02 悪逆令嬢は兄に会いに行く
ダドリー男爵邸を辞して、貴族街を馬車で疾走。目指すは王宮にいるエドワード。
本来なら学院を卒業後は領地に戻って、お父様の補佐をしながら次期領主として学ぶところだというのに。それをあの捻くれ者のエドワードはお父様へ相談もせずに、パリス王子の側近となってしまったのよ。
幼い頃のエドワードを思い返すと、いつも邸宅内の図書室で本を読んでいたわね。
勉強嫌いの私からしたらなんでエドワードは、あんな苦痛を自分からおこなっているのかしら、と不思議だったのだけど、エドワードからしたらどうやら剣術や魔術が苦痛だったらしい。
そんなエドワードに親族や一部の家臣たちは眉を顰めていたわね。
内外の人々がバーンズ辺境伯家に求めるのは力なの。
けれどそうして求められるものと、自分の得手不得手の不一致にエドワードはその性格を拗らせてしまった。
私もある程度そういう人の機微がわかるようになった頃には、もう手遅れ。エドワードは学院に入学してめっきり領地に帰ってくることもなくなって、久々に帰ってきたと思ったら王宮での勤めが決まった、と告げてきたのだから大騒動。
とにかく、文官としての能力は優秀らしいのだが、私たち家族内では問題ばかりの兄である。
馬車は貴族街と王宮を区切る門を通り、王宮区画内。ここは中央に王家の住まう王城、それを囲うように内務、外務、軍務等々の庁舎が建ち並んでいる。さらにはここで働く官員たちの住居が広がている。その中には王城よりも豪勢な装飾の施された教会。
マリアが聖女と認定されたのなら、すでにその居住をこの立派な教会に移しているのだろう。
憎たらしいことよね。
アリストリア王国の領土は大陸内でも帝国に比類するほどの広大さをほこっているの。けれどその領土すべてがアリストリア王家の土地である、というわけでもない。
もともとは複数の有力者たちがそれぞれの土地を支配していたけれど、クルセイヤ山脈の向こう側で帝国が、さらに内海の向こうでは邪神国家が隆興して、それらに対抗するため星光神教を共通項として有力者たちは結束してアリストリア王国を成立したってわけ。
アリストリア家が旗印となったのは当時の星光神教宗主、現代で言う教皇のグェーヌ二世がアリストリア家出身だったから。そんなわけだからアリストリア王家には他家を上回る武力があるわけでも、経済力があったわけでもない。
だからこそアリストリア王家は国をまとめるためにも星光神教への依存を強めている。
星光神教は王国の国教であり、各領地に教会が建設されて民にとっては憩いの場であり、学びの場であり、さらには病気を癒す場として重要な施設となっている。
そのため他の貴族家からすれば武力や経済力でいくら王家を圧倒していようとも、反乱を起こすことはできない。星光神教教徒をすべて敵にしてしまうから。
王宮区画内のこの王城並みに豪勢な教会はそんな王家と教会の関係を示している。
そしてこの絢爛豪華な装いは星光神教の持つ権威も示しているのよ。
私にはそれが気に食わない。
信仰はこの国を確かにひとつにしてくれた。
今日に怯える民が明日を生きる希望を得られた。
しかしその結果がこれだ。
果たして信仰にあの装飾は必要なのか。
眉をしかめている私を乗せた馬車は兄の勤めている法証寮についた。
先に説明したように、この国は数十の地方有力者たちが寄り集まってできた王国。だからもともとその領地で使われていた法律やしきたりがあるの。さらには共通の宗教である星光神教の戒律までもそこに加わっている。
だから争いや問題が起きた時にどの法律を優先すべきかを検証する必要がでてくる。
それを行うのが法証寮ってわけ。
他にもいろいろな仕事があるようだけれど私にはさっぱりわからない。
「お前ひとりで来たのか」
来客室にあらわれたエドワードは、領地にいるはずの私を見て怪訝な表情を浮かべた。
ムカッ。
私は椅子から立ち上がると、カッカッと靴音を鳴らしながらエドワードの前に立つ。その立ち姿からは武家のものとしての威圧感は感じないが、体躯は立派なもので頭ふたつ分は高い。
そして久々に会った兄への挨拶――。
「ぐはっ!」
挨拶代わりに私はエドワードを投げ飛ばしてやったわ。
貴賓室のテーブルや椅子を倒しながらエドワードは情けない声を出して、そして気絶してしまった。
「リリィお嬢様」
エドワードが気絶したのを確認して侍女であるワコが責めるような視線を私に向けてきたけど、私だってまさかここまで綺麗に投げ技が決まるとは思わなかったのよ。貧弱なエドワードにも問題があると思うの。
「エ、エドが貧弱過ぎるのよ。バーンズ家ではこれくらい挨拶でしょう。常識よ」
「それはご主人様や騎士たち、それからお嬢様だけの常識です。エドワード様には刺激的すぎたようです」
「ふん、まぁいいわ。起きるのを待つことにしましょう。お茶が零れてしまったわ。淹れなおしてちょうだい」
「……かしこまりました」
ワコはまだ言い足りないのか、ジト目を向けながらも侍女としての仕事に戻った。
しょうがないわ。
お茶でも飲みながら目を覚ますのをまちましょうか。
思い立って書き直しているものの、私生活が大変なことになっていてなかなか更新できません。間は空きますが更新は続けていきます。




