04 悪逆令嬢は兄の話を聞く2
「マリア、マリア、本当にお好きなようで」
「ふん、チャンバラごっこばかりして淑女のいろはも知らぬお前にはわかるまいよ。十五だというのにいい話のひとつもないようだしな」
「こ、断っているのよっ! 私は私よりも弱い男に妻として仕えるつもりはないだけなの」
実際に申し込みはきている、と聞いたことはある。まったくない、ということはない。と、信じたい。
けれど正直私にはその気がない。自分よりも強い相手がいい、とは言っているがこれも言い訳に過ぎないわ。
私は女。
女に生まれたのだから、結婚して子を生してお茶会を主催して夫の活動の手伝い。それが普通だし、実際いずれは私もそうならなければいけないわ。
だけど、私にはその未来が思い描けない。
幸い実家は辺境伯家。女娘としての役割をそこまで求められてはいない。それでもお母さまなどは女だてらに騎士の真似事をしている私にいい顔をしない。
「愚かだな。女のくせに騎士にでもなるつもりか?」
「長男のくせに騎士にでもなった人に言われたくないわ。それで大好きなマリアがいったい何をしたの」
「すべてはマリアの慈愛によるものだ」
なにが慈愛よ。
「婚約が成立したマリアと殿下は学院の休暇を利用して王族の避暑地に向かっていたんだ。もちろん私もそこに同乗していたのだが」
信じられない。避暑地と言えばそこはアーガム公爵領の隣じゃない。婚約破棄した相手のところに新しい婚約者とバカンスに向かうとかどういう神経しているのかしら。
「その道中でマリアが夜盗に襲われている商団を見つけたんだ。それが実は殿下と会談のために密かにこちらへ訪れていたフレイ皇子の一行だった」
「他国の皇子がお忍びで?」
「あぁ、フレイ皇子は帝国内で一番皇帝の地位に近いと言われているが、それは本人の能力によるもので彼自身には味方と呼べる人間は少ない。そこで王国を後ろ盾にしたい、とのことだ」
「まさか敵対国よ」
「だからだろうな。反フレイ皇子派もまさか皇子が敵対国に身を寄せているとは思わんだろう」
「それでもこちら側が応じない場合もあるし、最悪諜報行為と言われてもおかしくないわ」
「フレイ皇子の手土産があってな」
「手土産? まさか彼の地のチョコレートでも持ってきたわけ?」
「そんなわけがあるか。彼が持ってきたのは特大の手土産。帝国のジャルタ諸国における軍事機密だ」
思わぬ大きな手土産に私は声を出せず目を見開いた。
そんなものを王国に差し出すなんて帝国を裏切る行為よ。
「フレイ皇子はジャルタ諸国への帝国の侵略行為に反対している。自身が皇帝になった時は即刻ジャルタ諸国からの引き上げを予定しているらしい」
「つまりは帝国も国内が不安定なのね」
「その通りだ。ジャルタ諸国での王国と帝国の代理戦争は結局資源をいたずらに消費するだけで何の利も今のところ生み出さない。しかし英雄帝と呼ばれる現皇帝、並びに勝利しかしらない貴族たちは引くことを知らない」
「それは王国も同じよね」
「フレイ皇子はパリス王子と足並みをそろえてお互いの治世の間は内政政策に力を入れようと言われている」
「なんとも……」
なんとも裏のありそうな提案をされたことで、と思うが口には出さない。目の前の愚兄はその言葉をそのまま受け取ったのだろう。もちろんその愚兄が仕えるあの王子も。
「……ご立派なことで」
「あぁ、そうだろう。お二人とも国の未来を背負ってたつにふさわしいお方だ。なによりもその機会を作り出したのがマリアだ」
「えぇ、それもゴリッパナコトデ」
「ふん、妬ましいのか? 剣を振り回すだけで国に何も貢献できていないお前よりも、謂れのない中傷を浴びながらも健気に精進をつづける彼女に星光神様の加護があったのだろうさ。さすが聖女だよ」
「……」
