30 春風の令和2年先鋒戦
ヨウコたち百葉創英高校剣道部が動き出して2ヶ月。
学校前の桜並木はすっかり衣替えをしていた。
武道場では2人組で柔軟体操をしていた。
「ニナさん、聞きたいことがあるんですけど」
「ん?」
ヨウコは工藤の背中を押しながら問いかけた。
「私たち試合には出ないんですか?」
今月の末にはインターハイの地区ブロック予選が開かれる。
全国大会優勝を目指すという工藤の言葉が本気ならばまず出場すべき大会だろう。
「そうだよね。それどころか対外試合一切してないよね」
横で秋山と組んでいた松笛が口を挟んだ。
「戦いたい」
秋山が口を尖らせた。
「だぁー。うるせぇな! 言っておくがオレたちは3年の夏まで対外試合はしない」
「「「え?」」」
工藤の言葉に3人は目を白黒させた。
「3年の夏ですか」
「何か理由はあるの?」
「……長い」
「いいか。オレは全国大会優勝が目標だ。そのためには越えなければならない壁が多い」
「人数が足りないね」
「それは来年オレの後輩が入る」
「……顧問」
「オレがいる」
「ええっと、ええっと」
「思いつかないなら黙ってろ」
松笛、秋山と発言していくので次は自分か、とヨウコも何か出そうとするが全く思いつかなかった。
「六道学園だ」
「六道学園?」
聞いたことのない学校の名前にヨウコは首を傾げた。
すると工藤だけではなく松笛や秋山までヨウコを信じられない、と言った顔で振り返った。
「六道学園は現在インターハイ4連覇中でお前の大好きな林道が入学した学校だ。ちなみにお前が本当なら進学していた東亜大付属高校は去年全国ベスト16だった」
「……そんなに強いんだ」
「強いなんてもんじゃねぇ。以前は14連覇も達成している。剣道の勝負は時の運だが、運だけでは六道には勝てない」
「ニナちゃんの言う通りだね。六道学園は強いよ。林道選手だけじゃない。他にも全国で名を馳せた選手が多数在籍しているよ」
「異常」
松笛と秋山も六道に思うところがあるのか苦い顔をしていた。
「松笛と秋山も六道に戦いたい相手がいるんだよ」
ヨウコの視線に気づいたのか工藤がニヤリ、と笑った。
「そうだよな。お前ら」
「ん? そうだね。気になる相手はいるね」
「うん」
とにかくだ、と工藤は口を開いた。
「六道を倒さないと全国優勝はできない。正直、オレ達だけで地区ブロック、県大会と勝ち抜くことは現段階でできる。それだけのメンバーだ」
「ニナちゃんすごい自信だね」
「はっ。松笛、お前だってそう思ってんだろ」
「まぁね。ヨウコちゃんはともかく、リリちゃんも高校生レベルは超えているよね」
「オレも、な」
「そうだね、ニナちゃんも強い」
「オレ達は強い。しかし六道はそれ以上に強い。まず現レギュラーである3年生たちには経験値も含めすべて足りない。そいつらが卒業しても林道やら強敵揃いだ。というか林道に勝てる奴がいない」
林道の名前にヨウコは冷や汗が流れた。
「おい、臆病風に吹かれてるんじゃあねぇぞ」
「いたっ」
工藤がヨウコの頭を叩いた。
「今は、だ」
「?」
「いいか、今は勝てない。だけれど林道に勝てるとすればそれはお前だ。春風」
「私が」
「そう。お前。お前なら勝てる。その算段もある。けれど今すぐには無理だ」
松笛が首を傾げた。
「それにしても試合に出て得られるものだってあるのだし、出て損することはないんじゃないかな」
「戦いたい」
その提案に秋山も頷いた。見かけによらず好戦的なんだよなぁ、とヨウコは鼻息荒く目を輝かせる秋山に苦笑した。
「損しかないんだよ。まず秋山と松笛の強さは対初見用だからってのもある」
「そんなことない」
口を尖らせて秋山は不貞腐れた。
「嘘つけ。対応されたから中学最後の大会で負けたんだろ」
「……」
「それからお前だ。春風」
「私?」
「お前……」
工藤にしては少し言いにくそうな間があってから言葉をつづけた。
「今、林道と戦って勝てるか?」
「その、それは、難しい、です」
林道の殺気を思い返しヨウコは言葉に詰まった。
「負けたらどうする?」
「……」
工藤の言いたいことはわかった。
ヨウコはあの4年前の戦いから何も変わっていない。けれど林道はあれからも強くなっていたのだろう。勝てる可能性は0だ。それにあの殺気。あの林道の技。
きっと自分はもう立ち直れないかもしれない。
今でも思い返すだけで手が震えていた。
「そういうわけだ」
一度しか言わないぞ、と工藤はヨウコを真っすぐ見つめた。
「お前が潰れたら百葉創英高校の優勝できる可能性は消える。お前は本物の天才だ。だからお前がうちの部には必要なんだ。潰れられたら困るんだよ」
「ニナさん」
「ちっ。だから絶対に勝てる自信を持てるまで試合には出場しない。わかったか!」
そう言い放つと工藤は顔を背けて柔軟に戻った。
「ニナちゃん、実はヨウコちゃんのファンなんだよ」
「ふぇ?」
松笛が声を潜めて言った。
「私はニナちゃんと地元が同じだからね。ヨウコちゃんが全中優勝した時の試合をニナちゃん繰り返し見ていたんだよ。それで2年生の時に個人戦のメンバーとして出場できた時は全国で戦うんだって張り切っていたよ」
「……そうなんだ」
「2年の時のニナちゃんは地区予選で敗退しちゃったからどちらにしろ戦えなかっただろうけどね。それで高校の部員集めでも絶対にヨウコちゃんを連れ出すって何度も言ってたんだ」
ヨウコの胸にあたたかいものがこみ上げた。
誰かに期待される、というのはやっぱり悪くないかもしれない、とヨウコは工藤の背中を押す腕に力が入った。
「いたったたっ! 馬鹿春風! 腰が折れる!」
バシン、と工藤はヨウコの頭を勢いよく叩いた。
「でもニナちゃん。そこまで言うってことは林道選手に勝つための秘策でもあるのかな?」
「当たり前だ。無駄な時間だけ過ごしたって以前と同じことの繰り返し、いやより悲惨なことになるぞ。馬鹿風にはオレ考案の特別訓練をこれからはやってもらう」
そう言って悪そうな笑みを工藤は浮かべた。
ヨウコの背中を嫌な汗が浮かんだ。
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