06 悪逆令嬢は過去を振り返る
「そんな睨まないでください。怖いですわ」
「コレット嬢。あなたに関しては婚約者のいる子息に対して相応しくない対応をしていると噂を耳にしていますよ」
「それは誤解だよルイーゼ。彼女はもともとヒト族だ。貴族の作法に疎いだけだよ」
パリス王子がマリアを庇うように前に出た。
「はぁ、殿下とは話し合わねばならぬことがあるようですね。それから」
ルイーゼ様の冷え冷えとした視線が再び私とギルバートに向けられた。
うわぁ。
「リリィ・バーンズあなたは慎みというものを覚えなさい! ギルバートあなたはそれでも次代の王を守る騎士なのですか! 来年には学院を卒院し社交の場に出る者の立ち居振る舞いとは思えません!」
私とギルバートはその場に直立不動となってルイーゼ様のお叱りを受けた。
その日のいざこざはルイーゼ様の登場により一応の終わりをみせた。
パリス王子はルイーゼ様に連れて行かれ、私の柔術で腕を痛めたギルバートとミシュルはこちらを睨みつけながら去っていった。
「リリィ様、いくら自分に都合の悪いことだからって暴力でなんとかしようとするなんて、酷いですわ! 私に何もしていないと言うなら言葉で言えば良ろしいではないですか!」
パリス王子たちが講堂から出たのを見計らって突然マリアが大声で私を非難しはじめた。
「な、コレット様! リリィがギルバート様にあのようなことをしたのはご実家を侮辱されたからよ! あなたは関係ないでしょう!」
私が理由のわからない言いがかりに目を丸くしていると、もう、我慢ならないとばかりにエマが反論してくれた。
しかし、遅かった。
マリアのタイミングが良すぎたのだ。
王子たちが去ったことでできた少しの静寂に、認めたくはないが美しいマリアの良心に訴えるような、悲痛な告発声。
周囲のマリア・コレットという女の悪評を知らない者たちはすっかり私を疑わしげな目で見てきた。
尚も反論してくれようとするエマを押し留めて講堂を後にした。
結局、私はもともとの評判が良くなかったこともあり、マリアや王子の訴えていたことではなく、私とギルバートの私闘が問題となり両名にひと月の謹慎が言い渡されてしまったの。
そうして謹慎している間に学院は夏季休暇に入ってしまった。
◇◇
「ふふっ、蛮族令嬢らしい出来事だったわ。あなたにお似合いね」
マリアも当時のことを思い返したのか、口元に手をやって笑っていた。
「エドにちょっかいを出しているのは私とエマへの嫌がらせかしら」
「嫌がらせ? ひどいわ。エドはただただみんなからいじめられて可哀そうな私を救おうと懸命な騎士よ」
「パリス殿下や、エドはどう考えてもルイーゼ様やエマへの嫌がらせとしか思えないわ」
「そんなことを言うなんてひどいのね。パリス殿下は私が聖女なのだから仕方ないのよ」
まったく仕方がない、とは思っていなさそうな口調だ。
「一体あなたは何がしたいの? 殿下やエドにちょっかいを出さなくてもあなたの信奉者たちにちやほやさせていればいいでしょう」
実際、どうしてここまでマリアは私に突っかかってくるのかわからない。
たしかにマリアに婚約者を取られて困っている令嬢たちから、一言あの子に言って欲しいと頼まれることはあった。私があけすけなく他人にものを言う性格であり、辺境伯令嬢という身分がそれを許しているのをみんな知っているのだ。
しかしマリアに対して嫌がらせをしたり、もっと直接的な文句を口にする令嬢は多かったわ。
私は面倒なマリアやその周囲には絡みたくないのが本音だ。
だというのにマリアはこうして私の周囲や、私自身に突っかかるようなことをしてくるのだ。
「ふふっ。ふはははっ」
突然マリアが笑い出した。嘲笑するような感じではなく、心底おかしいと言った風に笑い出した。
私は唐突なことに若干薄ら寒いものを感じた。
「本当にあんたっておかしい。全部全部あんたのせいなんだから」
笑い終えたマリアは私のことを真っすぐに睨みつけた。
その表情に普段の彼女の面影はない。
「ほんっっっと! あんなつまらない人生が終わって、目が覚めたら大好きな『エンスタ』の世界。しかも主人公のマリア。そしたら目指すはハーレムエンド一択でしょう? そうよね? 私単推しとかカプ推しとかじゃないしね。本当に『エンスタ』が大好きなの。世代じゃない過去作だって全部やりこんで、リメイク版だってやった。自作の攻略サイトだって作ったりしてたのよ。コスプレしてイベントだって、ああああああ、最悪な思い出だわ。あいつら笑いやがって殺してやりたい。まぁいいわ。今は正真正銘のマリアなんだから。だから真エンド目指すしかないでしょう。というかそれができる知識のある私だからこそこの世界に転生してきたのよ。そうに決まってる。全部全部、サブクエもバグ技だって全部知っているし、制作陣の同人誌にしか出ていない裏設定だって把握しているの。完璧だったのよ。学園入学までのフラグも能力上げだって本当に大変だったけど全部やりきった」
えっ。
何を言っているのか私はさっぱりわからなかった。
えんすた?
たんおし?
意味のわからないことをまるで憑りつかれたようにマリアは並べ立てる。
後ろに控えていたワコに助けを求めるように視線を送るが、ワコも戸惑っているのか目を見開いてマリアを見ていた。
「なのにっ!」
マリアがダン、とテーブルを叩いた。
「なのに、なのになのになのに。悪役令嬢であるあんたがまったく悪役令嬢じゃなかった。あんたリリィ・バーンズの役割は我儘ガサツで暴力的な悪役令嬢。エマも、ルイーゼも本当はあんたが苛めなくちゃいけないんだよ。あの二人は私の友人サポートキャラなんだから。それなのに。どういうこと? あんたバグなの? エマとも仲がいいし、ルイーゼからは目をかけられている。本当に理解できない。だから、私がこうして『エンスタ』のシナリオ通り進むようにしてあげたんじゃない」
「ちょ、ちょっとさっきから何を言っているのよ」
鬼気迫る表情で話し続けるマリア。私は怖さよりも心配が勝り彼女に近寄ろうと歩み寄る。
ワコが慌てたような声を出す。
「お嬢様、ダメです。これは罠です」
「え?」
「でもその苦労もしっかり実ってよかったわ。あとはこの逆上イベントで終了。あんたは追放エンド」
ワコの呼びかけで生まれた一瞬の隙。
マリアはテーブルに手つかずのまま残されていたケーキ。その横のフォークに手を伸ばした。
「何を?」
「きゃあああああああああああっ!」
戸惑う私を尻目にマリアはナイフを手に取ると叫び声をあげた。
そして手にしたナイフを自分の腕に刺したのだ!




