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令和2年全国高校総体剣道女子団体決勝戦【中堅編開始】  作者: 目黒市
先鋒編

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37 令和2年先鋒戦

本日2話目の更新です。

「それを待っていました!」


 林道の小手が春風の胴胸に触れようとした。

 その瞬間、春風は目を瞑った。

 暗闇が春風の世界に広がる。

 林道の姿は見えない。けれど胴胸に林道の小手が触れた瞬間、その場所を春風は把握する。


 春風の『超共感覚』はその常人とは違う視覚によってもたらされる。よってその視覚を閉ざしたことで力はオフとなった。

 対して林道の『無形の一撃』は自身の放つ強烈な殺気を相手に強制的に感知させる技だ。

 常時であれば、林道は春風にとって相性が最悪の組み合わせだった。

 しかし今、春風は目を瞑っていた。彼女にとって相手を感知するのに一番の情報量を割いている視覚を閉ざしているのだ。いくら『無形の一撃』が人間の感知機能に対しての攻撃であっても、それは今の春風に対して必殺の一撃にはなりえなかった。


 春風の引き面が『無形の一撃』を放とうとした林道を狙う。


「ちぃいい」

 


 一本先取したことが春風に若干の緩みを生んでいたのかもしれない。もしくは林道の反射神経が素晴らしかったのか。

 林道は間一髪、春風の面を首を傾げることで避けた。

 そのまま面布団で打突を受け止め、すぐさま面を打ち終わり空いた春風の胴に体当たりする。

 小柄な林道。素早く春風の懐に潜り込み下から担ぎ上げるように身体をぶつけた。


「きゃっ」


 春風はバランスを崩して倒れた。

 そこにすかさず林道が追い打ちをかける。


「……」


 倒れた春風の面を狙った鋭い打撃。しかし最強林道も一本先取されて焦ったのかその打撃は逸れてしまい、春風の側頭部を叩くに終わった。


「やめっ」


 主審が中断させ、春風に立つよう促す。


「はやく立ち上がって」

「え、あっはい」


 一瞬呆けていた春風は再度の注意で立ち上がる。

 その様子を見ていた林道の口元に獰猛な笑みが浮かぶ。

 

「はじめっ」


 主審が再開を告げる。

 

 春風には戸惑いの表情が浮かんでいた。

 その表情に林道は勝利を確信した。


「そういうことだったか」


 林道はひとり呟く。

 春風になぜ自分の『無形の一撃』が効かなかったのか。それは彼女が目を瞑っていたからだ。

 理解に特化した彼女を、自分自身で理解から程遠い場所に置いていたのだ。

 だがそれならばどうやって春風は一本目の有効打を奪えたのか?

 ちらり、と林道は横目で百葉創英高校側のメンバーを見る。

 変わらず騒々しく春風へ声援を送っている。


 あれが春風の道標か。


 林道はすぐに察した。

 春風は目を瞑り視覚を絶った代わりとして仲間からの声を頼りに、林道の動きを把握していたのだろう。


「小賢しい」


 やはりこの春風は苛立たしい。林道は唇を噛む。

 林道にとって戦いとはどちらが相手を蹂躙できるかの勝負。

 より強い意思によって、相手の意思を喰らい圧し潰すもの。

 それが自然。

 それが生物。


「だが、知っているか? 本当の暗闇っていうのは静かなんだよ」

「……」


 春風は苦い顔をする。

 去年の夏。合宿から春風は目隠しをしての稽古を続けてきた。

 そうすることで、春風の持つ『超共感覚』を使用することはできなくなるが、林道の放つ気の影響を受けなくなった。

 最初は動くことすら覚束なかった。

 視覚を頼りにしてきた春風にとって恐怖も大きかった。しかし、ある時を境に春風はその一歩を踏み出すことができた。


 それは仲間たちの声だった。


 暗いくらい闇の中に春風は1人でいる。

 音が耳に入る。

 対戦相手の足さばき。竹刀の音。

 そんな音が春風を惑わすように暗闇の中で存在感を発する。

 さらには自分の肌が何かの気配を感じとる。

 見えぬ恐怖と、感じる恐怖が春風を襲っていた。

 しかし春風はその恐怖の中で1つの光を感じた。


 声。

 春風が何度となく聞いてきた声が暗闇の中で光の像を形作っていた。

 工藤、松笛、秋山、そして市川の声が春風の中で別の世界を彩った。


 エコーロケーション。

 反響定位とも呼ばれる特定の生物が自身の出す音とその反射を利用して周囲の環境を把握する能力。蝙蝠やイルカなどの動物が用いる感覚である。しかし人間にもそれに似た能力を訓練によって習得することは可能であり、聴覚情報は視覚情報に並ぶ情報を有するとも言われている。

 それに似た能力が春風の中で開花を迎えていた。

 工藤たちの声が暗闇の中で波紋を起こす。

 いくつもの波紋が暗闇の中に円を描いて広がっていく。

 その波紋の中に影が浮かび上がる。

 まるで月明りが夜の闇夜を薄く照らすように林道の姿を春風の中に形作る。

 

 

 それは春風が望んだ能力ではない。

 しかし人類の誕生から数百万年。

 積み上げてきた歴史と進化は人類をもう1つ上の段階へと引き上げようとしていた。

 それがたまたま春風だった。

 

 大いなるものから切り離された、いや自ら離れた人間は孤独に陥った。

 自分たちで作り上げた虚像を奉り。その虚構で大いなるものへの回帰を図ろうともした。

 繋がりを求めて様々な方法を人間は作り上げ、裏切られた。


 それでも人間は繋がろうとした。

 そんな歴史の中で人間は遂に進化の一歩を踏み出し始めた。


「そんなものは認めない」


 林道はその進化を前に苛立ちを隠そうとしない。

 春風がこの地球における新しい秩序となる進化ならば、林道のそれは旧世における秩序であろう。

 分かり合うのではなくわからせる。知るのではなくしらしめる。

 林道という個体のみが繋がる大いなるものの怒りが、憎しみが春風を否定する。


「どうだ静寂は」

「……っ」


 林道の最後の打撃によって春風の右の鼓膜は破れていた。

 耳鳴りが続いている。音がうまく拾えない。

 先まで暗闇に共鳴していた波紋が乱れてしまっている。


 しかし目を開けるわけにはいかない。


 春風の頬を汗が伝う。

 目を開ければ林道の『無形の一撃』が春風を襲う。かといって開けないでいればただの棒立ち、打たれてしまうにきまっている。

 

 原初の闇夜が春風を覆った。

 その闇の向こうで獣が獲物を狙い舌なめずりをする。

 


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