表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/77

06 林道ユウカについて箕輪の証言

 山瀬まで床に組み敷かれると、唐突な出来事に戸惑っていた生徒たちも動き出した。男女数名がユウカを押さえつけようと駆け寄る。

 ミキももちろんその中の1人だった。

 そうしてすぐに強烈な恐怖と痛みが彼女の身体に辿り着いた。


 

 その騒音は隣のクラスまでに響いてきた。

 箕輪氏は男子の誰かが羽目を外して騒ぎだしたのか、と呆れ混じりに様子を見に向かった。


「こら、しずか……」


 注意しながら教室のドアを開いた箕輪氏は途中まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「う、うう」


 教室の中には子供たちが倒れ、うずくまっていた。

 子供たちのうめき声がかしこから聞こえる。


「林道さん?」


 そんな中でユウカだけが平然と自身の席に着席していた。

 箕輪氏が呼び掛けるとユウカは顔を上げた。


「林道……さん?」


 いつも感情の起伏を見せなかったユウカはとても幸せそうな笑顔を浮かべていた。


「これはどういうことなの?」


 返事が返ってこないことはわかっていた。

 それでもあまりの事態にユウカへ問いかけていた。この小柄な少女が何かをしたとは思えない。しかしこの少女が原因なのは確かに感じたからだ。なにより、この理解不可能な事態の答えを何よりも求めていた。


「はははっ」


 箕輪氏も他の生徒たち同様、それがユウカの声だとは理解できなかった。

 喋らないものだ、という考えが違和感をうむ。

 そして何よりも、クラスメイトたちが痛みに苦しみながら倒れている中で心底嬉しそうに笑い始めた少女への畏怖。


「ここも、あそこも同じみたいだ」

「ここ? あそこ?」

「どうしたらいいかわからなかった。ずっとだ。ここは誰もが羽虫のように弱い。だのに誰も逃げようしない。戦おうとしない。ようやくだ。ようやく」


 ユウカは嬉しそうに周囲で倒れるクラスメイトたちを眺めまわした。


「ようやく、狩りする価値ができた。……だけど柔すぎるな。まだネズミの方がマシな反撃をする」

「ぎゃ」


 ユウカに腕を踏まれた少年が痛みに叫ぶ。


「弱いのは分かっていたけれど、それは私がわからないだけでこいつらは何か私の知らない強さを持っているのかと思っていた。しかしそれもないことはわかった」

 

 とっさに箕輪氏はユウカを止めようと踏み出す。


「お前も」


 ユウカの瞳に獰猛な肉食獣のような光がともる。思わず箕輪氏は後ずさった。恐怖からだ。獰猛な肉食獣。動物園で見かけた檻の中で飼いならされたライオン。そのライオンは箕輪氏のことを同じ生き物だと思っていない。そんな強者の瞳。

 この目の前の少女には、当たり前にあった教師と生徒という関係は通用しないのだ、と直感でわかった。

 私も他の生徒たちと同じようにこの少女に狩られる、その恐怖が箕輪氏を襲った。


「あらあら、すごいことになってますねぇ」

「あの。これは」

「ふふっ、やんちゃな子ですね」


 箕輪氏は背後に現れた同僚の女教師に驚き、ついで弁明しようと口を開いた。


「大丈夫ですよぉ、箕輪先生。こういうやんちゃな子は馴れてますから」

「工藤先生」


 工藤ヒジリ教諭。

 学内でも若い教師で生徒たちからも尊敬というよりも親しみを持たれていた。箕輪氏は教師という仕事を、それこそ仕事ととらえているので授業以外での生徒との会話等もあまりしない。しかし工藤はよく幾人かの生徒たちと談笑している姿をみかけた。

 ゆったりした喋り方と人好きのする温和そうな顔。他の教師からの頼み事も断らないことから彼女のことを悪く言うものは生徒、教師を含めて聞いたことはなかった。

 箕輪氏はこの工藤に苦手意識を持っていた。自分の受け持ちのクラスの生徒が自分ではなく、工藤に相談していたのを知ったからか。

 もちろんそれもあるのだが、今、こんな誰でも言葉を失いそうな場面でも若い彼女が平時と変わらない笑みを浮かべて立っている不気味さ。そんな彼女の作り物めいた雰囲気。それを自分以外の誰もが感じていないことがさらに不気味で苦手だった。


「ふふっ、林道さんね。やっぱりあなたこういう人だったのね」


 いつも張り付けたような人形のような笑顔を浮かべていた工藤の顔に目の前のユウカと同じ、獰猛な笑みが浮かぶのを見逃さなかった。


「箕輪先生、大丈夫ですよぉ。林道さんは私がお話しておきますね」


 しかしすぐにいつも通りの笑顔を張り付けて箕輪氏に微笑みかけると、ユウカに向き直る。


「さぁ、林道さん。先生といきましょう。あなたが探していたものをあげますよ」


 ユウカはそんな工藤に一瞬身構えるような素ぶりを見せたが、あきらめたように首を振ると、工藤のあとをついて教室を出ていった。


「なんなのよ。一体」


 残された箕輪氏はただ混乱した。周囲には二十余名の生徒たちが痛みにうずくまっていた。



「私がお話できるのはこれだけです」


 箕輪氏はそう言って当時の出来事を締めくくった。


 「もちろん、学校では大問題になりましたよ。ですが、生徒の誰も。誰一人としてなぜ自分が怪我をしたのか。誰にやられたのかを喋らなかったんです。怪我の具合も打撲やかすり傷程度で被害者である生徒たち自身が何も言わないのですから、どうしようもなかった」


 箕輪氏を含めた学年主任や教頭らで、生徒たちのヒアリングをしたが誰も何も言わない。

 誰の目にもユウカがやったことは明白だった。

 しかしこんな小柄な女の子にそんなことができるのか。

 中学生ともなると男女の体格差は明確。相手はクラスメイト全員。

 結局、どうすることも、何をすることもなく。

 この非日常は日常に飲み込まれっていた。しかし日常に戻ろうとも生徒たちはユウカにおびえたように過ごすようになり、その日から 山下シュンヤが学校に来ることはなく。箕輪氏がお見舞いに行ったときには自室に引きこもり、クラスの中心人物として快活だったその面影はかけらもなかった。

 

「工藤さんと林道さんがあの後どのような会話をしたのか、私は知りませんし聞く気もありませんでした。正直関わりたくはなかった。教師失格と思われるかもしれませんね。ですが私はドラマや物語の世界の教師ではないんです。問題ごとに関わりたくはないんです」


 実際、それ以降表立った問題は起きなかった。

 裏では何かしらあったかもしれない、そう箕輪氏は語っていたが筆者が調べた限りでも何かしらの事件があったという話はなかった。

 どのような会話が工藤とユウカの間にあったのかはわからない。

 しかしそれ以降、再びユウカがクラスメイトに何らかしらの暴力を見せることはなかった。

 そして剣道部に林道ユウカという新入部員が入部したのだ。


「工藤先生は剣道部の顧問をしていました。どんなことを話したのかはわかりませんが、林道さんを剣道部に入部させることで面倒をみようとしたのかもしれませんね」

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