10 悪逆令嬢は処刑の日を迎える
よく晴れた日だった。
見上げる空に雲ひとつない。
快晴。
軟禁されていた部屋から連れ出され場所。王都校外の平野だった。
馬車から降ろされ、縄で後ろ手に縛られた。
「処刑と聞いていたので王都の広場かと思っておりましたわ」
誰ともなしに呟けば、仏頂面で横に立つエドワードが答えた。
「国王の慈悲だ。もちろんお前ではなくバーンズ家への慈悲だ。お前の罪は国民には知らせない。よって聖女への罪は公的にはなかったこととされる。お前の死因も病死という扱いだ。バーンズ家自体へのお咎めはない」
「あら」
それは少し無念だ。もちろんバーンズ家のためにも広く知られるのは困るものね。本末転倒になってしまう。
私はぐるり、とこの開けた場所に集まった人々の顔を見た。
腕を組んで目を瞑るお父様。そしてその横にはワコが控えていた。
私の横には騎士の礼服に身をつつんだエドワード。
さらに数名の見分役の騎士。
意外な観客としてはマリアとそのご一行もいた。聖女マリア、第一王子パリス、騎士見習いのギルバート、文官見習いのミシェル。さらにはローブで顔を隠したおそらくは若い男。きっと彼が例の帝国の皇子か。しかしこれは好都合だ。予定にはなかったが、よい冥途への手土産ができたようね。
「マリアはお前のようなものにまで慈悲をかけていた。父上の処刑にしてくれ、という言葉に涙を流しながら最後まで反対をしていたよ」
反対ねぇ。
おそらくは心の中では歓喜していたのではないかしら。
物語的には追放の方が順序通りだろうが、処刑でも私があの女の物語から退場することに変わりはないんだから。
それなら私への溜飲が下がる処刑の方があの女は喜んだことだろう。よっぽど私に業を煮やしていたようですし。
「今もあのように気丈に振る舞っている。お前の最期を看取ることも聖女として救えなかった自分への罰だと、反対を振り切って参加したのだ」
眉尻を下げて手を組んで祈りを捧げるようにこちらをマリアは見ていた。
しかしその瞳の奥に燻る黒い炎を私は見逃さなかった。
まったく本当にいい根性をしているのね。
「リリィ・バーンズ何か言い残すことはあるか」
エドワードは腰に差した剣を引き抜いて私に問いかけた。
「……」
沈黙で応えて、首を垂れた。
剣を上段に振りかぶるエドワードの姿が影となって地面に映し出されていた。
顔は上げずに視線だけを上げるとマリアの顔が見えた。
この瞬間を我慢しきれなかったのか、薄っすらと口元に笑みが浮かんでいた。
可哀そうにその喜びはすぐに悲しみに変るというのに。
私は再び地面の影に視線を戻した。
エドワードはまさに剣を振り下ろさんとしていた。
本来ならすでに私の首と体は切り離されているべきだろう。
執行者は恐怖を与える間を与えずに素早く刑を執行すべきなのだ。
エドワードが私の執行人になったのはお父様と私の計画。この役目がエドワードにふられたのは偶然ではなく必然。もちろんこの男も聖女への愛着から、この使命をどうやら自分の意思で立候補したようだ。
しかし騎士として半人前、文官上がりの男には人を斬るという覚悟が足りないのだろう。
私は嘲るように吐き捨てる。
「無駄な間が多すぎる。人を斬る覚悟も持てぬやつがバーンズを名乗るとは烏滸がましい」
「なっ、お前という奴はっ!」
煽りに顔を真っ赤にしたエドワードが剣を振り下ろした。
遅いのよ。
私は肩を外して腕を頭上にあげ、前に飛んだ。
エドワードの振り下ろした剣は私の腕を縛る縄を斬った。
傍らで控えていた騎士の腰に携えた剣を奪いとる。
エドワードは私の突然の行動に剣を振り下ろした体勢で固まっている。
本当に覚悟も、経験も足りない男ね。
これではバーンズ辺境伯家を快く思わない他家に利用されかねないわ。
だから。
私は手にした剣を振るう。
バターにナイフを刺しいれたように、エドワードの首がその胴体から綺麗に切断された。
「こうやって斬るのよエド」
エドワードの首は驚愕の表情を浮かべたまま宙を舞った。
その首を掴みとって訳も分からず固まっていたマリアへ投げ渡す。
「聖女様の騎士でしたね。首だけですがお返ししますわ」
「へっ?」
マリアの腕の中にエドワードの首がすっぽりと収まった。
「エ……ド? いやああああああああああああああっ!」
甲高い悲鳴が上がる。
それを皮切りにしたように、固まっていた検分役の騎士たちが動き出した。
四名の騎士。
王子と聖女を護るように二名の騎士が彼女たちの前に立つ。
残る二名は私を討つために駆け出す。
