27 春風の令和2年先鋒戦
――あなたは本当に怖いヒト。
春風ヨウコは面金越しに林道の姿を見つめる。
審判の開始の合図とともに林道は間合いを外しスタンスを広くとり、竹刀を下段に構えた。
4年前初めて戦った時と同じ試合展開。
ヨウコは目の前の林道から放たれる殺気をその目に映す。
真っ赤な薔薇。
ヨウコは所謂天才だった。
人の感情や、考えていることが手に取るようにわかった。幼いころはそれが異常なことだとはわからなかったが、小学生になったあたりでそれが自分だけのギフトであることを知った。
その時は優越感や、自分は特別なんだ、という万能感を感じもした。
けれどすぐに寂しさを覚えた。
孤独を感じたのだ。
ヨウコをとてつもない孤独が襲った。
自分の生きる世界は誰とも共有できない。理解してもらえない。普通ではない。
こんなにも私はあなたを理解している。なのに誰も私を理解できない。
それは何もヨウコの思い込みというわけではなかった。
いつからだろうか。
明確に感じたのは中学1年の夏だろうか。
剣道の全国大会で優勝した後からだ。
ヨウコを見る周囲の人々に、畏怖や嫉妬、その他にも様々な否定的な感情が宿るようになった。
人々はそれを隠しているようだが、ヨウコの目にはそれがありありと映った。
社会はヨウコを奇異なるものとして否定し始めたように変容し始めたのだった。
「春風、私の分も頑張ってよね。応援しているから」
そう言ってヨウコの背中を叩く先輩の感情は憎しみに燃えている。
「次は絶対に負けないからね」
そう言ってヨウコに再戦を誓うライバルたちの感情は諦観を抱えていた。
中学2年の春を迎える頃。
試合場には白と黄色の花が咲き誇っていた。
それらは諦め、畏怖の感情。
ヨウコは剣を置きかけていた。
別に剣道が特別好きなわけではなかった。
ただ自分が活躍すれば両親や、友人たちが喜んでくれた。それが嬉しくて続けただけにすぎない。その目的が大切なだけで、手段はなんでもよかった。
そんな中で夏に林道ユウカと出会った。
白と黄色以外の色を試合場で見たのは初めてだった。
真っ赤な薔薇。
その意味するところはわからなかった。
相手は先日の団体戦で主将の岬と戦った選手だ。
支部大会で東亜中に唯一傷をつけた選手。おそらくはヨウコにも勝ってやるという闘志の色だろう、と最初は考えた。
しかしそれが勘違いであったことは竹刀を構えてすぐにわかった。
とても小柄で下級生かと見間違えるような相手。
その相手は面金の向こうから恐ろしいほどの気魄をヨウコに向けていた。真っ赤な薔薇はそのツタをヨウコに絡め絞め殺そうとするように伸びてきた。
そこでヨウコは気づいた。
ユウカは異常だということに。
今までヨウコは感情が見えていた。
けれどユウカのソレは違った。
感情の押し付けだった。
ユウカは他人に感情を押し付けている。
それが先日岬の動きを鈍らせた。
戸惑いを覚えた。
相手の感情を読むことで優位に試合を運んできた。けれど目の前の相手は感情を押し付けてくる。ならば自分が見えている情報を頼りにしていいのか。
その戸惑いから打ちあぐねていると、審判が中断、ヨウコとユウカにそれぞれ反則を与えた。
審判が注意を与えている中、一息ついたヨウコは改めてユウカを見やる。
今まで意識しなくてもヨウコの目には他人の感情が形を伴って見えていた。
しかし今、相手はその感情で他人を攻撃する。
ならば、しっかりと感情を見ようとすればヨウコの陽動としての感情か、実際に攻撃に移る時の感情かを見分けられるのではないか。
両の眼に力を入れてもう一度試合場に咲き誇る真っ赤な薔薇を見つめた。
気づく。
感情を見つめるヨウコだからこそ、ユウカの感情の本質に気づく。
そんな感情を普通に生きるヨウコは人生で感じたことはなかった。
だから知らなかった。
あれは他者の否定。
他人に向けていい感情ではない。
殺意だ。
「はじめっ!」
気づいた瞬間に試合が再開された。
怖い。
ヨウコの心に恐怖が芽生えた。
怒りや憎しみは向けられたことはある。
けれどこんな感情を向けられたことはない。
こんな感情を他人に躊躇なく向けるユウカが怖かった。
終わらせよう。それで忘れる。
ヨウコは打ち込みに出た。その流れで鍔迫り合いとなる。近づきたくないという気持ちから離れようとするが、ユウカは離さないと体当たりしてきた。
トン。
そんな攻防の中でユウカの左小手がヨウコの胴に当たった。
その瞬間。
ヨウコのお腹に刀が刺さった。
もちろんそんな筈はない。
しかしヨウコには刺さって見えた。
おそらくユウカも刺して見せたのだろう。
感情を読み取るヨウコと感情を押し付けるユウカだったから起こった2人だけの幻覚。
その幻覚はヨウコの意思を貫いた。
死んだ。
そう錯覚させるほどにヨウコにはその幻覚が現実味を帯びていた。
――結局私は負けて、そんなあなたみたいな存在がいること。それを読み取れてしまう自分が怖くて引きこもってしまった。
4年前と変わらぬ、いや、さらに美しく咲き誇る真っ赤な薔薇を見ながらヨウコは決意を固める。
「今度は私が、私たちが勝つ」
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