22 春風ヨウコについて工藤の証言
工藤選手が春風のもとを訪れたのは中学3年の夏のことだった。
既に部活は引退して後輩たちに後を譲っていた。最後の夏は個人、団体ともに全国へ出場したが、団体は1回戦敗退。個人は決勝まで進んだが前年度王者の林道と対戦。意地で一本奪いはしたが二本奪われ敗退、準優勝で終わった。
数多の高校からの誘いを断って工藤選手が選んだのは剣道部のない学校での全国制覇という道。
何か言いたげな担任や顧問を黙殺して家から近くの私立高校、百葉創英高校への進学を決定。
そうなると次に必要なのは仲間である。
既に目星はつけている。
重要なのは強いこと。そしてさらに重要なのは自分よりも目立たないことだ、と工藤選手はメンバーの選考基準を設けていた。
実に彼女らしい理由であったが、それで集められたのは一癖も二癖もある選手たちだった。工藤選手本人も驚くほどに勧誘は上手くいったそうだ。
しかし、いや当たり前なのか春風だけは難航した。
そもそも連絡がつかない。
「くそが! 電話くらいでろってんだ」
全国大会で知り合った東亜中の生徒に頼んで春風の電話番号を聞いたのはいいが、いくら電話しても無視。
幾度目かの通話を無視された瞬間、工藤選手はスマホを壁に投げつけた。
「このオレ様がせっかく連絡してやってるのに無視たぁいい度胸だ。直接行ってやろうじゃないか」
「先輩! 先生が呼んでますよ!」
「オレはいない!」
顧問の後ろにはどこかの高校の監督だろう。工藤選手への客人がいたが、どうせ勧誘だろう。断っても断ってもきりが無い。元から剣道部のある学校にはいかないと宣言しているのだから、こうやってやってくる奴らの気がしれない、と工藤選手は嘆息した。そしてその存在を無視することにした。
春風が住むC県は工藤選手の住んでいるT県の隣。県境にお互い住んでいるのも幸い、彼女はトレーニング次いでと自転車を漕いで向かった。
2時間かけて辿り着いた頃には日が暮れていた。
「こんちはー!」
春風家の住所は知人伝てに聞いてあった。
裕福そうな一軒家。工藤選手は自分が住んでるアパートと比較して泣きそうになった。
「こんちはーー」
何度目かの呼びかけに、玄関が開き春風の母親が訝し気に顔をのぞかせた。
「ヨウちゃんのお友達かしら?」
以前いたK県から遠く離れたこの地で春風はいまだ部屋からは出ていない。知り合いなどいるはずもないのだから母親が不審がるのも当然だった。
しかし工藤選手は迷いなく、自信満々に言い切った。
「おう! マブダチだ」
その言葉の後に心の中でその予定、と小さく付け加えながら。
「そ、そうなのね。どうぞ」
「お邪魔しまーす」
春風の家にそうして上がり込んだ工藤選手は春風のいる部屋の場所を聞くとそこへまっすぐと進んだ。
「春風ヨウコっ‼ オレの再三の呼びかけを無視するとはいい度胸だなっ‼ 直接来てやったぜ」
近隣にまで響き渡るのではないか、という大声で閉ざされたドアの前で叫んだ。
「……」
しかし返事はなかった。
今度はドアを力まかせに叩く。
それと同時に春風ヨウーコと名前を叫んだ。
すると、それまで無反応だったドアの向こうから小さな声が聞こえた。
「……帰って」
その言葉が聞こえた瞬間、工藤選手の頭の中で何かが切れた。
「ああぁっ。ざけんなや。こっちはチャリ飛ばして2時間もかけてきてんだ。帰れ言われて、はいそうですね、といくか‼」
逆切れである。勝手に押しかけ、勝手に切れ散らかす。
見かねた春風の母親も止めようとするが、そんなことにはお構いなし。
「おばさん、オレはこいつが出てくるまでここにいる。よろしく頼むぜ」
などと言い出す始末。
「……」
ドアの向こうの春風も困惑していたことだろう。
しかし工藤選手は本当にその場に居座った。