練度の高い騎士だろう。その踏み込みや判断は洗練されたものだ。
しかし相手は貴族の令嬢であるという侮りがその意識の根底にはあった。
「ぬるいですわ」
騎士たちの剣戟を紙一重で交わし、彼らの腕を両断する。
命は取らない。
彼らには証人になってもらわなくてはならない。
残った二人の騎士は目で合図を送り合い。
一人が王子たちを逃がそうと誘導を始め、残った一人は私に正対する。
「オレも加勢するぜ」
すると、思わぬ援軍がその騎士の横にたった。
ギルバートだ。
彼は騎士とともに私に向かって剣を構えた。
さすがに騎士団長の息子だ。
その構えから騎士たちと劣らぬ練度を感じられた。
「駄目よギルバート」
マリアが縋るように呼び掛けた。しかしギルバートは首を横に振った。
「いや、エドワードはオレ達の仲間だ。そいつがこんな目にあわされて黙ってられねぇ。それにこいつには借りがあるからな」
あぁ、あの時の講堂での件ね。
「あの時は突然のことで後れを取っただけだ。ちょうどいい機会だ。オレ自らお前への刑を執行してやるよ。蛮族令嬢」
「あら、騎士団長のご子息は遠吠えがお上手なのね。負け犬さん」
「黙れよっ!」
「いけませんギルバート様っ!」
騎士の静止を振り切りギルバートは突撃してきた。
ふふっ、予定にはなかったけれど好都合なこと。
バーンズ家の未来のためにも、王家の腫瘍となりかねないものは取り除いておかなくてはいけないわね。
「ちぃっ」
ギルバートの一撃を防ぐ。やはりとても重い一撃。魔術によって身体強化も施しているのだろう。
「うらぁああああっ」
連撃。
重く速い。
すべてを剣で防ぎきることはできない。できても恐らくは剣の方が持たない。
後方に飛んで間合いを取る。
ギルバートはこのまま押し切れば勝てると判断したのか迷わず間合いを詰めてきた。
「本当に殿方はみな単純で嫌になるわ」
私は手にした剣をギルバートめがけて投擲する。
「窮したかっ!」
投擲された剣をギルバートは弾き飛ばす。
「策ですわ」
剣に意識を奪われていたギルバートはすでに間合いを詰めていた私の存在に気づいていなかった。
密着するほどの距離。
「っ!」
剣を振るうこともできない間合い。
私の投擲を防ぐために剣を振るったギルバートは顔を歪ませた。しかしエドワードと違いそれなりの場数は踏んでいるのだろう。すぐに剣を捨て肉弾戦に切り替えようとした。
「最悪の選択ね」
最善は後方に飛退いて距離を取ることだ。すでに私は剣を手放しているのだから間合いを取れば優位になれたはずだ。しかし驕りだろうか。彼は剣を捨て己が力でねじ伏せることを選んだ。
「ぐぎっ」
ギルバートの肘を片手で抑え、そのまま剣を手放した手を下へ引く。
ボキッと骨が折れる音。彼の肘から赤く濡れた腕骨が飛び出す。
その痛みからうずくまるギルバート。
「ギルバート様」
「や、やめ」
私は彼の落とした剣を拾い上げる。流石いい剣を使っている。
彼の剣を少し眺め、そのまま首をはね落とした。
「ギルぅううっ!」
マリアの悲痛な叫び声が広場に響き渡る。先ほどからうるさい女だ。
私は顔に飛んだギルバートの血をぬぐうと彼女を睨みつけた。
「ひぃっ」
マリアは後ずさろうとして尻もちをついて倒れる。
その彼女をかばうようにパリス王子が前に出た。
「やめるんだバーンズ嬢。これ以上罪を重ねるな。これは温情なのだぞ」
もちろん私はマリアや王子に害を為すことはしない。そうなれば今度こそ私ではなくバーンズ家に責が及ぶ。
そろそろ潮時だろう。本来はエドワードを処分してマリアの語る『ハーレムるーと』とやらの邪魔をしてやるだけだったが、マリアご一行が来てくれたおかげで期待以上の成果が出せた。
私はちらり、とお父様に視線を送る。
お父様は諦めたように溜息をついて前に出た。
「殿下っ! この痴れ者は我がバーンズの名を汚す逆賊。よってその名はこの場で歴史から消しましょう。このものは只のリリィという気狂い女。バーンズ家が永久の忠誠を王家に誓う証としてこのボルト・バーンズ手ずからこの逆賊を討ち取りましょう」
お父様――ボルド・バーンズ辺境伯はその壮健な肉体に覇気を纏い剣を構えた。
「よ、よかろう。バーンズ辺境伯。第一王子パリスが証人となろう。逆賊リリィを討ち取り王家への忠誠とすることを認め。バーンズ家への咎はないものとする」
ふふふっ。
私は笑いがこみ上げるのをこらえる。
なんて私は幸せなのだろう。
『騎士』ならば誰もが憧れる最強と死合える幸せ。




