
中学時代に林道の剣を映像越しではあるが見たこともあったのだ。それは人の業ではなかった。
そして目の前で、肉眼でみた林道の剣はまさしく獣。
獣を狩るのは狩人の役目。
糧のために狩り、生き残るために抗う。
セイゲンの記憶が求める相手ではない。
興味は失せた。
周囲を見渡しても同じだ。
大勢いる剣道部の中でも頭ひとつ分抜きんでているのは、自分と同学年の四人。
林道ユウカを筆頭にすぐレギュラーメンバーとなるのだろう。
「それでもダメですね」
けれど彼女たちの業はどれも個人の技術を極めるという『登山』からは逸脱したものだった。
そしてそれ以外の少女たちにはエミが求める強者はいない。
なるほど、全国レベルなだけあって気概、技術も高い。けれどそれだけ。
狂い足りないのだ。
渇望、切望。
ある一線を越える動機。その一線の前で誰もが立ち止まっている。
エミは静かに竹刀を構える。
対峙するのは脳裏に浮かぶ虚像。
かつて『殺した』少女。
秋山リリ。
彼女はあれから表舞台に出てくることはなかった。
訊くところによると剣道のない高校へと進学したらしい。
惜しい。
もう彼女は剣を置いてしまったのだろう。そんな考えを抱いてから首を振る。
「勝手ですね」
切り捨て失望したというのに、自分が求めるものを得られなければこうして追い求める。
セイゲンが求める相手とは、彼が剣の道を往くための、その道しるべとなるべき好敵手を求めている。
それは人であり、人として強い者。
「とても自分勝手で孤独な人なのですね」
他人事のようにつぶやく。
けれど、それも自分の記憶。自分の想いであることに変りはない。
その性は孤高であった。
しかしエミの部分がわずかに熱を帯びる。
ただの標としての相手を求めるセイゲンではない。
そうではない何かを求めるエミが鼓動を強める。
「ふふっ、まるで恋ですね」
秋山リリの虚像に向かって竹刀を突き刺す。
瞬時に引き抜いて、袈裟懸けに切り捨てる。
「秋山、リリ」
消えゆく虚像を名残惜しそうにつぶやく。
孤高を極めるためのマイルストーンである少女。
孤高を癒すための好敵手である少女。
「あなたはどう思っているのでしょう」
殺してやりたいほどの想いを胸に秘めてエミは微笑む。
愚かな問いだ。
もうその少女もいない。
こうして歩みを進めた先にも、標足りうる相手はいなかった。
ともに進む相手もいなかった。
「もう誰もいないのですね」
この平成の世も終わろうという時代。
そこにはすでにセイゲンの生きた頃の理は消えていた。
違う時代だからこそ得られると思った強さは結局見つからなかった。
「あの頃と同じか」
昔と今は違うと思いながら、セイゲンが戦いを得られなかったのは同じだ。
だから知っている。
孤高の歩み方を。
極致への道は山を登るように進む。
その道は無数にある。しかしその高さは誰にもわからない。だからこそ、大体の人はふと振り返った時に見える景色で満足して歩みを止める。
歩みを止めることを嫌う者はまるで岩壁を登るように、ペグを差して進む。
そのペグをセイゲンは好敵手と呼ぶのだろう。
過去も、そして今もセイゲンはそのペグたる楔を手に入れることはできなかった。
「大海を往くとしようか」
広大な海を陸地という極致を目指して進むのだ。
ただただ憧れという極光を目印に泳ぐのだ。
登るのとは違う。
気づけば反対方向に進んでいることもあるし、よしんば方向があっていても荒波に逆らえず押し戻されるかもしれない。
途中でその景色に満足できることもない。
たどり着くか、理想という重みに溺死するかのみだ。
「ワシは先に孤高への道を上るぞ」
完全に消え去った虚像へとエミは別れを告げて、ただただ虚空へ向かって竹刀を突き出す。
その二年後の夏。
待ち望んだ再会を果たすことになるのを、まだエミは知らない。
岩本エミの物語はこうして令和二年全国高校総体剣道大会女子団体決勝戦へと繋がっていく。
読んでいただきありがとうございます。次回も読んでいただけると幸いです。Xで更新通知をしていますので、もしよければそちらも確認いただけると幸いです。




