20 春風ヨウコについて工藤の証言
「みんなあのド天然アホのどこがいいんだか」
工藤ニナは春風のことについて尋ねると顔を顰めた。
「オレから言わせればあいつはちょーっとばかし顔がいいだけ。普段何も考えてないでぼーっとしているやつだ。それを周りがさも高尚なことでも考えているのでしょうね、と持ち上げてるんだよ」
工藤ニナ。
春風と同じ百葉創英高校剣道部。さらに部長だった彼女。そして百葉創英高剣道部創設者にして、春風を再び表舞台に引き上げた張本人である。
「取材に来る奴はみんな口をそろえて、林道さんは林道は。もしくは春風さんは春風選手は。って繰り返しやがる。あんたはその両方の欲張りセットときたもんだ」
本人の性格を表すようにざっくりと切られたベリーショートの髪。その下の三白眼で筆者を睨みつけながら、怒鳴るように言葉をつづける。
「オレはややこしいのが嫌いなんだよ。そこいくとあいつら2人は面倒事の塊だぜ。あいつらが面倒だからこそあんたみたいな奴らがオレのところに話を聞きに来る。ああ、かなりストレスだぜ」
口では悪態をとめどなく吐き続けるが、取材を積極的に受けることで我々のようなスポーツ記者には有名なのが工藤選手だ。こういった人は取材をしているとたまに出くわすのだが、口では悪態をつきながらも取材を受けて、そこでしゃべるのが大好きな人種なのだ。
だから筆者も苦笑いを浮かべながら彼女の悪態に付き合う。
「いいか。確かに中学3年の全国個人決勝で林道と戦った。そして負けはしたが林道からはじめて有効打を奪った選手とはオレのことだ。そして天才と呼ばれながら試合中にションベンちびって引きこもってた春風の首根っこ掴んで引っ張り出したのもオレだ。確かにあんたらみたいなブンヤからしたらオレは話を聞きたくて、聞きたくてたまらない最高の取材相手だ。さすがに控えめな性格のオレでも察するにあまりあることだ。オレという太陽はいくら隠れようとも知らず知らずのうちに世界を照らしてしまうんだろう。まったく不本意だ。まぁ、せっかくあんたもここまで遠路はるばる来たんだ。話の1つや2つは聞いてやらんでもないぜ」
工藤選手は確かに春風や林道の次点になるが、林道の対戦以来引きこもってしまった春風や、取材嫌いの林道と違って悪態をつきながらも必ず取材に応える、というか記者を見かけると押しかけてくるような選手なので、ある意味この世代の代表選手という扱いである。
実績に関しても申し分はなく、小学生や中学生の前半は春風の影に隠れていたが上級生を含めても全国クラスの選手と名をはせていた。さらに上級生となってからも林道にタイトルを奪われはしたが必ず上位にはその名前を並べていた。
工藤選手について話始めるとそれだけでかなりの量になるのでここでは割愛し、彼女と春風の関係について語っていこう。
中学2年。
林道との一戦の後、すっかり自室に春風は引きこもってしまった。
両親は試合中の粗相と、その動画の拡散が原因と考えたらしく、環境を変えれば春風も前のように外に出てくれると思いC県への引っ越しを決意。C県は春風の父親の故郷であり、勤めている会社の支店がある場所でもあった。異動願いは受け入れられ、春風一家はC県へと引っ越した。
しかし春風は変わらず引きこもったままだった。
その理由は前項で東亜中の同級生ユカさんが聞いた通りだろう。
春風が引きこもったのは試合中の粗相が原因ではなく、林道との試合で彼女から発せられた殺気が原因であったのだ。
「お、あんたは結構しっかり調べてんだな」
筆者が林道の殺気について話すと工藤選手はニヤリと笑った。
「あれがあいつの武器なんだよ。ほれあいつ山で育ったんだっけ? しかも1人だろ。オレもたまに山とかに籠るからわかるんだ」
工藤選手は自身の体験を交えて語る。
「山の夜。闇が深いんだよ。こんな街中の夜とは違う。本当の暗闇があるんだ。そして闇の向こうからこちらを狙う何かの気配が漂ってる。めっちゃ怖えよ。だから叫んだり、むやみやたらに木刀を振り回す。けどその気配は遠巻きにずっとこちらを狙い続けるんだ。目で見るでもない。耳で聞くでもない。鼻で嗅ぐでもない。肌で触れるでもない。感じるんだよ。言葉も接触もない無言のやりとりだぜ。林道はそれを幼いころから当たり前に行っていたんだ。はっきり言ってもうあいつは人間じゃない」
工藤選手は興奮気味に言葉をつづける。
人間というのは人が文明を、社会を形成していくなかで生まれたあり方の1つだ。
この文明も、社会も個人では成立しない。だから人は他人との共存を果たさねばならず。それが人間というあり方。
それこそが猿と人の違い。
野生ではなく、理性という衣服を本能に纏うことで成立している。
しかし野生の世界において、社会性、文明は役に立たない。
野生の世界で大事なのはどれだけ強いか、でしかない。
それを野生のモノたちは気配で探る。
糧となるモノなのか。敵わぬモノなのか。
その野生の世界で林道は長年、それも幼少の頃から1人生き抜いてきた。
「だから林道は人間ではないんだよ」
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