02 林道ユウカについて椚の証言
可能な限りは連日投稿していきます。基本は週1〜2回です。誤字、矛盾、その他おかしなところがあればご指摘いただけると幸いです。
県立K総合病院。
少女が保護後に搬送された病院である。
診断としては擦り傷などはあるが目立った外傷もなく、栄養失調ぐらいで、1週間ほどの検査入院で済むこととなった。
問題はこの山奥で保護された少女が誰であるか、だった。
病院で勤務していた看護師、椚氏は当時をこう語った。
「気味悪い女の子だったわ。全く喋らないし、表情1つ変えないで無表情。それにあの目よ。夜勤で病室の見回りをしていると、暗い病室の中であの鋭い目がこちらをうかがっているのがわかるの。他の看護師や先生たちも気味が悪いって嫌がっていたわ」
少女は言葉を話さなかった。
脳の検査も行われたが異常はなし。
さらにこちらからの問いかけを理解しているような行動をとっていたので、言語能力にも問題はないと思えた。
そんな少女の正体が判明したのは、入院から数日経ってからだった。
少女が発見された後に山中では少女が生活していたと思われる山小屋が見つけられた。
文化的な生活からほど遠いただ雨風を凌ぐためだけの簡易的な寝床といった風情。そこに大人の男性のものと思われる衣服が一式綺麗に折り畳まれていた。
そして小屋の裏には石を積み重ねたお墓のようなものを発見。そこを掘り返したところ男性の遺体。
遺品から男性は都内で会社員をしていた林道タカユキ氏であることが判明。
6年前に妻である林道ミナコを亡くして職を辞すと娘であるユウカを連れて故郷のK県に帰郷していた。
帰郷後は親族にも顔を見せることはなく、契約していた部屋もわずか半年ほどで退去してしまっていた。
彼は娘のユウカを連れてこの山奥の小屋で自給自足の生活を行い、彼の死後娘のユウカは1人で生活を続けていた。
遺体の状態から死後5年以上が経過しており、ユウカは6歳で父を失い1人山奥で生活をしていたことになる。
必然的にこの正体不明の少女は1人残された娘のユウカであることは明白だった。
「そんなことが分かれば、それは同情的な気持ちも湧きますよ。でもねそれ以上にあの子は不気味だったのよ」
椚氏はユウカの入院中のエピソードを語った。
当たり前であるがユウカには個室が用意されており、食事や診察のために定期的に看護師や医師が病室を訪れた。
いつ寝ているのか疑問に思うほどに、夜間に訪れた際にもユウカは必ずこちらをじっと黙ってうかがっていた。
ある時椚氏が朝食の配膳をしにいった。
病室のベットではユウカが上体を起こしていた。
「さぁ、朝食よ。しっかり食べて栄養をとってね」
ベットに備え付けられたテーブルへ朝食の乗ったトレイを置いて、ユウカに話しかける。
もちろん彼女からの返事はない。
しかし聞こえているのは確かでユウカは微かに頷いていた。
入院している患者はユウカ1人だけではない。他にも患者はいるし、中には食事補助も必要な患者だっている。またくるわね、と声をかけて椚氏は病室を、後にしようとした。
カラン。
床に何か落ちる音がした。見るとベット脇にスプーンが落ちていた。どうやらユウカが落としてしまったらしい。
咄嗟に椚氏はそのスプーンを拾おうベットの脇にしゃがみこんだ。
その瞬間であった。
椚氏は全身に悪寒が走るのを感じた。
視線をあげた先にナニカがいる。おそらく人が文明を築いてからは感じることがなかったであろう、本能的な恐怖。
弱肉強食の世界で生きる野生動物が捕食者にであった際の本能的な恐怖。
少しでも動けば自分は食べられる。
一刻も早く逃げ出したい。
そんな本能的な恐怖が椚氏の身の内から生じた。
けれども残った僅かな理性がそんな馬鹿なことはない。顔を上げた先にはあの無表情な少女がいるだけだ、と訴えかける。
夏場だというのに、まるで真冬のように身体が震える。そんな恐怖を振り払うように思い切って顔を上げた。
「……」
少女が黙ってこちらを見つめていた。
「あ、新しいの持ってくるわね」
椚氏は逃げるように病室を飛び出した、と言う。
「あの子の目。あの目は忘れられないわ。私だけじゃなくて他の看護師も何人か同じような経験をしたらしいわ」
語り終えた椚氏は思い返して身震いをしていた。
入院中に林道タカユキの親戚に連絡が行われた。タカユキの兄夫婦がユウカを引き取る、と名乗り出てユウカは退院していった。
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