04 林道ユウカについて箕輪の証言
午後始めの授業。
数学の授業。担当教員が家庭の事情で早退をしてしまい、突然の自習となった。
最初は静かに課題に取り組んでいた生徒たちだが、一部の男子生徒が雑談を始めると、それを皮切りに子供たちはたわいもないおしゃべりに興じていた。
箕輪氏は隣のクラスで授業を行っていたため、定期的に様子を見に行っていた。
もちろん生徒たちが真面目に自習を行っているとは思っていないし、度を越した大声や行動をしていないければいい、と思っていた。
(ここからはユウカ以外の生徒の名前は仮称とさせていただく。さらに細かい描写についてはフィクションを含むことを注意してほしい)
安形ミキは春からクラスに加わった少女が嫌いでたまらなかった。
小柄な少女。無口、というか喋っているところを見たことがない。それは別にかまわない。
去年交際していた高校生の彼氏が盲者の人をからかっている姿を見て幻滅して、それっきりだ。
有名な配信者も好きなモデルだって、みんな差別はいけないことだって訴えている。
差別的なことを発言した配信者に批判コメントだって書き込んだこともある。
だからユウカが喋られないのだろうとどうでもよかった。
ミキはその態度が気に入らなかった。
クラスに溶け込もうとはせず、1人でいる。
学校生活は協力が必要だ。
誰だって自分の立ち位置を把握して、それを乱さず、けれどノリは合わせるものだ。
日下や三ツ矢みたいな下位グループの人間だってミキたちのグループがクラスを盛り上げている時はそのノリに合わせているし、自分たちが私たちの下だという意識を失うことはない。
それは至極大事なことのはずだ。
私たちはいずれ社会にでる。
社会だって空気読みだ。どこにだってグループがあってカーストがある。暗黙の了解や世論の流れもある。
それをしっかりと守っていかなくてはならない。
なのにユウカはそれを守らない。
クラスに溶け込むこともしなければ、空気を読むこともしない。
喋られなくても笑うことはできる。表情を変えることはできる。それもしようとしない。
ただ黙って私たちを見ている。
その視線がムカついてしょうがない。
値踏みするような視線。
はじめは悪意もなかった。仲間内での会話のデッキの1つとしてユウカの陰口が追加されただけだった。
しかし、時間を積み重ねていくにつれて、クラス内の誰もがユウカという少女に悪意を持ち始め、その悪意は陰口によって肯定されていった。
だから誰もいじめ、という風にはおもっていなかった。
間違ったことをした人間はその報いを受けなければいけない。
芸能人だって不倫をしたり、間違えたことをすれば法律的に問題なくても社会的な制裁を受けなければいけない。
ユウカがこのクラスにもたらした不協和音は、それらテレビの向こう側で行われていることと同じだ。
私たちはこのクラスをうまくいかせるためにそれぞれの役割をこなし、義務を果たしている。
それなのにある日突然加わった少女はそれを無視して好き勝手にしている。これは何も間違えたことではない。けれど正しいことではないはずだ。報いがなくてはいけない。私たちがしている彼女への小さな行いはそれらの報いにも満たないことだ。
給食の時間にユウカにだけ箸やスプーンが配膳されなくなった。
「箸使うのなれてないんでしょ。給食の時くらいいつもみたいに食べていいのよ」
だれかがそう言ってみんな笑っていた。ミキも笑った。
しかしユウカはそれを意に返す様子もなくなんと手づかみで食べ始めた。
それがさらにミキを、クラスメイトを苛立たせた。
ある日の朝、ユウカの机の上にネズミの死体が置かれていたこともあった。おそらくは男子の誰か、きっと山下シュンヤがやったのだろうとミキたちには見当がついていた。
その時はさすがに、女子の数名が気持ち悪がって悲鳴を上げていた。
しかしユウカは登校してくると顔色一つ変えずにそのネズミの死体を素手でつかむと、廊下に消えていった。
「おい、あいつ食べたんじゃね」
シュンヤが茶化すように言った。その言葉で最初はやり過ぎじゃないか、と思っていた一部の生徒たちも強張らせていた顔を緩めて笑っていた。
そういった小さな事柄はそれ以来みんな林道に行っていた。
しかしユウカが何かリアクションを起こすことはなかった。
『その日』までは。