13 元悪逆令嬢は剣道をはじめる
剣の道と書いて剣道。
この日本に古来よりある剣術をスポーツ化した競技。
私は剣道にアリストリア王国の未来を、騎士たちの未来を見たような気がしたわ。
剣道は剣術の歴史に他ならない。
前世において剣術はそれぞれの国、領地、地方で大きく違っていたのよね。
騎士にとって剣の腕というのは自分の商品価値を高める道具。まだアリストリア王国がひとつの国として統一される以前、各地の有力者に騎士たちは自分を売り込み歩いていたわ。お世辞がうまいや、礼節がしっかりしている、星光神教の覚えめでたい等々のことで騎士として登用されるものも少なくなかったらしいけれど、一番重要なのはその強さよ。
そうなると騎士を目指す少年たちや、主を求める騎士たちを対象に剣の扱いを教えて生業とするものがでてくる。
当時は数百の剣術流派が誕生していたらしい。
らしい、というのも王国が統一されて王家と貴族の関係が整備され始めると、各貴族家は領地で保有できる兵の数を制限され、王国軍の下部組織として騎士学校が設立されたからである。
そうなると長い歴史の中で、代々その家に使える人間は決まっているわけで、新しく騎士として身を立てようと思えば月謝を払ってまで剣術を学ぶよりも、卒業後は王国軍で働くことのできる騎士学校への入学を考える。そんなわけで一時は隆盛を極めた剣術も私が生きていた頃には数十まで数を減らしてしまっていた。
この剣道はそんな歴史のさらに先。
おそらくは剣など必要となくなった中でも、生き残ろうと出来上がった形ではないのかしらね。
面白いのは競技的であるが、その動き、考え方は間違いなく人を殺すための術、その理があることよ。
剣の種類にも様々なものがあってそれは現世でも同じね。両刃、片刃、刺突剣、曲刀、それぞれの文化、風習に基づいた刀剣が存在し、その刀剣に則した術があるのは変わらない。
そのどれにも無数の流派が存在し、同じ剣を使用していてもその動き、理念は全く違うもの。
各々が自身の流派で剣術を極めんとしていたわ。
この剣道はその終着点と言ってもいいかもしれない。
確かに、その所々に競技としての動きに変ったものを見出せるが、それぞれの動き、考え方は全く違う流派の複合体。
長い歴史の中で不純物が取り除かれ、ただ純粋な技の形としてここにあるのがわかる。
私やお父様、バーンズ家の騎士たちが日夜として目指した高い空。
その空のために、この世界においても過去、様々な騎士たちが様々な流派で剣を振るったのだろう。
彼らの鍛錬が、今ここにも生きている。
とても素晴らしいことではないかしら。
「どうしたの? リリちゃんさっきから黙って」
「じっとしていると本当人形みたいで可愛いんだからぁ」
「ほら、グミ食べる? あーん」
「……」
入部してから一カ月。
ある日の練習後、この剣道という剣術文化の形に感動を覚えていると、すでに制服へ着替えた先輩たちからおもちゃにされていた。
いまだにジャージ姿で竹刀の素振りの日々。
いい加減、防具をつけての練習に参加したいものだわ。
そんなことを考えているのを察したのか部長である吉川が私の頭をなでてきた。
「秋山は何というか形は様になっているんだけど、体力と筋力が残念な限りだからね。まずは体力づくりだよ。じゃないと怪我しちゃうし」
「……早くやりたい、です」
「ああん、むくれちゃってかわいい」
「はやく練習参加できるように頑張ろうねぇリリちゃん」
「……」
「ほらほら、あんたらも秋山をからかわないの。秋山もさっさと着替えて帰宅するよ」
先輩たちからもみくちゃにされていたが、吉川が手を叩いて解散を命じる。
どうも前世と違って現世でのこの肉体は運動をするには向いていないらしい。さらには幼少期から美術に関する教育を優先されたせいで圧倒的な基礎体力が不足している。
