05 悪逆令嬢は聖女に出会う
マリアは曇りない笑顔を浮かべている。
彼女の本性を知らない人間がみればそれは天使のように愛らしいものだろう。しかし私の目にはどす黒い意地の悪い笑みにしか見えない。
「でもよかったですわ。あんなことをした後ですぐに学院が夏季休暇になってしまったから、このまま王都に帰ってこないと思っていたの」
「あら、あなたが心配してくれるなんて珍しいのね」
「えぇ、もちろんよ。あなたの惨めな姿を見ないと私の溜飲が下がらないもの」
「エドワードのことは何? 私への攻撃のつもりかしら」
「いやだわ。エドワードは純粋に私の騎士となりたい、と言ってくれているのよ。聖女である私のね」
聖女という言葉を強調する。
本当に嫌味な女だ。
こんな女が聖女だなんて、本当に教会という組織は腐っているらしい。
「聖女ね。ひと月の間にずいぶんと出世したのね。あのお人よし王子にでも泣きついたのかしら」
「ふふっ、私よりもあなたの方が作法のお勉強した方がいいんじゃなくて? せっかく謹慎処分を受けたのですから、ねぇ」
その顔面に思いっきり拳を叩き込みたい衝動に駆られるけれども我慢。
中身はどうだろうと一応は聖女。しかも場所は王宮内の施設。
ひと月前の騒動と同じように謹慎程度で済むわけがないのだから。
◇◇
「リリィ・バーンズ嬢。君がマリア・コレット嬢に嫌がらせしていると聞いたがそれは事実か!」
学院内の講堂。
その日は夏季休暇を前にエマや仲の良い令嬢たちとどこで過ごすのかを話していたの。
そこにパリス王子、さらにその学友であり、王都を護る騎士団団長の息子ギルバート、同じく宰相の息子ミシェルが現れたから講堂のあちらこちらから興味本位の視線が飛んできた。
学院でもその見た目と身分から注目を浴びる三人が揃い踏み。講堂内の令息、令嬢たちの視線が私たちに向くのも当然。その視線を意識してか、パリス王子は声を大きく響かせた。
マリアの名前が王子から出たことに一瞬戸惑ったが、すぐにその彼らの横にいるマリアの姿を見つけた。
王子にしなだれるようにその胸に手を添えている姿は虫唾が走ったわね。私以外にも講堂の女子生徒ほとんどの目つきに剣呑な光が宿っていたもの。
「どのような理由から私がコレット様に嫌がらせしていると?」
私は少々語気を強くして問いかけた。
「なっ、言い逃れるつもりか? 僕はマリア嬢から直接聞いているのだ。彼女が君から様々な嫌がらせを受けたとね」
「どのようなことをしたと?」
「執拗にマリアを叱責し、さらに他の令嬢たちにマリアのあることないことを吹き込んでいるのだろう!」
「執拗に叱責をしたつもりなどありません。マリア様は一昨年まで人族でしたからね。貴族としての礼儀をしりません。ですからその点についてご指摘したことはありますが、それは他の方々も同じでしょう。それにわからないことを指摘することも学友としての務めではありませんか? それからあることないことと言われましても何があることないことなのかわかりかねますわ」
私が反論すると黙って聞いていたギルバートが苛立った様子で口を挟んだ。
「お前パリスの言っていることを否定すんのか? 王子の言葉をたかが辺境の田舎娘がか?」
「誰もパリス殿下の仰ることを否定はしていません。ただ認識の相違があるのではないか、と確認をしているだけですわ。それからその辺境の田舎娘というのは我がバーンズ家への侮辱と受け取っても?」
「あっ、どういうつもりだ? マリアを苛めているテメェに話してんだよ。家の話なんかしてねぇんだよ」
「はぁ、家の話を始めたのはあなたでしょう。ですからその辺境の田舎娘というのはバーンズ家への侮辱かと確認しています」
どうせマリアのことに関することは、マリアがパリス王子に色目でも使って唆したのだろう。まさか王子がそんな小娘の戯言に振り回されて下調べもしないまま、こうして公衆の前で令嬢をはずかしめるようなことをするとは頭が痛い。
