27 悪逆令嬢は老騎士と模擬戦をする(前編)
岩本の一撃で私は気を失っていたらしい。
打たれた頭を恐る恐る触るとコブができている。
なんて打突なのかしら。
いいえ、打突ではないわね。
あれは斬撃。
その鋭さと衝撃を思い返し身震いする。
しっかしどういうことなのよ。
この世界に、この国に似つかわしくない娘だとは思っていた。
実際に剣を交え、勝負をした岩本は私の想像をはるかに超えていた。
お父様と同じ絶対的な強者。
おとぎ話に出てくるような超常の何かではなく、人としての強者よ。
手も足もでなかった。
この世界にはない魔術を使っても剣は届かなかった。
前世での経験というアドバンテージも岩本の前では意味がなかったわ。
こんな平和な時代に生きているとは思えないような剣士。
私の中で炎が燃え上がる。
下唇を噛む。
悔しい。
とても悔しい。
何が悪逆よ。
恥ずかしい。
どこかで私はやっぱりこの世界を侮っていた。
前世の世界と違い、人が時代を作るのではなく、時代に人が流されるこの世界を私は侮っていた。
『ご令嬢のチャンバラ遊びですな』
いつかの日に聞いた言葉がよみがえる。
◇◇◇
「クレイ! 私とも模擬戦をしなさい!」
バーンズ辺境伯家が所有する騎士団。
その中でも屈指の腕前を誇ったのが前騎士団長、クレイ・コーガ。老齢により現役を引退して、現在は現役騎士や騎士見習いたちの鬼教官として恐れられている。
お父様も若い頃はクレイに剣を習い。現在は弟のジェームズに剣術や体術を教えている。
もうずいぶんな高齢であるはずなのだが、私の侍女であるワコが使う特殊な体術を知った時は、娘ほど年の離れたワコにも頭を下げて師事するなど、武に対する情熱は衰えることを知らない。
学園入学前の私は苛立っていたわ。
とにかくもやもやしていたの。
入学準備のための事前準備として家庭教師から大量の課題を言い渡され、お母様や侍女長の監視の目も厳しくなって淑女たらんことを強要されていた。
我慢の限界を迎えた私は騎士たちの訓練場に逃げ込んだ。
そこで騎士たちの訓練を見守るクレイを見つけ、模擬戦を申し込んだってわけ。
「おやお姫さん。お転婆は卒業なされたのかと思ったわ」
クレイは傷だらけの顔をゆがめて不器用に笑う。大半の人は怖いと恐れるその相貌だけれど、私はそれをカッコいいと感じていた。
「いいから、私とも模擬戦をしましょう」
「いつも言っている通りですよ。この老体ではお姫さんの練習相手なんぞつとまりませんわ」
「そう言って騎士たちやジュエームズには訓練をつけているじゃないの!」
「はははっ」
私の抗議を笑って流す。
何度、剣を教えて欲しいと言ってもクレイは承諾しなかった。
「坊ちゃんやひよっこたちは強くならなければならないからなぁ」
「私も強くなりたいのよ」
「言ったでしょうお姫さん。強くならなければいけない、んだよ。お姫さんが剣を強くなる必要はないだろう」
「クレイもお母様やエドたちと同じことを言うのね。私がどうありたいかは私が決めるわ」
クレイの言葉に私は睨み返す。そんな私に溜息をついたクレイは重い腰を上げた。
「いいでしょう」
訓練中の兵に木剣を持ってこさせ私に渡す。
「クレイは?」
「じいには木剣は重すぎるので、こちらで充分です」
「ふざけているの‼」
クレイは落ちていた木の枝を無造作に拾って振るう。
「怪我しても知らないわよ」
私とクレイが模擬戦をすると知って、訓練をしていた騎士たちがその手を止めて周囲に集まる。
「さぁ、どこからでもどうぞ姫さん」
「後悔しても遅いんだからね!」
地面を蹴る。
砂埃が舞う。
一気にクレイとの間合いを詰める。
私の跳躍に騎士たちが感嘆の声をあげる。
「甘いのぉ」
しかしクレイはすっと右足を出して半身に構える。
「っ!」
クレイの纏う雰囲気が一瞬で変わる。
しかし勢いのついた私の身体は止められない。
飛び込んだ勢いそのままに木剣を振り下ろす。そして木剣はクレイの肩口を強かに打つ。
「えっ?」
強かに打つことはなかった。
振り下ろした木剣はクレイではなく地面を打つ。
そして私の首筋には木の枝の切っ先が当てられている。
「これで満足ですかな」
クレイは目を細めて笑うと持っていた枝を放り捨て、観戦していた騎士たちを見渡す。
「ほれっ! お前たちは訓練に戻らんか。量を倍にするぞ」
と、怒号を飛ばす。騎士たちは慌てた様子で訓練に戻り、訓練場には甲冑と木剣のぶつかる音が響き渡る。
「何をしたの?」
私にはクレイが何をしたのかまったくわからなかったわ。
間違いなく私の打撃はクレイに直撃するはずだったもの。そう見えていた。
「強いとはなんでしょうな」
「質問の答えになってないわ」
「剣を振るうのが早いことですか。強力な魔術を使いこなせることですか」
「誰にも文句を言わせない絶対的なものよ。貴族だとか、平民とか、女とか、男とか、子供とか、大人とかそんなことを誰にも言わせないだけのもの。それが強い、ということよ」
私の言葉にクレイは一瞬遠くを見るように呆けた。
「何よ。馬鹿な妄想だとでも呆れているの」
「いえいえ。ただ昔同じようなことを言った方がいらっしゃったので血とはすごいものだな、と感心しておりました」
「もしかしてお父様?」
「えぇ、えぇそうですよ。当主様も若いころ姫さんと同じように語っておりました」
「そうなのね。だからお父様は強いのよ」
国で一番の強さを誇るお父様と同じ志を抱いていることを指摘され、頬が緩む。
しかしクレイは首を振って。
「だからそんな考えをなるたけ早く捨て去るように、強かに打ちのめさせていただきました」
「なっ」
「誰にも負けない剣士になったところで、多数を前にすれば負けましょう。いくら栄光の華を咲かせようとも、いずれはこの老骨のように枯れてしまいましょう。意地を強さで貫き通そうとも、それはただの反感と畏れをまき散らすだけでしょう」
「それでも自分の心も守れないで、踏みにじられるわけにはいかないのよ」
「そこに剣の強さはいらないでしょう。剣の強さとはなるほど訓練すればそれなりに強くはなれる。私が当主さま、坊ちゃん、あのひよっこたちにしたのはそういう訓練ですよ。お姫さんはもう充分に強い」
「その程度の強さでは足りないのよ。現役を退いたクレイにも負けた。お父様には程遠いもの」
読んでいただきありがとうございます。評価、登録していだけると励みになります。年内最後の更新になります。拙い文章と未熟な技量でしたが約半年続けられましたのも読んでくださる方、感想をくださった方のおかげです。ありがとうございました。来年も流し見でかまいませんので読んでいただけると嬉しいです。皆様のご健康とご多幸をお祈りいたします。




