09 悪逆令嬢、追放処分を受ける
聖女への殺害未遂という身に覚えのない罪によって私は追放処分されることとなった。
結局お父様との面談以来誰とも会話はできなかった。
おそらくは私の口から不都合なことを喋られるのを危惧したマリアが、私への面会をできないように手をまわしたのだろう。
追放処分を口にしたのは法証官、数名の近衛兵と王宮勤めの文官。
私の身内と呼べる人間はこの場において後ろで変わらず控えているワコだけだ。
「よってガナス鉱山への無償奉仕活動を科す」
法証官は機械的に私の罪状と本来ならば死罪のところを聖女の温情により、貴族令嬢としては異例の追放処分となること、聖女に感謝を持って処分を受け入れるように、と告げた。
本当にすべてがどうかしているわね。
そろそろだろうか。
「ちょっと待ったぁあああ!」
再びのお父様の登場。
またしても押しとめようとした衛兵たちがその腰にしがみついていた。
「えぇい、毎度お前らは邪魔だ」
「バーンズ辺境伯! 何事ですか」
法証官は突然のお父様の来訪に目を見開いていた。
「今回の娘の刑に関して物申したくてな」
「確かに追放処分は貴族では前例のないことですが、本来は死罪となるところ。聖女様の温情ですぞ。さらに本来ならば親族にもその責が及ぶのを、個人の問題として処理するようにとおっしゃってくれたのです。いくら辺境伯と言えど」
「いやいや聖女どのの温情確かに痛み入ること。しかし」
ズカズカとお父様は歩み寄ると、その大きな手で私の頭を鷲掴みにした。
「この馬鹿娘には過ぎたるもの。聖女どのにも申し訳が立たない」
「バーンズ辺境伯」
「わが娘リリィは死刑としてくれ。なに王宮の方々の手は煩わせない。バーンズ家の者がしかとその任を果たす。エドワード!」
ドアの向こうからエドワードが顔を出した。
「バーンズ家の長男として、聖女様の騎士としてこのエドワード・バーンズがしかと全うしてくれるであろう」
エドワードは神妙な表情を浮かべてお父様の言葉に厳かにうなずいた。
「バーンズ家長男として、そして聖女を護る騎士としてその任しかと果たして見せましょう」
私は一言も発せずことの成り行きを見守った。
だって歓喜の声を上げてしまいそうになるのを必死に抑えていたのだから。
すべてを知っている私とお父様だけが視線で頷き合った。
お父様の勢いに押され法証官たちは検討の時間が欲しいっと言って、去っていった。
明日の明朝には追放か処刑かが決定するらしい。
十中八九処刑で決まりだろう。
ワコの話からすれば悪役令嬢の役目は物語からの退場。追放だろうと処刑だろうとマリアはかまわないはず。さらに王家側からすればバーンズ辺境伯家の心証が心配な中、その当主が聖女の味方となり娘の処刑を求めているのだ。パリス王子やエドワードたちマリアの信奉者たちは喜んで受け入れる。
「お嬢様っ!」
夜分、明日に備えて早めに就寝するため寝支度を整えているとワコが目に涙を浮かべながら私の前に跪いた。
「本気で昨日旦那様と話されていた計画を実行に移すおつもりなのですか?」
「ええ、それこそが私に残された最善のはずだわ」
「いいえ、そんな死ぬことが最善など」
ワコは私の手を優しく包むように握った。
「生きてこそです。死んでしまっては何もなりません。お嬢様を大切に思われている方々を悲しませるだけです。旦那様や奥方様。それにお坊ちゃま、領地の騎士たちもみなお嬢様を愛しております。もちろんワコもお嬢様を」
「ありがとうワコ。私がそのように愛されているのもあなたのおかげなのでしょうね。けれどね」
これから話すことは私の胸の内にしまっておくはずだったもの。
この運命をたどれるのもこの忠実な侍女のおかげ、ならば彼女には話しておこう。
「私は明日死ぬわ。けれどただ死ぬわけではない。戦って死ぬの。私はね。目の前に迫った処刑よりも、無根の罪によって裁かれることよりも、親友の婚約破棄よりも、実の兄の愚かさよりも、我慢ならなかったことがあるの」
「……お嬢様?」
「私はこの女の身が我慢ならなかった。どれだけ剣を振ろうと変わり者と馬鹿にされ、どれだけ研鑽を積もうとそれを発揮する場もない。この身は女として男の妻となり、子を生す母となるのみ。私は剣士として生きられないこの女の、このリリィ・バーンズという身が我慢ならなかった。剣士として生きたかった」
おそらく、ワコの語る悪役令嬢の私はこの我慢ならぬ衝動を抑え込めなかった私なのかも。
それが歪んだ性格となり、悪役令嬢となったのね。
しかし私はワコと出会いその時間の中で、様々なことをこの侍女から学んだ。その衝動を抑え妥協して付き合っていく術を身に着けた。
けれども、それは衝動が無くなったわけではない。私の衝動は変わらずここで渦巻いている。
きっと許されぬこの衝動。
この剣技で敵を倒し、そしてこの命をその天秤にかけ、刹那の隙間にこそ眩い生の時間を見つけ出したい。
女の身。ましてや貴族子女のこの身では許されぬ衝動。
自然の理。貴族の誇りへの反逆。
マリアとワコは私のことを悪役令嬢ではない、と言った。
その通り、私はきっと悪しき反逆者だ。
愛を知らない悪役令嬢でも、時と場所に見放された蛮族令嬢でもない。
愛を知り、運命に見初められたからこそ、明日は私の晴れ舞台となるのだ。
「私は悪逆の令嬢よ。悪逆令嬢リリィ・バーンズ。いい響きでなくて?」




