23 元悪逆令嬢、再び対峙する
「はじめっ!」
審判の声が響く。
お互いの竹刀の剣先が触れ合う。
面金の奥で岩本の瞳を捉える。
笑っているの?
竹刀を握る手に僅かに力が入った。
魔素量は充分。
前回の市民大会で岩本の試合を観ることはできなかった。だからその剣がいかなるものかはわからない。
私にわかるのはひとつ。
きっと岩本との戦いは剣道にならない。これは試合にはならないはずよ。前世でお父様と私がしたような死合いになる。
先に岩本が動く。
会場がざわついた。
岩本は剣先を私から外して、正眼の構えから竹刀を、いや刀を脇構えにする。
刀の刀身が岩本の細い体に隠れる。
そして腰を落とす。
岩本の纏う気配が変わるのを感じる。
面金の奥の表情は以前の岩本と変わらぬ温和なものであるが、向かってくる感情は黒く淀んで私の身体を捉えるようにまとわりつく。
『くる』
たんっ、と軽い音とともに床を岩本が蹴る。
ブレることなく彼女の身体が私の間合いに飛び込んでくる。
そして竹刀が奔る。
なんて綺麗な剣なのかしら。
一瞬ではあるが、私はその剣筋に見とれてしまっていた。
一切のブレもない、迷いのない横薙ぎの一閃。
私は咄嗟にバックステップで回避する。
岩本はすでに手のひらを反して斬り返そうとしている。
なんて綺麗。
そしてなんて自然なのだろう。
『見惚れてばかりはいられないわね』
私は急いで魔術を行使する。すでに魔素は体内に取り込んでいる。
『風よ! 風よ!』
返す刀の一振りを受けてはいけない、と私の、リリィ・バーンズとしての経験が訴えてくる。初手のようにただ後ろに飛ぶだけではおそらく間に合わない。
風の魔術を使用する。
背中ではなく、胸の前に空気を発現させる。さらにこの試合に向けて新たな術。足裏と地面の接地面に僅かな空気を一瞬だけ挟み込む。
身体がほんの数ミリ、わずかだが浮き上がる。
そして胴当て前の空気を圧縮。と同時にその圧縮した空気を私に向けて解放。
私の体が後方に飛ばされる。
岩本の竹刀が空を斬る。
「避けられるのですね」
岩本が驚いたようで少し目を丸くする。
しかし。
「なるほど、これがあなたらしいのですね」
岩本は嬉しそうに目を細める。
『まだまだぁ!』
避けたのと同様に空気を圧縮。今度は私の背後で発動させる。
遠間からの打ち込み。
今の私にできる必勝パターン。
高速回避からの遠距離攻撃。
風魔術による体移動は、予備動作を必要としないので相手の隙をつける。
「良いです」
しかし岩本は動じない。
まるで予測していたかのように、斬り返した竹刀を上げて私の打撃を防いだ。
そのまま流れるように返し技。胴へと切り込んできた。
防ぎきれないわ。
もう一度魔術を発動させて避けることも考えたが魔術は攻めの為に使うべき。今世の微量な魔素量では使用回数も限られる。ならばその限られた機会は勝つために使うべきよ。
一本先行されても二本奪い返せばいい。
『ぐはっ!』
思わず声が漏れる。
「常々不思議だったのです。なぜ甲冑のある胴めがけて切り下すのか。一番薄い場所を斬るべきでしょう?」
竹刀は私の右脇から袈裟斬りにした。
はじめから有効打のための打突ではない。私を殺すための斬撃。
有効打を狙った打撃が外れて防具のないところを打ち据えることはままある。岩本のソレは違う。剣道に於いて、剣術とは違いスポーツ化されているのは私でも知っている。
相手を殺す必要はない。有効打を取る事が目的なのだから斬るのではなく打つ。例えばビンタをするときにただ当てるビンタと、押し付けるように打つビンタでは相手に伝わる力が違う。
押し付けるようなビンタは痛みが強い。前世でワコに教えてもらった打撃術なの。
岩本の打撃はまさに当てる打撃ではなく、斬りきるつもりの斬撃だった。
あまりの衝撃に一瞬息が止まる。
「人間の体を一刀で真っ二つなど私には無理でしょう。だから」
竹刀を上段に振りかぶる。
そのまま岩本は竹刀を唐竹割に振り下ろした。
「これでトドメです」
一瞬で目の前が真っ黒に変わり、強い衝撃が頭頂部から後頭部、首に走る。
膝から崩れ落ちる。
「め、メンあり」
慌てた審判の判定の声を聞きながら私はその場に倒れ、意識を失った。
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