16 元悪逆令嬢は初戦に挑む
前世と今世では暦もほとんど同じ。
生まれ変わって十三度目の六月。
剣道を初めて二カ月。
ついに、ついにデビュー戦。
市山市市民剣道大会、と毛筆で書かれた看板が市営の体育館前に立てられている。
市内在住の小中学生もしくは、市内の小中学校に在籍している剣道部員が対象のオープン大会。
中学生の部だけでも参加者はかなりの人数で、トーナメント表の頂点までは果てしなく遠い。
「目標はベスト8よ! 秋山は初めての試合だから勝ち負けを気にせず試合を楽しみなさい」
吉川部長が部員たちに激を飛ばしている。
「リリちゃん負けたらギュって慰めてあげるからね」
「リリちゃん勝てたらギュって褒めてあげるわ」
何が違うのかしら。
先輩たちなりの励まし。一通り騒いだらそれぞれの試合会場へと散っていってしまった。
いい人たちだ、と思う。えぇ、ちょっと変わっているけれど、ね。
トーナメント表の小さい文字を上から順に眺めていく。
探すのは先月防具店で出会った岩本エミ。
先輩以外で唯一名前を知っている出場者。
「……いた」
あらあらこれはまあ。
うーん、彼女と当たるのは難しそうね。
岩本エミの名前は私がいる山とは反対側。彼女と戦うにはお互い決勝戦まで勝ち上がらないといけない。
当然無理な話。
吉川部長や先輩たちは市内での実力は上の下ほど。県レベルでは下の上ほど、との自認らしい。
私の目から見て、その先輩たちは前世の騎士見習いの少年たちぐらいの実力といったところかしら。
前世のリリィ・バーンズの実力は、先輩たちを基準にするとかなりの上澄みであるのは間違いない。けれど今は秋山リリ。この身体は剣を振るうにはあまりにもお粗末。
今日の試合初戦を勝ちあがれれば御の字。
強者と噂される岩本エミとは一度剣を交えてみたかったのに残念ね。
「次の出場者は準備してください」
「三試合前には面をつけて試合場横にいてくださーい」
「試合終わった選手は観客席戻ってねー」
係の人がそこかしこで呼びかけている。
「次の試合出場する子はこちらに来てね」
どうやら私の試合の番が来たようね。
ふふっ、どんな形であれ心躍るものがある。
対人戦。
前世の時、お父様たちの目を盗んでバーンズ領の騎士たちと腕試しに試合形式で剣を合わせたこともあるにはあった。
もちろんそんな機会は滅多になかったわ。けれどやはりその数少ない機会には心が沸いた。
これから行う試合は秋山リリという剣士としてのその武を堂々と揮える場。
処刑の場でお父様と死合った時。
あの時のように真剣な勝負を行えるのだ。
胸が高鳴る。
心地よい力みが肩、そして手に。
大丈夫。
呼吸とともに力みは吐き出す。
試合場の向かいに立つ騎士へ目をやる。
身に着ける防具、立ち方から試合慣れしているのがわかる。
先輩たちと同じくらいか少し強いぐらい。
吉川部長と同じか少し弱いぐらいかしらね。
つまりは私よりも確実に強い。
まぁ、落ち込む必要はない。
剣を再び握るようになって数カ月。それまでの十数年この肉体は運動とは無縁の生活だったのよ。むしろそれで勝とうというのは驕りも甚だしい。
吉川部長の言った通りまずはこの試合を楽しむこと。それが一番大事。
楽しむこと。
楽しむ。……楽しむ。
えぇ、そうね。負けるのを楽しむことはやっぱり私には無理。
勝負は勝たねば意味がない。
そのために剣を振るっているのだから当然よ。
「……よし」
私は勝つために試合場の中へと歩みを進めた。
◇◇
「頑張ったねリリちゃん」
「初試合にしては奮闘したね秋山!」
「……」
「むくれちゃって可愛い〜」
結果は惨敗。
しっかりと手も足も出ないまま負けてしまった。
相手の動きを読めてはいるのだが、見えてはいない。さらに読めても体が追いつかない。
「……先輩たち、は?」
悔やんでもしょうがない。
また鍛錬を積むしかない。何もないわけではない。今はまだ積み上げている途中。悔しいが前に進むしかない。
先輩たちは私の質問にニヤリ、と笑って答えた。
「良くぞ聞いてくれたねリリちゃん!」
「部長がベスト4入賞したのだよ!」
「もう、なんであんたたちがドヤ顔なの。揃いも揃って三回戦敗退って」
「何をいいます部長! 私たちに勝った相手は全員ベスト8以内にいるんですよ。コシちゃん先輩に至っては部長が負かしたんじゃないですか!」
「吉川ぁ、私は悲しいよ。一緒に優勝しようねって誓い合ったのに容赦なく先に行っちゃって」
「コシちゃん先輩よしよし」
「ハァ、もう馬鹿やってないで着替えて荷物まとめちゃいなさいね。それから秋山」
吉川部長は黙って先輩たちのやり取りを見ていた私の顔を覗き込む。
「……ん」
「あんたは初心者、負けて当然よ。だけどねそんなに無理して負けを納得しようとしなくてもいいのよ」
「……はい」
「ほら、顔でも洗ってらっしゃい。待っててあげるから」
「あー、部長がリリちゃんの好感度上げようとしてるー」
「まるで部長みたいなことしてるな」
「うるさい! ほらあんたらはさっさっと撤収準備!」
私は吉川部長に頭を下げてからお手洗いに向かった。
吉川部長に指摘されて私は、私自身の違和感に気づいた。
ふわふわとした形容し難い感情胸の内に感じている。
負けてから、いいえ、試合の前からそれは小さな棘のように私の心に刺さっていたのかもしれない。
それは。
「秋山さん。こんにちは」
考え事をしながらお手洗いに向かって歩いていたら声をかけられ振り返った。
聞き覚えのある声。
「……岩本エミ……さん」
金メダルを首から下げた岩本エミがほほ笑んでいた。
しかしその目。
その目は妖しい光を放っていた。




