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02  悪逆令嬢は婚約破棄した兄を投げ飛ばす

「ぐはっ」


 王宮に到着後、早々に兄エドワードを呼び出し待つこと数刻。ようやく訪れたエドワードは領地にいるはずの私を見て怪訝な表情を浮かべた。

 挨拶代わりに私はそんなエドワードを投げ飛ばした。

 貴賓室のテーブルや椅子を倒しながらエドワードは情けない声を出して気絶した。


「リリィお嬢様」


 エドワードが気絶したのを確認して侍女であるワコが責めるような視線を私に向けた。


「エ、エドが貧弱過ぎるのよ。バーンズ家ではこれくらい挨拶でしょう。常識よ」

「それはご主人様や騎士たち、それからお嬢様だけの常識です。兄ぎみには刺激的すぎたようです」

「ふん、まぁいいわ。起きるのを待つことにしましょう。お茶が零れてしまったわ。淹れなおしてちょうだい」

「……かしこまりました」


 ワコはまだ言い足りないのか、ジト目を向けながらも侍女としての仕事に戻った。



「はっ」

「あら、エド目が覚めたのね」


 ワコの淹れたお茶を飲みながら過ごしているとエドワードが目を覚ました。

 後頭部をさすりながら私を恨めし気に睨みつける。


「コブができている。まず令嬢が体術など使うな。それからここは家ではないぞ、エドと呼ぶな」

「あら、体術とは何のことかしらお兄様? 突然気を失われたのでわたくし驚いてしまいましたわ」

「そんなんだから蛮族令嬢などと呼ばれるんだ」

 

 エドワードは呼んではいけない私の社交界での渾名を口にした。


「ふふっ、バーンズ家流の挨拶が足りなかったのかしらね。もう少ししっかりとご挨拶した方がよかったかしら、お・兄・様?」

「ったく、お前というやつは」

「エドに言われたくないわ」

「なんのことだ」

「エミーのことよっ! ここが王都でなければ剣を抜いて問い詰めていたところよ」

「はぁ、学院に通って少しは淑女らしくなったと思ったがまだチャンバラごっこなんかしているのかお前は」

「本当に減らず口がとまらないのね。それで婚約破棄とはどういうことよ。お父様たちだって知らなかったのでしょう」


 テーブルをダン、と叩いた。

 エドワードはやれやれと首を振って紅茶に口をつけた。


「どうせお前のことだからエマ嬢のところにはもう行ったのだろう」

「私の親友よ。当たり前でしょう」

「ならばそこで聞いたのだろう。それ以上に私から話すことはない」

「だから、その真実の愛とかいう世迷言を聞き入れろと?」

 

 茶化すように言うとエドワードの眉間に皺がよった。


「ふん、お前のようなバーンズらしい女にはわかるまいよ。愛よりも剣を振り回すほうが好きなお前にはな」

「それなら、その真実の愛の相手も愛の字のなんたるかも知らないアバズレでしょうに」

「お前っ! マリアを愚弄するのか! 彼女は聖女様だぞ」

「カラスを白鳥などと呼ばないでしょう? カラスはカラス。アバズレはアバズレよ」

「お前のような輩がマリアに対しての中傷を広めているのだ。実際の彼女はただの普通の女の子で、私はそんな彼女に騎士として剣を捧げることを決めた」

「正気? 騎士としてってエドあなた家はどうするのよ」

「それはお前が婿を、は無理だろうから。ジェームズがいるだろう。あいつもお前と同じでバーンズ家らしい脳筋だ、相応しい配役じゃないか」


 ジェームズは私たちの末弟でまだ齢六つだが、剣技を好み家庭教師から逃げ出しては騎士団の練習に混ざって遊んでいるかわいい弟だ。


「まだジェームズは幼いのよ。最短でも十年以上はかかるでしょ」

「あの父上だぞ。十年どころか数十年は現役で剣を振るっているさ」

「そういう問題ではないわ。それに認めたくはないけれど聖女に味方するっていうことは第一王子派にバーンズ家の人間が与することになるのよ。我が家は中立派の筆頭よ」


 現在王国は内政を重視する第一王子派と、外政を重視する第二王子派で次代の王位を巡り静かな政争が起きている。

 優勢なのは間違いなくパリス王子を神輿として担ぐ第一王子派だ。

 そんな中でバーンズ家は中立を保っている。その理由も明白で広大な辺境伯領の両脇、そこを治める第一王子派のメイソン家と第二王子派のクライン家がその理由。

 この時期王位をめぐる政争は実際順当に行けば第一王子派の勝利であり第二王子派と言われていてもその殆どの貴族たちは熱心に第二王子の神輿を担いでいるわけではない。

 問題なのがメイソン家とクライン家。メイソン家はバーンズ家と地続きであり国防の問題を身近に感じているため、外政政策によって隣国を刺激して戦火が上がるのを恐れている。

 クライン家はバーンズ家との間に山脈を抱えており、さらに反対側には港を有していることから商業が盛んで懐も潤っている。そのため諸外国との貿易や、弱小国の属国化などでの経済発展に目をつけいている。