現在剣道部には私を除いて三年生に三名。二年生に三名の六名が在籍している。
一年生は結局ゴールデンウィークの連休をあけた今も私だけ。
「まぁ、剣道部は人気あまりないからね」
「そうね。特に中学から始めるって人も少ないし」
「やっぱり防具とかに費用かかるのがね」
「いやいや、剣道って臭いみたいねイメージもあるじゃないですか」
「ちゃんと手入れしてれば匂いも残らないのにね」
「でもこの間の試合の」
「あぁ深山中の次鋒でしょ」
「あれはやばいですよね」
「ねー」
「はははっ」
帰宅途中。
先輩たちの矢継ぎ早に続く会話を聞きながら、どの世界でも、どの時代でも女性はおしゃべりが好きなのね、と感慨に浸っていた。
「部長、でも来月には市民大会あるじゃないですか?」
前を姦しく歩いていた先輩たちの一人が私の手を引く。
「リリちゃんも参加ですよね?」
「あぁ、新入部員のデビュー戦も兼ねた大会だからね」
「だったらそろそろリリちゃんも防具とか自分の竹刀用意した方がいいんじゃないですか」
「そうね。入部した時よりは素振りも続くようになったものね」
今世でこそ鍛錬不足だけれど、前世ではたくさん剣を振るったのよ。
「……振れる」
「きゃードヤ顔可愛い」
「いやいや、あんた数十回素振りしただけで汗だくじゃないの」
「それなら秋山の防具とか買いに今週の休みは立光堂行こうか」
「立光堂?」
「剣道用のスポーツ用品店みたいな? 感じかしら」
それならば前世にも似たようなものがあったからわかるわ。
騎士たちにはバーンズ家から武器や防具が与えられていたけれど、冒険者や平民は自前で魔獣や盗賊の対策が必要。なのでそういった者向けの武器を扱う店。
確か領民たちはその店をこう呼んでいたわね。
「武器屋」
「なにそれリリちゃん。ゲームじゃないんだから」
「そしたら今週は駅前に集合して秋山の防具と竹刀選びに行きましょう」
「楽しみね。あっ、お金は二、三千円あれば充分よ」
「うんうん、あそこのおじさん市内の小中学生にはつけ払いさせてくれるからね」
「つけ払いだと一番安い防具になるけれど、学校の貸し出し防具より百倍はマシよ」
「あれかび臭くて最悪なんですよねぇ」
「うそ、あんたあれ着けたの?」
「ひどっ! 先輩たちが昔つけさせたんじゃないですか」
「……楽しみ」
とても楽しみだ。
当たり前なのだけれど前世の私は自分の武具というものは持っていなかったの。
まぁ、貴族の令嬢に剣や防具を与える両親などいるはずもないのだけれど。
それでもお父様から剣を与えられてはしゃぐジェームズや、誇らしげに家紋の入った剣を腰に下げるエドワードが羨ましかった。
そうして日曜日。
私は母から臨時お小遣いを勝ち取って先輩たちとの待ち合わせ場所の駅前へ向かった。
誰かとお出かけなんていうのは思い返してみれば前世ぶりの経験ではないかしら。
現世において今まで母の期待に応えてあげるため、無意味な美術のお勉強とやらに放課後や休日を費やしてきたもの。
前世での友人が思い浮かぶ。
エマはいい相手を見つけられただろうか。
あの愚兄エドワードのせいで彼女には悲しい思いをさせてしまった。
エドワードの首をはねたのはマリアへの嫌がらせの意味もあったが、エマに与えた屈辱と苦痛への仕返しでもあった。
……違う。
嘘はダメよね。特に自分を騙すための嘘は。
私があの時、エドワードの首を刎ねたのはお父様と戦う為。エマから婚約破棄を告げられた時も、私はどこかで闘争の気配を感じ、それを待ち望んでいた。悲しむ友人を前にしてよ。
ダメね。
自分の性が嫌になってしまう。
前を歩く先輩たちは変わらず姦しく楽しそうに話している。
私は黙って彼女たちの後についていく。
そうしてそこで私は出会う。
いや正確にはあれは出会いとは言えないのかもしれない。
サムライと呼ばれる存在と私は現世にて出会った。