ドアの前に胡坐をかいてじっと睨みつける工藤選手に、春風の母親も、事情を聞いて急いで帰宅した父親も声をかけるのを躊躇った。
「おい、そんなに林道が怖えのか」
辺りはすっかり暗くなり、春風の母親から差し出されたおにぎりを頬張りながら工藤選手は問いかけた。
「……」
「オレも林道とやったぜ。先月、全中の決勝戦だ。どうせ知らないだろうから言っとくが林道の2連覇。ちなみにオレが準優勝だ。しかも林道からは一本とってる」
「……あなたも」
何時間ぶりかの春風の声。そこには諦めのような響きが含まれていた。
「あなたも林道さんと戦ったならわかるでしょう。きっとみんなあの人を前にしたら感じたはず」
「あぁ、あいつと対戦した奴らはみんな怯んで滅多打ちにあってたな。オレは違うけど」
この場に工藤選手のチームメイトがいたら否定されていたであろう強がりを吐く。実際、林道から有効打を奪うことに成功しているが、それは偶然の産物のようなものであり、彼女も試合の映像を見るに林道を前に怯んでいた。絶対に認めはしないが。
「誰でも、相手が憎かったり、怖かったり、妬ましかったり、いろんな負の感情を抱くし、向ける。でも林道さんのはそのどれとも違って、『殺す』『喰らう』という意思の塊だった。あの人は人間じゃない」
声は震えていた。1年経ってもなお、春風は林道の殺気に怯え続けているのだろう。
しかしそれは工藤選手の説明通りなら当然なのだろう。
常人からすれば、林道との対決で感じるモノは暗闇の中で闇の向こうに得体のしれない肉食獣を感じるような原始的な恐怖心なのだろう。
しかし『超共感覚』を持つ春風はそれよりも強く。まさしく殺気の刃に身体を貫かれるのを感じたのだ。
「……私は怖い。あんな人がこの世界にはいるなんて知りたくなかった。殺すことを当然と思っているような社会にはいてはいけない人。……剣道なんて絶対にやりたくない。また林道さんと出会わなくちゃいけない。怖い。怖い!」
最後は叫ぶように怖い、と気持ちをぶつけてきた春風。
ニヤリ、と工藤選手は笑った。
「なら、勝たなくちゃいけねぇな。いいか、林道なんてな殺気を自在に操ると言えば聞こえはいいが、要するに人語を話す獣ってだけだ。山奥から珍しい動物連れてきて剣道やらせてみたってもんだ」
「……それってかなりすごいんじゃない」
春風のツッコミは無視して続ける。
「武道はいわば人の歴史だ。野生の獣じゃない。人間が強者の極みへと至るために研鑽し続けたもんだ。人間様が何百万年と積み重ねてきたもんなんだよ。それを何百万年とただ漠然と食った食われた繰り返した獣畜生に負けてたまるかってんだ」
工藤選手はそのはすっぱな物言いと、傍若無人な振舞が注目される選手であるが、彼女を慕う選手は多い。
小学校のクラブ、中学の部活。お世辞にも強いと言えるチームではなかった。
しかし工藤選手が加入してから3年で全国レベルまで力を伸ばした。
彼女と関わった人々は口を揃えて言うのだ。
――工藤ニナといると不可能が可能になる。
工藤選手はどの世代でも、どんなチームでも、必ず全国優勝を目標に掲げた。
最初はそんなの不可能。もしくは夢物語と笑われた。
しかし彼女は決して不可能とは思わなかった。
工藤選手の言葉は周囲を惹きつけ、熱意を搔き立てた。
「おい、聞いてるのか春風! いいか、あんな野良犬にオレたち剣士が負ける道理なんてないんだ。あいつのは剣道じゃない。棒切れを振り回しているだけだ」
「……私たちは負けた」
「そうだな。オレたちは対剣士に特化し過ぎた。だから後れを取った。だが、いずれオレはいや、オレたち剣士は林道を克服するぜ。そして」
工藤は閉ざされたドアを睨みつける。
「林道討伐戦の一番乗りはお前だ、とオレは思っているんだぜ。春風ヨウコ」
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