 この両家はかなり今回の政争に熱をあげており、下手を打つと武力や暗殺行為も辞さない。なのでその両家と隣あっており圧倒的武力のバーンズ家がどちらにも組しない中立派として睨みをきかせているのだ。

 それをこの愚兄の真実の愛とやらのせいで無駄になりかねない。


「これはバーンズ家長男としてではなく、ただ一人の男エドワードとしての決断だ」


 何やら決意を込めた目をしているが、そんな御託は貴族の世界には関係がない。


「まったくお話になりませんね。その決断とやらのせいでたくさんの人が迷惑をこうむるって理解しているの?」

「メイソン、クラインの両家のことを言っているのだろうが、その問題ももうすぐ解決する」

「えっ? どういうこと」

「メイソン家は帝国との関係悪化による戦争を恐れ、クライン家は万が一の戦争よりも輸出入による経済発展の利を求めている。ならば帝国との関係を修復すればよいだけだ。そうすれば帝国との間に衝突は起こらないのだから自由に外交政策を行えばいい」

「はっ?」


 まるで当然の摂理を語るように話すエドワード。私ははしたなくも開いた口を塞ぐのを忘れて彼を見ていた。

 もちろんエドワードが話すようなことは不可能だ。

 前回帝国との武力衝突があったのは四年前。原因は帝国のジャルタ島諸国への侵略に端を発した。ジャルタ諸国は帝国、王国とも国交のある海洋の島国国家群でどちらにも味方をしないが敵対はしない、というスタンスをどの国もとっていた。

 そのジャルタ諸国内での小さな紛争。そこに帝国が介入。紛争の解決後は治安維持と復興作業の名目で帝国軍を在中。さらに紛争後の政治的ごたごたを理由に文官まで派遣。後はなし崩し的にジャルタ諸国の大半が帝国の属国へと変わった。

 これは王国にとっては危機的状況であった。

 ジャルタ諸国の地理的立ち位置が海洋上でも王国よりの場所にあるからだ。

 帝国との戦争となった場合、帝国は国境からの陸路とジャルタ諸国を介した海からの挟撃を可能とする。それはなんとしても避けたい。そこで王国からも復興支援として各貴族たちから領軍が派遣され、王宮から文官も派遣されたのだ。

 帝国と王国の加入でジャルタ諸国の国々は完全に帝国派と王国派で二分。ジャルタ諸国内の紛争はあっという間に帝国と王国の戦争へと変わった。

 あくまで支援という名目であったため、大きな全面戦争とはならず結果はいたずらにジャルタ諸国をかき乱すことに終わった。

 一年以上続いた泥沼の戦いに帝国、王国とも軍を引き上げたがジャルタ諸国内の紛争は未だに続いている。どちらも利は得られなかったがどちらかが利を得る結果を防いだ、という結果は得た。

 それが表向きの情報。しかし実際は帝国、王国ともにそれぞれの陣営の国家へ軍事支援は続けている。あわよくば利を得ようと画策し続けているのが実際。

 ある意味で密に代理戦争を続けている両国が関係を修復する? エドワードは何を夢物語を語っているのだろうか。


「そんなことは不可能です」

 

 私が呆れて否定すると、エドワードはそんな私を蔑むように口の端をあげた。


「まったくこれだから戦うことしかしらない奴は。いいか、世の中の大半の人は戦いたくない。好き好んで命のやり取りをする奴はいないんだ」

「それはそうでしょう。しかし施政者が戦場に立つわけではないでしょう。施政者にとって戦争は損得勘定。戦争での損失よりも利が勝か損失を防ぐためならば開戦するでしょう」

「パリス王子は帝国との融和を目指しておられる」


 第一王子であり、エドワードの仕える現在の王位継承者第一位。さらに私の学院での同級でもある。あの優男ならばそんなきれいごとを言うだろう。


「さらにこれはまだ正式な発表はなされていないが、帝国側もそのパリス王子の考えに同調する予定だ」

「そんなバカなこと」

「バカなことではない。現在、帝国の第三皇子であるフレイ皇子がパリス王子を支持すると申し出ている」

「フレイ皇子」


 フレイ皇子は現カイゼル帝の息子で最も次期皇帝に近いと目される人物だ。帝国内での評判はかなり高いらしい。らしい、というのはこのフレイ皇子表舞台には滅多に出てこないのだ。カイゼル帝は英雄帝と呼ばれるほどの武力、知力を備えた皇帝であるのだが英雄色を好むとは言ったもの。正妻、側室合わせて三十余名を娶っているのだ。子供の数はさらにその倍となるのだから呆れたものだ。

 さらにその側室というのが属国や同盟国の王族、貴族の子女たち。故郷のためにと、自身の子供を次代の皇帝にしようと日夜水面下での争いが絶えない。

 そのため暗殺者に狙われることが多く、フレイ皇子は殆ど政治の表舞台には出てこない。


「どこでそんな大物を」

「ふふっ、これもすべてマリアの功績なんだ」


 まるで自分の手柄を自慢するようにエドワードはその名前を口にした。

 あの女の名前を聞くだけで私はげんなりした気持ちになった。

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