32 春風の令和2年先鋒戦
「怖かったよぉお」
なんとか公園の入り口まで戻ってきたヨウコ。
工藤に手渡されたオレンジジュースを飲み干すとその場にしゃがみこんだ。
「おっさんの粗末なもん見せられて、お前の粗末なもん見られちまっただけだろ」
「うわああああああん」
「ここは通称変態公園。暖かくなると露出狂、盗撮、のぞき、その他もろもろの変態が集う場所だ。毎年春から初夏にかけて何も知らない百葉創英高校の女子生徒が被害に遭っている。まぁ、夜遅く通るのは部活やっている生徒だし、ほとんどは先輩が注意してくれるから被害は0に近いんだがな。それでも奴ら変態は0.1パーセントの可能性にかけてスタンバイしている」
「……最低」
ヨウコの冷たい眼差しに流石の工藤も気まずかったのか。
「まぁ、紫蛇の感情がどんな感情かわかってよかったじゃねぇか」
とフォローにならないことを言った。
「知りたくなかったあああああ」
そこで気づかなくていいことにヨウコは気づいてしまった。
「あれ、ん。クラスの」
学校でもクラスの男子たちから稀に紫色の蛇が発せられていた。
「いやああああ」
気持ち悪く感じて鳥肌が立った。
「ふはははっ。思春期の男なんて猿なんだから許してやれよ」
「うぅ、お嫁にいけない」
「なんだそりゃ」
工藤は不思議な生き物を見つけたような目をヨウコに向けた。
「私の将来の夢です。素敵なお嫁さん。私の力があれば相手の望むことだって汲み取ってあげられるし、大好きだって気持ちだって言葉にしなくたって伝わるもの。そうなったらきっと寂しく、孤独には感じないから」
「はぁ? お前孤独じゃないだろう」
「孤独です。だって私は皆の感情もわかる。なのに私のことは誰にもわからないし、私の見える世界を誰もわかってくれない」
ヨウコは感じ続けてきたことを吐露した。
ヨウコの瞳に映るこの世界を本当に共有できる人はいない。綺麗だと思う感情を誰も綺麗と思ってくれない。恐怖を感じた林道の感情をわかってくれる人はいない。
だからいつかそんなヨウコを愛してくれる人が現れて、その人の大好きという感情だけがこの瞳の世界に映るならば、きっとその感情の形が私を孤独から救ってくれるはずだ、とヨウコは信じていた。
「……がいるだろ」
「え?」
工藤の言葉は掠れてよく聞き取れなかった。
視線を工藤に向けるが、彼女は月を見ているのかその表情は見えない。
「オレや松笛、秋山がいるだろって言ったんだよ」
照れているのか珍しく顔を赤くしているのが薄暗い中でもよくわかった。
けれどヨウコは気持ちが満たされるのを感じた。
友達は今までもたくさんいた。親友と呼べる子もいた。けれど、このまだ出会って数カ月の工藤や松笛、秋山は違った。友人とは違う。他人でもない。
その関係を言葉で表すならばそれはきっと。
仲間。
なのかもしれない。
小学、中学の時もヨウコは剣道をしていて仲間を感じたことはなかった。
どうせ春風だから。春風なら。春風だもん。
そんな言葉や感情が常にあった。しかし今は違った。
目の前の工藤はヨウコのことを天才だから、という言葉で片づけない。乱暴にだが、それでも工藤はヨウコのことを常に見てくれていた。
ヨウコは感じたことのない暖かな感情が自分の内側にあるのを感じた。
けれど、自分の感情は見えない。
見えたとしたらそれはどんな形をしているのだろうか。
とても嬉しく感じられた。
「そんな長かった?」
「うるせぇ。っていうかお嫁さんお嫁さんって、お前誰かと付き合ったり好きになった経験あんのかよ」
「そ、それはないですけどぉ。きっと素敵な感情の形をしていると思います」
「……」
何かを考えこむような間の後、工藤がヨウコに問いかけた。
「お前、今オレの感情の形見えてんのか?」
「え、あ、はい。ニナさんはいつも通り金色のミミズですね」
「なぁ、その金色のミミズってなんだよ」
「さぁ? ですけどニナさんが私に向けてる感情なんてきっとロクでもないものですよ」
「……」
「ニナさんとはまだ数カ月の付き合いですけど、私にだってわかりますよ。馬鹿、とか思ってるんでしょ」
「はぁー」
工藤は溜息をついて本当にこいつは、と何やら呟いてからヨウコの頭を軽く叩いた。
「当たりだ馬鹿風。ほら、次の特訓行くぞ」
「ま、まだあるんですか!」
「林道に勝ってもらわないと困るんだ。まだ2年、いやたった2年しかないんだぞ。お前のお子様馬鹿糞雑魚メンタルを鍛えなおしてやるから覚悟しろ」
ヨウコと工藤は並んで明るい方へと歩き出した。
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