さらにはこのギルバートに至っては『たかが』王都を護る騎士団長の令息風情がバーンズ家を田舎の辺境伯家と罵った。これは看過できないわ。
「侮辱も何も事実だろうが。田舎を田舎と言って何が悪い。お前の侍女だってジャルタ島諸国の出身だろう? 田舎貴族には礼儀は必要ないから侍女にも教養は必要ないみたいだな。あんな黄色の未開人に給仕服を着せて貴族ごっこか」
私たちの背後に控える侍女たちの中にいるワコへ視線を向けて馬鹿にするように鼻で笑ってきた。
ワコはジャルタ島諸国の小国出身だ。先のジャルタ島諸国での王国と帝国の代理戦争の際にバーンズ辺境伯領で受け入れた移民。ジャルタ諸国の人の特徴で黄色肌と年齢の割な童顔と小柄な体。一目で他国のものとわかる風体だ。
しかしワコは優秀な人材よ。
彼女の母国では平民、貴族層問わず一定水準の教育が与えられ特にワコの生家は武門を重んじる家だったらしく、女ながらに武術にも精通している。王都にいる間の私の剣術の練習相手にもなってくれている。
「それ以上の侮辱は看過できない、と通告しておきますよ」
「看過できなきゃどうだって言うんだよ田舎娘。剣で決着でもつけるのか? 花を愛でるよりも剣を振り回す方が好きなんだろ」
「忠告しましたからね」
「なんだったか? 馬鹿みたいな渾名があったな。そうだ」
そうしてギルバートは言ってはいけない言葉を口にしたわ。
「蛮族令嬢だ」
私は立ち上がるとギルバートの目の前まで歩み寄った。
学院に通いながらも騎士団での訓練を受けているギルバートは同世代の男性たちの中でも体が大きく、女である私とは頭ふたつ分は違う。
自然見上げる形になった。
睨む私をギルバートは馬鹿にしたように笑った。
「なんだ? 本当に剣で決着をつけたいのか? やめとけやめとけ俺は女を殴るようなことはしねぇよ」
「それはお優しいことですね」
にこり、と微笑みかける。その瞬間身体から力を一気に脱力してその場にしゃがみこむ。
「はっ? きえ」
ギルバートの視界からは私の姿が突然消えたように見えるだろう。
その虚を見逃さない。ギルバートの足を払いバランスを崩させる。
「うぉお」
さすがは鍛えているだけはある。咄嗟の攻撃でも転倒せずに踏みとどまった。しかしバランスを崩すようではダメね。
膝に力を溜めて立ち上がる。その勢いでギルバートの顎を殴り上げる。
バランスをすでに崩しているギルバートはその一撃で尻もちをついた。
私は素早く倒れたギルバートの腕を両足で挟む。そのまま関節を捻り上げた。
「ぎぃ」
ギルバートの顔に苦悶の表情が浮かび、口からは言葉にならないうめき声が漏れた。
「ふふっ、どうですか? これは侍女のワコの母国に伝わる柔術という技ですわ。か弱い子女でもこのように体格差のある相手を制圧できるのですよ。よっぽど優れた術ではありませんか?」
「ぐぅううう」
「あらあら、尋ねているのですが剣ばかり振るっていて言葉は忘れてしまっているのかしら?」
ギルバートの顔は痛みと怒りからか真っ赤に染まって血管も浮き上がっている。意地を張るようならこのまま骨の一本くらい折ってあげようかしら。
さらに力を入れようとした瞬間。
「お辞めなさいバーンズ嬢」
凛とした声が講堂に響いた。
声の主を通すように人混みが割れる。
そこから姿を現したのは昨年学院を卒業されたルイーゼ・アーガム様。ルイーゼ様には彼女の在学中に何度か関わりもあった。とても強くて綺麗な女性。
ギルバートに関節技を決めている私を見て一瞬眉をしかめた後に、すぐそばで狼狽しているパリス王子にそのお顔を向けた。
「これはどういうこですか殿下?」
「る、ルイーゼなぜ学園に?」
「尋ねているのは私ですよ。私がここにいるのは貴方様に関してよろしくない噂をお聞きしたので、そのことを確かめにきたのですが。ちょうど良かったようですね」
キッとパリス王子の腕を握っているマリアをルイーゼ様が睨みつけた。
ルイーゼ様の登場により場の雰囲気が変わったのを私は感じた。




