19 春風ヨウコについて山野辺の証言
春風と中学で友人だった山野辺ユカさんの話を聞くことができた。
「春ちゃんはクラスの中心って感じだったっす」
ユカさんは剣道について詳しくはなかったが、それでも伝え聞く春風の武勇伝は素直にすごい、と思えたそうだ。
「あたしも剣道ではないけど柔道部で同じ武道だし。1年生で全国優勝とかどれだけすごいかはわかるつもりっす。それに春ちゃんはキラキラしてました。あたしは骨太でずんぐり体型。おとんとおかんもおんなじで、ずんぐりどんぐりのサラブレットっす。だけど春ちゃんは手足もスラリと長くてモデルみたいだし、顔だってあたしと並んだら遠近感狂うぐらい小さいんっすよ。反則っすわ。それに人付き合いがすんんんごく上手い! こっちがして欲しいこと、したいことがわかっているみたいで、スマートに行動したり、会話したりしてくれるんっすよ」
興奮気味にユカさんは春風とのエピソードをいくつか教えてくれた。
そのどれも、中学生離れした気遣いが光る話だった。
おそらくは春風の超共感覚による能力だったのだろう。
「でも結構不思議ちゃんなところも春ちゃんはあって」
ユカさんが言うにはそういう気遣いの部分を褒められると春風は、私は人の心が読めるのよ、と笑って答えたそうだ。
ユカさんをはじめ友人たちは冗談だと捉えていたらしい。
「けど今にして思うと少し本当だったのかもと思うんっすよね」
そう思ったきっかけは2年生の夏。
春風が林道と戦った夏の支部大会後のことだった。
夏季休暇中の支部大会での出来事はSNSを通じて友人伝手に聞いたユカさんはすぐに春風と連絡を取った。
しかし春風はそのメッセージに既読を付けることはなかった。
剣道を知っていれば有名程度だった春風だが、支部大会での粗相動画が拡散されてネットのおもちゃのような扱いになってしまった。眉目秀麗であったこともさらにその盛り上がりを加速してしまった。
春風やユカさんと同じ東亜中の生徒の中にも、今回の騒動を面白おかしくあることないこと書き込む輩や、普段の春風の画像などをネット上に投稿するものまで現れた。
「あたしでもあの時の騒動は怖かったっす。当事者の春ちゃんはもっと怖いだろうなって。だからじっとしてらんなくて春ちゃんの家に押しかけたんすよ」
春風の両親は友人として心配から駆け付けたユカさんに感謝を伝えると、彼女を家に通してくれた。
春風は部屋に閉じこもってしまっているようで、それを聞いたユカさんもそれは当然だろうと思った。思春期の女の子、いや男女、年齢関係なく辛いのは当たり前だ。
ユカさんは春風の両親に、2人だけにして欲しいとお願いして、1人部屋の前に残った。
「春ちゃん。あたし。ユカだよ。ええっと。心配になってきちゃった。連絡しても既読もつかねぇし」
閉ざされたドアに向かって呼びかけた。
「とにかく夏休み終わっても学校こないとかは寂しいからさ。来なよ。あたしが迎えにきてやってもいいし。学校でからかってくる奴いたらあたしがぶん投げてやるよ」
物音ひとつしない。本当にこのドアの向こうに春風はいるのか。ユカさんは少し悩んでからドアに耳を押し当てた。
するとかすかに衣擦れする音が聞こえて、ドアの向こうに春風はいるんだ、と少し安堵した。
「……」
特に言うこともなかった。心配でじっとしていられなくて駆け付けたはいいが、なんて励ましていいかわからなかった。
「春ちゃん――」
とりあえず帰るけど、部活休みの日はまた来るよ。と声を掛けようとした時、部屋の中から声が聞こえた。
「……ユカ」
「春ちゃん!」
「……1人?」
「ん? ああ、あたし1人だけど」
「……入って。鍵空いてるから」
普段の春風は快活としているのだが、やはりその声は焦燥とした掠れた声だった。
「お、おじゃましまーす」
「……適当に座って」
春風はベッドに座って頭から毛布をすっぽりと被っていた。
ちらりと丸テーブルの上にスマホが投げ出してあるのが見えた。どうやら電源は切っているようだ。
