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令和2年全国高校総体剣道女子団体決勝戦【転生悪逆令嬢VS侍少女編を連載中】  作者: 目黒市
先鋒編

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35 春風の令和2年先鋒戦

本日2話目です。

「よし全員そろったな」


 夜の武道場はいつもと違う雰囲気だった。

 窓の向こう側は真っ暗で、校舎や校庭も静寂に包まれていた。


「そしたらこれから夜練を始めるぞ。準備運動と軽い打ち込みは各自で行え。それから」


 工藤はヨウコに視線を向けた。


「春風」

「は、はい」

「この夜練は林道対策の特訓だ。気を抜いたら怪我する恐れもあるから気合いれろよ」


 いつになく真剣な声色にヨウコは息をのんだ。

 打ち込みで身体を温めた。

 まだ胃の中のカレーで重く感じるが、状態は悪くない。日中の稽古がハードだった分、無駄な力が入らずスムーズに動くようにすら感じた。


「よし、集まれっ!」


 打ち込みを止めると火照った空気が面の中に充満した。それを外に押し出すように息を吐くと、ヨウコは工藤の下に向かった。

 

「さっきも言ったが、この夜練は春風の錬成を兼ねたもんだ。だが、かなり危ねぇ。気を抜くと大怪我になりかねない。各自集中しろよ」


 工藤の注意に各自が頷いて応えた。

 ヨウコの脳裏に今までの特訓が駆け巡った。どれもロクでもないものだった。不良に喧嘩を売ったり、変態ばかりいる公園、そんなことから始まって茶色でカサカサ動くあの虫が大量にいる部屋に閉じ込められたこともあった。去年の夏には部員でプールに遊びへ行って下着を隠されて1日中恥ずかしい思いをしたことも。

 思い返すだけで嫌な汗が流れた。

 しかし先ほどからの工藤の様子。今までのどれとも違い真剣で、ヨウコは緊張から息が詰まるのを感じた。


「これからやるのは暗闇稽古だ。市川、道場の明りを消せ」

「はい」


 道場を暗闇が侵食した。

 月明りで窓際だけが淡い紺色で、暗闇の道場との濃淡ができていた。

 ヨウコはその境を頼り徐々に目を暗闇に慣らしていった。


「オレ達は目からの情報に頼っている。特に春風はその力もあって視覚が強さの根幹だ」

「なるほど、だから視界から得られる情報を極力絞って、音や気配での戦い方を身につけようってことですね。クドーさんにしてはよく考えましたね」


 市川が感心したような声を出した。

 

「うるせぇ。確かに市川の言う通りではあるが、この練習の狙いはそれだけじゃない。とにかく始めるぞ。春風準備しろお前が元立ちだ。総当たりで行くぞ」

「うげっ」

「あぁん、不満か? 2週するか」

「充分です。満足です」


 稽古の内容は試合形式での地稽古。春風は固定で他の4人と5分交代で稽古していく。


「最初は秋山からだ」

「……わくわく」


 面金の奥のブルーサファイアが怪しく光ったようにヨウコには見えた。


「はじめっ」


 工藤の掛け声とともに稽古がはじまった。

 さっ、と秋山がバックステップでヨウコから距離をとった。

 窓から離れて、暗闇が濃い部分にその姿を潜り込ませたのだ。ヨウコからは秋山の姿が消えたように見えた。その逆に秋山からは窓を背にしたヨウコの姿は月明りの中に浮かび上がってくっきりと見えていた。

 立ち合い始めた瞬間に場所的有利を見抜いた秋山は流石と言えた。

 

「見えてるよ、リリさん」


 それでもヨウコの目は秋山の感情を捉えた。

 自分でもどういう理屈かはわからない。おそらくは空気の動きをこの目は捉えているのかもしれない。そこから秋山の像をかたどり、さらには呼吸の流れ、些細な動きを予想。その結果として秋山の感情を物体として処理している、と言った感じか。


「そこっ」


 秋山から打ち気が出た。小柄ながらに秋山の足腰は強く、遠間からでも鋭い打ち込みを可能にしていた。ヨウコは普段しているように相手から打ち気の感情が出た瞬間、未だその筋肉に電気信号が走るよりも先に出鼻を叩くために打ち込む。

 

 打ち込むつもりだった。

 

 しかしその足は床に張り付いたように動かなかった。


「貰い」


 そんな隙を見逃すような秋山ではなかった。

 秋山の飛び込み面がヨウコの面を叩く。

 試合ではないので、中断されることもなく稽古は続いた。面を決めた秋山は残心を取りながら、素早く暗闇に潜り込んだ。

 

 結局秋山との稽古でヨウコは感情の形は見えても暗闇の中に飛び込むことができなかった。

 タイムウォッチがアラーム音で5分の経過を告げた。

 何本打ち込まれたかはわからない。

 こんなに滅多打ちにされたのはヨウコにも初めての経験だった。慣れない防戦にヨウコは1人目だというのに大粒の汗を流し、肩で息をしていた。


「……ほくほく」


 対照的に秋山は普段やられてばかりのヨウコから面白いように有効打を取れたのが楽しかったのか、スキップするように下がっていった。


「次は私ですね。よろしくお願いします」


 市川が竹刀を構えた。


「よ、よろしくぅ」



 そうして全員と稽古を終えた頃、ヨウコは道場の床に倒れて息も絶え絶えになっていた。


「ったく、ビビりすぎなんだよ。馬鹿」


 そんなヨウコの前に工藤がしゃがみこんだ。


「お前はなんでも見えてきた。他人の感情、その感情からくる行動。だからお前はわからないもの、見えないもの、ことを恐れているんだよ」

「そ、そんなの誰でも一緒じゃないですか」


 掠れた声で反論した。しかし、それも工藤は一蹴した。


「一緒じゃない。見えないからオレ達は踏み込めるんだ。知りたい、わかりたい、と思うから勇気を持って踏み込むんだ。最初からわかってしまうお前に一番足りないのがその踏み込む勇気だ」

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