26 林道の令和2年先鋒戦
4年前、確かに目の前の春風を殺せた。
この4年間で戦った数多くの人間たち。
その中でも春風との試合は一番感情に焼き付いていた。
衝動だった。
自分の気を相手に放つ『それ』はユウカにとってコミュニケーションであった。
山の中の獣たちとは言葉はいらなかった。そして山を降りても人間に対してはその気でもってすれば簡単に狩ることができた。
けれど春風に対しては唯一、気を使って攻撃した。
自分から発せられる気を1点に集中して春風の防具を貫通してその急所を刺すイメージを加えた。
それは狙ったのではない。
まさしく衝動的に行った。
生き残るためでも、自分を誇示するためでもない。
山、違う。
自然、違う。
この星のヒト以外の生物の総意がユウカを突き動かしたのだ。
春風を倒した瞬間にユウカは生物としての誇りをその胸に感じた。
それは初めての喜びだった。
『人間』ではなく『ヒト』である自分の方が優れているのだ、という生物として矜持をユウカは感じていたのだ。
しかしその喜びはその時だけだった。
春風との対戦以降、ユウカはその矜持を持ちうる戦いはなかった。
名門六道学園への進学は戦いを求めたためだった。
より強い人間がいる場所。彼女の言う山を求めた結果だ。
けれどそれでもユウカを満足させうる相手はいなかった。
ユウカが求めていたのは『生きる』という生物にとっての本能であった。
山では日々が生きるための戦いだった。
闇の向こうからユウカを狙う気配。生物を呑み込み、そして時には糧となる自然。
ただその瞬間を生きるためだけにユウカは戦っていた。
けれど街にはそれがなかった。
ただ漠然と生かされている世界。
ユウカは生きたかった。
六道学園に入学して3年目の夏。
全国大会の参加者に春風ヨウコの名前を見つけたのは本当に偶然だった。
ユウカのチームメイトが戦いたい相手が百葉創英高校の剣道部にいた。それを喧しく騒いでいたので、聞くともなしにその名前をユウカは聞いたのだ。
百葉創英高校に春風ヨウコがいる。
しかもポジションは自分と同じ先鋒。
待ち望んだ戦いがようやく訪れたのだった。
「そうか死ななかったのか。ならばもう一度だ。今度は徹底的に壊す」
ユウカにとって、春風はこのつまらない『街』の象徴であった。
相手を窺って、相手に合わせて戦う。
そんな人間らしい剣。
だが『山』は違う。
相手がどうあろうと強大な力で押さえつける。
そこでユウカは気づいた自分が4年前の戦い以来何も変われていないことに。
それでは結局春風を倒せても、また立ち上がらせるだけだ。
今度こそ殺さなければならない。
全力で春風を否定しなければならない、と。
ユウカは部活の練習をサボり街に繰り出した。
「センパイだめです! 戻りましょう。ね」
練習をよくサボるユウカのお目付役として顧問から林道係に任命された2年生の岩本リリがそんなユウカの後を追った。
「……うるさい」
「いやいや、来週には全国大会なんですから。さすがにそれまでは練習参加しましょう」
「……」
「わたしも次鋒で出場するんですから練習したいですよぉ〜」
「お前だけ戻ればいいだろ」
「そしたらわたしが先生に怒られちゃいますって! それに林道センパイも後で他のセンパイたちに怒られちゃいますよ」
ユウカは相変わらず他人とは馴れ合わず、クラスでも1人で過ごしているが部員たちはそんな林道に構わず接してくるので辟易していた。
「別にサボっているわけじゃない。これからするのが私の練習だ」
「こんな街中で何するんです? それわたしにもできます? わたしもセンパイみたいなぶわってオーラみたいなの出したりできるようになります?」
うるさく言い寄る岩本を無視してユウカはジャージのポケットに手を入れた。
そこにはカッターナイフが入っている。
カリカリ、と刄を伸ばす。
これを突き刺すイメージ。
「っ! うわぁなんです? 試合や練習でもないのにぶわってするのやめてくださいよ」
「ちっ」
いつもと変わらない反応を示す岩本に失敗を悟り歩き出す。
ポケットの中でカッターナイフは握ったままだ。
そしてすれ違う人々に向けてそのカッターナイフを突き刺すイメージで殺気を放つ。
「?」「きゃ」「あれ?」
駄目だ。
すれ違う人々はユウカの殺気を当てられて驚いたり、立ちすくんだりするのだがユウカの望む結果ではない。
かつての戦いを思い返す。
生きるために戦っていた頃。
獣との戦い。自然との戦い。
ジャリ。
靴底がコンクリートではなく泥を踏む感覚がした。
もちろん地面はどこまでも硬く固められたコンクリート。しかしユウカの足は地面を踏みしめた。
生い茂る草木がユウカの肌を擦る。
そんな草木は存在しない。
前から3人組の青年が歩いてきた。その真ん中の男性尼狙いをつける。
するとユウカの様子に気づいた両端の男性が真ん中の男性をからかう。
「お前あの子にめっちゃ睨まれてるじゃん」
「また悪さでもしたんか、あんな中学生? くらいの子に」
「……」
目だ。
まずは目を刺す。
「ぎゃあ!!」
真ん中の男は突然自分の顔を押さえると叫び声を上げて蹲る。
弱い。
ユウカは蔑む。攻撃されたのなら反撃しなければそれは死を意味するからだ。
顕になった首筋に刄を突き刺す。
「お、おい」
「ケンケン?」
男はそのまま気絶したのか倒れてしまった。
ユウカはただ黙ってその横を通り過ぎた。
「……成功だ」
「ちょ、ちょっといまのセンパイですよね? 何したんです」
うげぇ、と口に手を当てて岩本がユウカを問い質す。
「今まではただ殺気を放つだけだった。それじゃあ、あいつを倒すには足りない。だから精度を上げた」
そう言ってポケットに入れていた手を出す。
その手にはカッターナイフ。
「漠然とした殺気ではなくて、実際に刺すイメージを相手に植え付けたってことですか?」
「……ああ」
「えぐ」
岩本はユウカの説明を聞いて、大丈夫かなあのお兄さん、と背後を心配そうに振り返っていたがすぐにユウカに向き直ると。
「ってそんな技をわたしにむけてましたよね? 成功していたらどうするつもりだったんです! 本当に勘弁してくださいよ! わたしも試合出るんですからね!」
うるさく喚き散らした。
「……黙れ」
「ひ、ひゃい」
軽く首筋に刄を沿わせるイメージを押し付けた。
これならばあの春風にとっては必殺の技になるはずだ。
ユウカは薄っすらと笑みを浮かべると帰路についた。
「ち、ちょっと学校に戻りましょうよ〜!」
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