「大丈夫……じゃなさそうだな」
「……うん」
モデルのようだ、と羨ましく感じていた春風の細い身体がこの時は病人のようなやせ細った頼りないものに感じたそうだ。
「……」
実際に春風を前にすると何も言葉が出てこない。ただ黙ってベットの脇に腰かけて何かを言いかけては口を閉ざすを繰り返していた。
何か手土産の1つでも買ってくればよかった、と後悔もしたがそもそも自分にそんな気遣いができるわけもない、と自嘲した。
「……ありがとう」
春風が口を開いた。春風の方も沈黙に耐えかねて口を開いたのなら見舞いに来たのに、見舞い相手に気を使わせてしまったとユカさんは自分の不甲斐なさに心を痛めた。
「……ユカは変わらないね。ありがとう」
「お、おう」
「……私は怖かった」
それはあんな風にネットで拡散されたら嫌だろう、と春風の言葉にユカさんは頷いた。しかし春風はゆるりと首を振った。
「違うんだ。『あれ』はどうでもよくはないけれど、違うんだ」
「違うって?」
春風の様子がおかしかった。何かに怯えるように身体を震わせていた。
「……林道、さん。私の対戦相手」
「あ、ああ、春ちゃんが――」
負けた、と言いかけて口をつぐむ。
「私が負けた相手。……初めて負けた」
その言葉にユカさんは少し驚いた。1年生で全国優勝を成し遂げた友人は今まで負けたことがなかったらしい。自分なんておそらく負けた回数の方が多いというのに。天才はすごいな、と内心で舌を巻いた。
「……そんなにすごいことじゃないよ。私は人の心が読めるから。ユカはいつも変わらない。オレンジ色のタンポポが見える。暖かい心」
「て、照れるじゃんか」
「……私と戦う人はみんな黒い靄だったり、水色の羽蟲が私に向かっている。だけど林道さんは違った。真っ赤な赤い薔薇」
春風はユカに話しかけるというよりも独白に近い。頭の中の考えを吐き出すように喋っていた。
「……初めて見た。……真っ赤な赤い薔薇。私はそんな感情を知らなかった。……だけどあの人と戦ってわかってしまった。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い!」
春風の震えが強くなり、ぽつりぽつりと呟くようだった声も叫び声に変った。
ユカさんは慌てて春風の背中をなでてやった。
「だ、大丈夫か? 無理して喋るなよ、な」
しかし春風は喋るのをやめない。まるでそうしていないと気でも狂う、と言いたいのかユカを縋るように見つめて続けた。
「あれは殺意だった。赤い薔薇は殺意。林道さんは本物の殺意を私に他人に向けてる。怖かった。わかった瞬間に怖かった。どうすればいいのかわからなかった。だから勝って早く試合を終わらせようと思った。でも。でも」
春風の言っている意味はユカさんにはほとんどわからなかった。
「林道さんが私に体当たりした瞬間。私は殺された。殺された! お腹に刀が刺さって。皮が裂けて、内臓があふれ出して、それを林道さんは食い破っていた。けど私はなんともなくて。変わらず赤い薔薇は視界を覆って。怖くて。死んだのかと思った。死んだんだよ。怖いよ。そしたら意識が飛んで。気づいたら試合場に倒れてた。怖い。あんな人がいる場所に。試合場に。剣道に私は行きたくない。もう2度とあんな思いはしたくない」
怖いよ。そう言って春風は毛布を頭からすっぽりかぶって震え続けた。
「春ちゃんが言っていることの意味はさっぱりっす。でも春ちゃんはあたしとは違う何かが見えていたのかも、と思ったんすよ。それのせいで春ちゃんは苦しんでた。春ちゃんは二学期が始まっても学校には来なかった」
その後、春風は一度も登校することはなかった。秋も終わり冬を前に春風一家は父親の地元であるC県へと引っ越した。ユカさんは結局お別れの挨拶もできなかった、と寂しげにつぶやいた。
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