01 令嬢は親友の婚約破棄を知り駆ける
アリストリア王国歴89年。アリストリア王国バーンズ辺境伯領、領主邸。
夏の始まりを感じさせるような澄んだ抜けるような青空。
そこに不釣り合いな絶叫がテラスから響く。
「嘘でしょっ‼」
どういうこと!? 叫ばずにはいられない。たまには貴族のご令嬢らしく、テラスで優雅にお茶を飲んで過ごしていたの。そんな中、手渡された王都の友人からの手紙。送り主である友人の名前に笑みを零しながら封を開け、手紙を読み進めれば眉間に皺がよるよる。
そして絶叫。
それも当然のことよ。
友人であるエマ・ダドリー伯爵令嬢が婚約破棄された。
ありえないわ。
口をあんぐり開けてエマからの手紙を何度も読み返す。
それからはっと気づいて辺りを見回す。
あっ! よかった。お母様と侍女頭はいないわね。
驚きのあまり大きな声を出してしまったわ。控えていた侍女が咎めるように眉をしかめたがそんなのは無視よ。お母様や侍女頭などはもっと貴族子女らしくお淑やかに、と小言を言ってくるがそんなのは無視。お父様やうちの騎士たちは元気なのが一番と褒めてくれるのでそっちを採用。
とりあえずすべきことはひとつ。
お茶菓子を一気に口に放り込み、紅茶で一気に胃の中に流し込む。
そしてすぐに侍女のワコへ指示を出す。行儀が悪いと眉根を寄せるワコの顔は見なかったことにして、王都へと戻る準備を進めさせる。知らせを聞いた3日後には王都のダドリー伯爵邸を訪れた。
「ありがとう。心配をさせたわよね。ごめんなさい、リリィ」
数日ぶりに再会した友人は駆け付けた私を見て、力なく微笑んだ。
この子は本当に優しい子よね。自分が一番辛いだろうに、私のことを気遣ってくれるなんて。
ダドリー伯爵王都邸にて私はエマと再会の挨拶もそこそこに今回の婚約破棄について尋ねた。
エマ・ダドリー伯爵令嬢。
学園での友人であり、私リリィ・バーンズの兄エドワードの婚約者。いいえ、今は婚約者であったと言うべきかしら。
赤茶色の髪はボサボサになり、目元も泣きはらしたせいか赤く腫れていた。普段のエマは身だしなみにも気を遣い、ガサツな私とは違い礼儀作法もしっかりとしている令嬢らしい令嬢だ。
一昨年、私の兄エドワード・バーンズとの婚約も決まり再来年の学院の卒業と同時に嫁いでくる予定であった。心優しい親友にして、未来の義姉。私はそんな近い未来を楽しみにしていたのに。
「エドは? 兄は一体何をしているのよ」
エドワードは昨年学院を卒業して、現在学院に在籍しているパリス第一王子の側近として、王都に勤めている。
武勲を誇りとする私たちバーンズ家において、文官としての手腕に優れるエドワードの評価は芳しくなく、そのためにも先の帝国との戦争で武功をあげたダドリー家との婚姻には、エドワードの家督相続に難色を示す親族たちを黙らせる意味もあったのだけれど。
だというのに!
そのダドリー家との婚約を解消。さらにお父様にもその話をせずに独断で、よ。元来より、エドワードは私たち家族と距離を取っていて、文官として働いているのもお父様への相談もなく自分で殿下に能力を売り込んだ結果なのだ。
このことからも分かる通りエドワードは気難しくて拗らせた性格をした面倒くさい兄なの。
今頃今回のことがお父様たちの耳にも届いていることだろう。私はエマから直接文を貰い急いで王都に戻ったのだ。
もちろん王都に行くことを告げたら引き留められるのは明白なので、書き置きと執事のアーヴェルに言付けを残して、脱兎の如く飛び出してきたわ。
「それでなんだったかしら、その真実の?」
「真実の愛を見つけたから、と」
「……」
さらにその兄の婚約破棄の理由が真実の愛を見つけた、ときたわ。
意味がわからない。
「マリア・コレット男爵令嬢のことよね」
「ええ、あのマリアよ」
「殿方はみな馬鹿ばかりなのかしら。あんな淫靡なアバズレに」
「リリィ、言葉が汚いわ」
マリア・コレット男爵令嬢。
平民の出自ながら、魔法を使えるためコレット男爵家に養子として引き取られた少女。本当に平民の出なのかと疑いたくなるような見目麗しさを持ち、気品溢れるその姿に殿方はこぞって群がったわ。
その中身も気品にあふれる少女であるならばよかったのだが、天は二物を与えず、中身は肥溜めの方がマシと言いたくなるようなアバズレだったの。
まさか愚兄がそのアバズレに引っかかるような馬鹿のひとりだったとは。
「いいのよ。事実でしょう。汚いものはどんなに言葉で覆っても汚さを隠すことはできないわ」
「そうではなくて、彼女聖女認定されたのよ。だから滅多なことを言えば不敬罪に問われてしまうわ」
「聖女ですって!!」
私はあまりのことに驚きテーブルを叩いて立ち上がる。
「どういうことよ。そこまでの力があの女にはあると言うの?」
聖女認定とは、この国の貴族女性から一人だけ選ばれる栄誉あるものであり、星光神様の御子として国王にも並ぶ権力を有する。
もちろん選ばれるためには魔術、知力、精神性ともに高いものを有する必要があり、ここ五十年ほどは聖女不在。それほどに高貴な存在。さらには。
「それに聖女と言ったら」
「ええ、そのとおりよリリィ」
エマは窓からみえる王宮をその泣き腫らした瞳で見つめた。
「第一王子との婚約が決まったらしいわ」
「ということはルイーゼ様も」
「……婚約破棄よ」
決まりではないが歴代の聖女は王妃となって国を導いている。どうやらすでに王宮もその前例通り動いているようだ。
私は学院でもお世話になったルイーゼ・アーガム公爵令嬢の顔を思い返した。
兄のエドワードと同級であり、昨年学院を卒院された。先代の王弟が臣籍降下し、アーガム公爵家を興された。ルイーゼ様はそのご令嬢であり、少し気位の高いところもあって位の低いご令嬢からは陰口も言われてはいたが誰もが認める優秀な方。
「だから滅多なことを言ってはだめよ。今のマリア様は聖女にして未来の国母様なのだから」
「……っ」
私は下唇を噛む。
幼い頃からの悪癖だ。苛立たしい事があった時にそうしてしまう。この癖には私に甘い父からも注意されるが堪らえようもない。というか堪える必要ないわよね。
「とにかく、エドだわ! あの愚兄に真意を問いただしてくる! エミー」
力強く拳を掲げた。そして弱った友人を抱きしめる。
もともと細身の友人は、食事も喉を通らないのかより細くなったように思えた。
その様子が実に悔しい。
この優しい友人がこんな屈辱に涙を濡らさなくてはいけないなんて!
「エミー、婚約がなくなったとしても私は変わらぬ友情を貴方に」
「ええ、ありがとうリリィ。変わらぬ友情を貴方に」
細い腕が私の腰を抱き返してくれた。
えぇ、本当に優しく、あたたかい私のお友達。
少しの罪悪感を胸に感じながら、男爵邸を後にした。
私はその足で王宮にいるであう兄エドワードのもとへ向かった。




