21 春風ヨウコについて工藤の証言
「あいつは人間じゃない。言うなればヒトだ」
工藤選手は胸を張って宣言する。
「あ? なんだかわからんって顔してやがるな? いいか。人間っていうのは人と人が支え合って生まれた社会的あり方。だけどヒトってのは個人で、しかも野生だ。熊や狼と変わらない。同じ土俵の生き物だ。生物学的にはオレらもヒトなんだろうが。本質的には違うんだよ。オレたちはどうしたって人間なんだ。だけど林道は人間じゃない。ヒトだ」
工藤選手は自論を語る。
「だからあいつにとって殺気なんてのは挨拶みたいなもんだよ。自分以外の生き物ってのは、自分を殺すモノか自分が殺すモノでしかないんだよ。林道って動物にとっては」
だから臆病な奴はビビっちまう。そう、工藤選手は吐き捨てるように言い切った。
「そこいくと春風と林道は相性最悪なんだ。なんでかわかるか?」
筆者が首を振ると工藤選手は落胆したように溜息をついた。
「はぁ。いいか。春風の、記者さんが言うところの『超』共感覚ってのは人間的気遣いから生まれたもんなんだよ」
怯えたように彼女は体を小刻みに震わせた。
「草食動物が肉食獣から身を守るために視野がとても広いみたいなものだ。なんでそんな能力を春風が持ってるか、なんて興味はないがあいつビビリだからそういうのが関係あるのかもな」
それで、と続ける。
「だから春風は林道の発する殺気みたいなものを常人よりもはるかに強く感じてしまうんだよ」
真っ赤な薔薇だっけか? と工藤選手は口にした。
「林道と対戦したことあるやつならわかるさ。あいつを前に戦いを挑もうとすると、心の底から嫌な感情がわき出してくる。オレはそんなことはないが並大抵のやつならビビって手足が動かなくなるんじゃないか?」
オレは平気だったけどな、と強調するように声を大きくした。
「林道のそれが強さだな。普通の人間が生きている中で経験したことのない殺意を正面から当てて、相手の動きを鈍らせて狩るんだ」
それに対して春風は、というと。
「春風は相手の動き、些細な変化を『超共感覚』で察知して先の先を取るんだな」
ほら相性最悪だろ、と工藤選手は笑う。
「春風は普通の奴でもビビって動きが止まるような殺気を、普通の奴よりも鋭敏な感性で受け止めたんだ。そりゃションベンちびるよ」
工藤選手の説明は確かに、言われればその通りで林道と対戦した相手は不自然な硬直をしたところで有効打を奪われていた。そして春風の対戦相手は行動を起こそうと考えた瞬間の出鼻を打たれていた。
圧倒的な殺気を相手に押し付ける林道と、相手の微小な感情をも読み取る春風。
確かにその相性は最悪に思えた。
しかしそこで筆者は工藤選手に1つの疑問を投げかける。
工藤選手は中学時代有名選手でありながら、高校への進学先に剣道部の存在しない百葉創英高校を選んだ。
数多の学校からスポーツ特待生の誘いが来ていたのは取材の中で知っていた。けれど工藤選手の選択、それは弱小校どころでない剣道部不在の学校だったのだ。
彼女はかつて雑誌の取材でその進路について尋ねられてこう答えた。
「強い学校は、全国に出れて当たり前。オレの力なんて関係ないんだよ。オレはオレがすごいんだってことを最もわかりやすい方法で全国に周知させてやる。だからこの学校にしたんだ。そしてやるからには全国制覇! オレが選んだ最高のメンバーとオレという最強の融合だ!」
と宣っていた。
そして工藤選手が選んだのは全国レベルではないが、各県、各地区ではそれなりに注目されていた選手たちだった。その中の1人が2年の夏以来表舞台から姿を消していた春風だった。確かに彼女は全国区レベルの選手。いや、日本一の選手であった。しかし工藤選手が声をかけた段階では1年以上剣道からは遠ざかっていた。
なぜ、春風選手だったのか。
それを筆者は工藤選手に問うた。
「あ? なんで春風に声かけたかだって? くだらねぇ質問だな。まずオレの中で林道に声をかけることはありえなかった。絶対にだ。なんでかわかるだろ」
筆者は黙って話の続きを促す。
「わからねぇのか! オレは認めたくはないが林道に負けた。もちろん中学時代、あいつから唯一有効打を奪ったのはオレだし。2度目は負けるつもりもない。だが、中学時代あいつに負けたのは事実。それなのにあいつに声をかけたら、周りのやつらはただオレが他の学校に負けないように自分よりも強い奴らを集めた卑怯者みたいだろ?」
だから林道に負けた春風を選んだんだ、と工藤選手は胸を張る。
「それに春風よりもオレの方が強い」
確か春風と工藤選手は中学時代公式戦および練習試合でも対戦した記録はなかったはずだが。
「おいおい単純な話だぜ? 春風は林道に手も足も出ず負けた。しかしオレは林道から有効打を奪って惜しくも惜しくも負けた。つまりオレの方が強い。幼稚園児でもわかることだぜ?」
工藤選手なりの基準があるのだろう。
高校では一緒に練習していたのだから、部内で練習試合はやらなかったのか、と問いかけるとものすごい形相で睨まれた。
「……とにかくオレが春風を勧誘した理由はそういうことだ。あの令和2年の大会でオレと戦った4人はオレが集めたんだ。オレほどじゃないが、オレが最強を目指す上で欠かせないと判断したやつらだ」
しかし当時引きこもっていた春風を引っ張り出すのは大変だったのでは? この取材で一番聞きたかったのはこれである。いかに工藤選手は春風を再び表舞台に引っ張りだしたのだろう。
そのことを問うと、工藤選手は溜息を1つついた。
「あのバカ風の勧誘がいっっっちばん大変だったんだよ。引きこもりって知っていたけど、そんなもん首に縄巻いて引っ張り出せばいいなんて思っていたけどそうもいかなくて大変だったぜ。いいぜ。まだまだ喋りたりないし聞かせてやるよ」
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