私が黙ったのを反論がない、と考えたのかエドワードは上機嫌で続ける。
「私はそんなマリアを護ってやりたい。もちろん彼女は聖女であり、パリス王子の婚約者だ。だからこそ私は騎士としてこの身も心も彼女に捧げるつもりだ」
エドワードの中では自分は可憐なお姫様に剣を捧げる騎士気取りなのだろう。滑稽なことだ。あのアバズレ女に。
一言言い返してやろうか、と口を開きかけた時。
「エド? ここにいたのね」
来客室のドアが開かれ、話題に上がっていた『聖女』が笑顔を浮かべて立っていた。
背は同世代の令嬢たちと比べても小さいが出るところは出ている。星光神教の礼服である白い法衣を着ていてもその体型はわかるくらいだ。金色のウェーブがかかった髪、濃い紫の瞳はアメジストのように光彩を放っている。実際マリア・コレットという女のことを知らなければその美しさに同性だろうとイチコロでしょうね。
けれど、あの声。
まるで子供のような高い猫なで声は男に甘えるようで、周囲の女性を苛立たせる。
マリアは睨みつける私に目をくれることもなく、エドワードに駆け寄るとその腕を掴み身体をすり寄せた。エドワードは驚き目を丸くしたがすぐにその頬を赤くして女を愛おしそうに見つめた。
あれだ。
男とみればああやってしなをつくるようにその身体に触れる。学院でもそのことを誰かが窘めれば「ごめんなさい。平民の出なので作法に疎くて」と目を潤ませる。そうなるともうすべてはマリアの思うがままだ。まるで注意したものが悪者であるかのように周囲の男たちの視線が剣呑なものとなるのだ。
「んっ」
吐き気のする光景に私は咳払いをした。
そこで女の瞳がぱちくり、とこちらに向いた。どうやら私の存在には気づいていなかったようだ。
「あら? リリィ! リリィね。学院が休暇中領地に帰っていると聞いたけれど会えて嬉しいわ」
この女がマリア・コレット。
見た目だけなら聖女という称号にぴったりな女。しかしその内面は真っ黒。
嬉しいわ、と口にはしているがその目はまったく笑っていない。
「ごきげんようコレット様。お兄様があなたの騎士になると言い出したから理由を聞きに来たのよ」
「そんな他人行儀はよして。確かに学院ではそんなに会話はしたことないけれど、あなたはエドの妹でしょう。それなら他人ではないでしょう?」
「ええ、そうね。他人に変わりはないわね」
マリアはよくわからないことを言って手を差し出してきた。
私は彼女の手を押し返して拒絶した。
「それにパリス殿下の婚約者になったのでしょう。それならば他の殿方にそのような行為は好ましくないですよ」
「あら? そうなのね。ごめんなさい、私そういう貴族のマナーがまだまだ不勉強だから。エドもごめんなさいね」
ほらでた。
マリアの得意技よ。瞬時に顔を伏せて声を震わせている。伏せたその顔はいったいどんな顔をしているのやら。
しかし愚兄はそんなマリアの様子に慌てたようだ。
「い、いやそういったことも含めて学んでいけばいい。愚妹は知っての通り粗野だから気にしないで欲しい」
「ふふっ、本当? エドは優しいのね。ありがとう、大好きよ」
「ところで私に何か用があったのではないか?」
「ええ、ええ。そうなのよ。パリスがあなたを探していたの。執務室で待っているみたいよ」
「そうか。それはありがとう」
エドワードはマリアに優しく微笑むとこちらに向き直った。
「というわけだ。私は殿下のもとにいく。もうこれ以上は話すこともないだろう? では父上によろしく伝えておいてくれ」
エドワードが貴賓室を去っていく。マリアはその後ろ姿に手を振ってからこちらを振り返った。
「あらあら蛮族令嬢様ようこそ王宮へ。領地でチャンバラごっこしてたのではなくて?」
ほらこれがマリア・コレットだ。
女の理想の容姿をした女の敵。




