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令和2年全国高校総体剣道女子団体決勝戦【中堅編開始】  作者: 目黒市
次鋒編

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26 元老剣士は再び剣を握る(後編)

 伸ばされた腕。

 エミは半身になってその手を避ける。そして田畑少年の腕を伸ばされた勢いそのままに引っ張る。

 バランスを崩した田畑少年の体がつんのめる。バランスを取ろうと踏み出した左足を払いのけると完全に田畑少年の大柄な体は宙を舞う。ドスン、という大きな音を立てながら床に落ちる。

 瞬きすら許されないその早業に周囲がざわめく。

 防具をつけているからこその大きな音であって、田畑少年に負傷はないだろう。指導員や他の少年たちが倒された彼に駆け寄る。その騒ぎを黙って見つめるエミをコウサイが手を引いて連れ出した。


「あなたは誰かな?」


 自宅に戻り居間でコウサイはエミの目をじっと見つめて尋ねる。

 祖父としての顔ではなく、ひとりの武道家としての顔。一見すると細枝のような老人。しかし対面するものには巨木のように圧倒させる。

 その圧を受けてもエミの瞳は揺らぐこともない。

 

「岩本セイゲン、だとおもう」


 静かにエミは応える。

 祖父ならば自分の今の違和感に答えを導き出せるかもしれない。そう思い、エミは自分自身を岩本セイゲンとしての思考を強くしてみる。

 エミの瞳から完全に子供らしい輝きが消え、暗い光が灯る。


「ほぉ、なるほど」


 コウサイは目を丸くする。

 顔つきこそ孫娘だが、その目つき纏う雰囲気は自分よりも上位の剣士のソレに変った。

 一寸の感嘆。しかしその手は素早く動く。

 エミの面に拳を突き出す。

 エミは避けることも、瞬きすることもなく、眼前に突き出された拳を見つめる。拳を引いたコウサイは口の端を歪める。


「嘘ではなさそうだ。先ほどの疾駆けはムガケだろう」

「……夢駆。夢幻一刀流の基本的な足さばきだな。子供らには教えておらんようだ」


 自身がセイゲンであることを強く意識すると、エミならばしないような口調が違和感なく出た。むしろ自分の声が、聞きなれたしゃがれた声でないことへの違和感を感じた。

 

「ハッハッハ、今どき古武術は流行らん。わしとて爺様に話を聞いたぐらいだ」


 その言葉にエミは驚きと、理解。次いで悲しみを抱いた。


「儚いものだな」


 エミの現世への少ない知識と併せて、剣術の衰退を察した。

 次いでエミは自分の今の状況についてコウサイへと説明をした。

 

「なるほど。セイゲンさんとエミちゃんの記憶が混ざっている、と」

「あぁ」


 黙って聞いていたコウサイは説明が終わると、深く息を吐き出した。

 信じざるおえないが、どうにも信じがたいことではある。


「ふぅむ。しかしなぁにそんなに悩むことはなかろう」

「?」


 しかしコウサイはそう言って快活に笑う。

 言われたエミの方は戸惑いの色を浮かべる。


「今目の前にいるのはどうみたってエミちゃんでしかない。これからもお主はエミちゃんとしてしか生きてはいけない。たまたま古の剣客の伝記を読んでそれを自己のモノと誤認しているようなもんだ」

「そんな風には考えられんがな」

「セイゲンさんのことをワシは知らん。しかしご先祖ということは剣の道を究めんと生きた剣客なのだろう。ならば今は好機であろうさ」

「剣術の廃れたこの時代がか?」

「そうとも。だからこそ、だとも。確かに剣術が色濃く世に溢れ、生活に根差していた時代は過去へと消えてしまった。けれどだからこそ新たに見えるものがあるんじゃないかな」

「それはなんだろうか」

「さぁな。じいちゃんにはわからんさ。自分の答えは自分で見つけるべきだと思うぞエミちゃん」


 コウサイは再び腕を突き出す。

 しかしその手は拳ではなく、広げられたしわがれた手の平で優しく孫娘の頭を撫でた。


「……うん」


 幼い孫娘は頭を撫でられる感覚に目を細めながら、あどけなく頷いた。


 こうして幼い娘はその心に剣士を宿して道を進みはじめる。

 いずれ、なぜ自分がこうなのか。自分は誰なのか。

 そして深く深く心の奥底から救いを求めてあふれ出る妖しい光を求めるように、剣を手に進む。


◇◇◇


「あなたではなかったのかもしれません」


 岩本エミは倒れ伏した秋山リリを見下ろし呟く。

 落胆と悲観。

 彼女からは他人とは違うナニカを感じた。

 武道具店で初めて会った時に岩本セイゲンとして生きていた時の感覚が、エミの中でざわめきたった。


 この娘は人斬りだ、と。


 そこから興味を持って市民大会での試合も見たが、それはどう見ても初心者のソレだった。筋はいいかもしれないが剣道の腕前ならば強いものはごまんといる。

 だから少しちょっかいをかけてみた。

 殺気とともに刃を向けてみれば、正解だったと悟った。

 秋山の動きはまさしく生死の境を知るものの動き。生きるための戦い方でも、死ぬための戦い方でもない。ただ生死を越えた剣の道を往く者のソレ。


 彼女とならばもしかしたらエミは自分の意義を知れるかもしれない。

 彼女とならばもしかしたらエミは自分の心の中の暗い光を放てるかもしれない。

 そう期待していた。


 確かに市民大会からの成長は著しいようだが、やはりそれでも足りない。

 彼女の剣は。

 秋山リリの剣はまるで幼稚な我儘娘のソレに過ぎない。

 素質はあるのだろう。

 けれど素質だけでは意味がない。資質がなければいけない。

 傲慢な娘のようなその剣にはその資質がない。


 だから、エミはその場で殺した。


「勝負ありっ!」


 目を覚まさない秋山は担架に乗せられて医務室へと運ばれ、試合場にただ一人残されたエミへ主審が勝利を告げる。

 誰もいない試合場で、岩本エミは一人たたずむ。いずれ彼女を愉しませる誰かを待つように。



 お読みいただきありがとうございます。不定期更新ですが、次回も読んでいただけると嬉しいです。

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