25 元剣客は再び剣を握る(中編)
「うるさいっ!!」
エミの思考は突然の叱責で中断された。
自分の内側に向かっていた目を外に向ける。
先程まで基本打ちをしていた子供たちの手は止まり、立ち尽くしている。
どうやら、ふたりの児童が喧嘩を始めたらしい。
横にいる祖父や他の指導員の大人たちを盗み見ると難しい顔をしながら静観していた。
「とめないの?」
エミが尋ねると、祖父は子供たちから視線を外すことなく応える。
「いまはまだ止めん。ああいう喧嘩だって大切なんだよ」
エミちゃんには難しいかな、と祖父は最後に微笑む。
確かにセイゲンの記憶の中にもあるものだ。
エミはただじっとその喧騒を見つめる。
子供たちの中でも一際体の大きな少年が小柄な少年に怒鳴りつけている。
「そんなんじゃ南小の剣友会にも勝てねぇよ!」
「あ、あの」
「何回言わせんだよ! 弱いんならせめて邪魔するなよ。なぁそう思うだろ」
経緯はユミにもわからない。
「また田畑くんですか。どうにも我が強いのが困りますね」
「まぁ、子供のうちはそのぐらい活きが良いのが良いよ」
祖父と指導員の人たちはそんな風に談笑している。
すると、遠巻きに見ていた子供がひとり進みでた。
「田畑、いい加減にしろよ。お前だけのために練習してるんじゃないんだ。岩井も言われっぱなしでいるなよ」
「んだよ! 巻には関係ないだろ! 人のこと言う前にお前だってこの間の錬成会では南小に負けてたじゃねぇか!」
田畑少年は竹刀で床を叩く。
その時、エミの目が叩かれた竹刀にひきつけられる。
床を叩いた瞬間に竹刀の中結が緩んだのを見逃さなかった。
しかしそのことに気づいているのはエミ以外にはいないようだった。
「そうやってモノに当たってるところがダサいんだよ」
ボソリと誰かが呟いた。
その言葉がさらに田畑少年の怒りに油を注ぐ。
バンッ!
再び竹刀が床を打つ。
癇癪はおさまらないのか再び彼は竹刀を振りかぶる。
これ以上はいけない。
完全に中結が解けている。このまま竹刀を打ちつければ割れた竹が弾け飛ぶ。周囲の子らに当たりかねない。
「いかんな」
エミの口から漏れ出た言葉。まるで自分のものではないような。そんな口調。
しかしそんな違和感に構っている暇はない。
エミは座ったままの姿勢で足に力を入れる。そして駆け出す。
頭の大きい幼児体型は便利なものだ。
前傾になれば重心は簡単に前へ向かう。瞬間加速。
ただ速いだけではダメだ。
それでは相手を怯えさせ、怯えた人間は時に攻撃的になる。
無限一刀流の教え。
その足運びは虚と実の狭間を進む。
夢幻を渡り、現を斬り裂く。
「……ムガケ」
あっという間に田畑少年との間合いを詰めたエミを見てコウサイは唖然としながら呟いた。
突然自分の前に現れたエミに目を丸くする田畑少年。その小手にエミは手刀を落とす。
田畑少年の手から竹刀が落ちる。落ちると同時に竹刀はバラバラに割れた。
田畑少年は一瞬こそ唖然と落ちた竹刀を見ていたが、すぐに吊り上がった目をエミに移した。
「なんだこのチビ!」
手持ち無沙汰になった両手をエミに向ける。
エミは背後で指導員の大人たちが動き出すのを感じた。しかしその指導員たちをコウサイが制して、エミの背中に声をかけた。
「エミちゃんできるね?」
エミはその言葉にひとつ頷いた。
男児は掴みかかろうとエミに詰め寄る。
しかしエミからすればその動きは愚策にしか見えない。
そもそもただ怒りで詰め寄っているだけで、殴るのか、投げるのか、どうしたいのか考えられていない。
ただ怒りに任せて詰め寄れば相手は怖がる、とそんな経験をしているのだろう。
大股に踏み込んでくる。それに合わせるようにエミの方から間合いを詰める。
それだけでエミは田畑少年の懐に潜り込む。
うっ、と田畑少年が間合いを詰めてきたエミに戸惑う。
その隙をエミは見過ごさない。
年末で忙しく、中々更新できません。もしも見てくださっている方いれば申し訳ありません。お待ち頂けると嬉しいです。




