24 元剣客は再び剣を握る(前編)
短いです。
目の前の少女を頭蓋から兜ごと斬り殺せた。
床に横たわる対戦相手――秋山リリを見下ろしながら、岩本エミは目を細める。
その瞳には少量の充足感と、多量の失望が含まれていた。
◇◇◇
物語は再び、岩本エミが自身の前世岩本セイゲンとしての記憶を取り戻すところまで戻る。
突然の高熱によって数日の間寝込んでいたが、その熱がようやく下がった朝。
起きて洗面所へと向かう。
冬の冷たい空気が幼いエミの肢体から熱を奪っていく。
鏡を恐る恐る覗き込む。
映るのは怯えたような幼女の顔。
見覚えがある自分の顔。ほっぺを伸ばしてみる。剥がれて老人の顔が出てくることはない。
エミはそこに映る顔が自分のものであることを確かめるように何度も触る。
熱を出した日から記憶が混在している。
自分が変わってしまった?
岩本エミ、岩本セイゲン。
ふたつの記憶。
その間に境界線もなく、自分が誰だかわからなくなっている。
エミでもセイゲンでもない。別の自分がそれらの記憶の波間を漂っている。
鏡に映る自分の像は歪むこともない。
映るのはいつもの岩本エミ。
しかし違うものがあった。
年齢にふさわしい幼い丸い顔立ち。けれど双眸は怪しげな光を放つ。
エミの内面に渦巻くナニカがそこから漏れ出ているような。
三日前のあの日から自分の中に産まれた衝動。
「おぉ、エミちゃんもう熱は下がったのかい」
「じいじ」
祖父である岩本コウサイは、洗面所で鏡と睨めっこしているエミを見て相貌を崩す。
可愛い孫娘が高熱を出して先祖に祈る日々を過ごしていたコウサイは、すっかり顔色の良くなった孫娘に安堵した。
「どうだ、久々に道場へ行くかい?」
「うん」
コウサイと手を繋いで自宅の裏に併設されている道場へ向かう。
道場ではすでに子供たちが素振りを始めていた。
コウサイとエミが一礼をして道場に足を踏み入れると、子供たちがその手を止めて挨拶する。コウサイは元気がよろしい、と笑顔で頷き、エミは一礼を返した。
「ほぉ」
子供たちの挨拶にたじろぐことなく堂々としているエミにコウサイは目を細める。
可愛い孫娘はまだ幼いからか、それとも内向的な性格からかこういう場面では家族の後ろに隠れてしまっていた。だがどうだろう今は臆することなく立っている。
たしかに数日前のエミからすれば小学生の子供たちはとても大人びて見えていた。
今は違う。
年上のお兄ちゃんたち、という思いと同時に未来ある新芽への慈愛を抱く。
内面の変化を感じ、少しの恐れを抱くもそれよりも大きな感情がエミを支配した。
寂寥感。
自分の記憶通りであり、記憶通りではない道場。
もどかしい気持ちがエミの奥底からこみ上げてくる。
道場で稽古に励む子供たちを締め付けられるような思いで見つめる。
エミは何十年も剣を振るい続けた。
いいえ、セイゲンの記憶。
私は誰なのだろうか。
その身に宿る記憶が思考を進めさせる。
記憶に連続性はない。エミの記憶はその幼さ故か連続性を持たない。だからなのだろう。ふたつの記憶はまるでシャッフルされたカードのように行ったり来たりを繰り返し、自我をよりあやふやなものとした。
セイゲンの記憶を持ったエミでもなく、エミの肉体を依り代にしたセイゲンでもない。
私は誰?
その答えを幼いエミの記憶は持ち合わせていなかった。
応えるように湧き上がるのは夢幻一刀流の教え。
体調を崩してしまい更新遅れて申し訳ありません。そのせいで仕事も溜まっていますので年末までどれほど更新できるかわかりません。もし読んでくださる方いればのんびりとお待ちいただけると嬉しいです。




