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令和2年全国高校総体剣道女子団体決勝戦【中堅編開始】  作者: 目黒市
先鋒編

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17/90

16 林道ユウカについて末次の証言

「はぁあああっ!」


 春風が気魄とともに間合いを詰めた。

 その瞬間、末次さんは身体に悪寒が走ったのを感じた。それは末次さんだけではなく一緒に観戦していたチームメイトの横井川さんもであった。


「きぇええええー!」


 その気魄を掻き消すような林道の気魄が飛ぶ。

 瞬間、春風が打ち気に出た。

 普段の春風を知る者であれば、林道の打ち気を悟った春風が先の先を取りにでたと考えるはずだ。

 末次さんもそう考えていた。いつも見ている春風の試合ならば相手は呆気にとられたように、中途半端に腕を挙げた状態で静止。春風の打撃が有効打となる。


 けれど春風よりも林道の方が疾かった。

 まるで地面を滑るように林道の身体が跳ぶ。飛び込み面を打つ春風の懐に林道が入り込む。春風の竹刀は空を切り、ガラ空きの胴に林道が体当りをする。

 頭1つ分は違う体格差。ものすごい勢いでの体当りであったが春風はその体当りを踏ん張ってこらえた。


 春風は鍔迫り合いを嫌い下がろうとするが、林道がそうはさせまいとピッタリくっつく。

 春風が付き合う形で鍔迫り合いの形に落ち着いた。

 

 時間にして10秒ほどの膠着。

 執拗に喰らいついていたはずの林道が突然距離を取ろうと春風の身体を押した。


「え?」


 誰が発したかはわからない。

 けれどその声は自分から出たのかもしれないと末次さんは振り返る。

 いや会場の全員の声だったのかもしれない。

 唐突に春風の身体がガクンっと膝から崩れ落ちたのだ。


「メェエエーッ!」


 林道の打撃が崩れる春風の面を打ちつけた。

 尻もちをつくように倒れた春風。審判の旗が3本あがり林道の有効打を認めた。

 会場がどよめきに包まれる。

 春風が一本を取られた。

 支部大会の1回戦。それも無名校の無名の選手にだ。


「林道って誰?」「行幸南中にいたかあんな子?」「春風が一本取られたらしいよ!」


 ざわざわと会場が驚きに包まれている。

 異変はそれだけではなかった。

 

「白の選手。開始線に戻って」


 審判の注意が白の襷をつけた春風へとぶ。

 尻もちをついた状態から春風が動かない。遠目に見える春風は微かに震えているようにも見えた。

 すると何かに気づいた副審が春風に駆け寄った。


「……」


 審判員たちが春風を囲んで何事かを問いかけている。

 何を話しているかはわからないが、審判の問いかけに春風はただ首を横に振っている。

 誰にも何が起きているのかはわからず観客たちもどうしたのだろう、と首をかしげている。

 すると最初に声をかけた副審がこちらに駆け寄ってきた。


「東亜中の生徒はいるかな? 春風選手が体調不良なので手を貸してあげて欲しい」

 

 その言葉にさらに観客席はざわついた。

 すぐに東亜中の生徒が試合場に駆け寄った。

 春風はその子たちに肩を貸してもらって試合場を後にする。防具を外すこともなくそのまま体育館の出口に連れていかれた。


「不戦勝ち、勝負ありっ!」

 

 林道の勝利が決まってしまったのだった。

 ざわつく会場であったが、試合場近くで観戦していた末次さんは試合場の違和感にいち早く気づいた。

 春風がいたあたりの床が濡れていたのだ。


「ねぇ、あれって……」


 隣で観戦していた横井川が何かを察したように言いよどむ。

 末次さんもすぐに彼女が何を言いたいのか察したが、それを口にしていいものか迷っていた。

 

「……だよね」

「うん」


 しかし、末次さんたちが気づいたことを周囲の人たちも気づき始め、さらに春風と同じ東亜中の生徒たちの会話も聞こえてくるとそれは確信となった。

 どうやら春風が粗相をしてしまった、ということが会場中に広まったのは試合終了からすぐのことだった。



 「だからあの日の試合はとても印象に残っています。春風さんが負けたこともそうですし、その、春風さんのそ、粗相のこともそうですしね」


 末次さんは苦笑した。

 林道は春風を負かした初めての剣士となった。剣道を始めて2カ月ほどの少女の大金星。その衝撃は瞬く間に広がった。

 そしてその試合の際に起こった出来事も併せて多くの人が知るところとなった。

 特に春風にとっての不運だったのは、春風が注目選手であったことからその試合を撮影している人が多かったことだ。SNS上に春風が尻もちをついて床に小水が広がっていく瞬間が拡散された。

 そういった動画は善意の第三者によって削除されたり、通報されてはいたがそれでも一度ネットで広まったものを消し去るのは難しかった。

 天才剣士と言われた春風。しかしその日以降、その枕詞に天才とつくことはなくお漏らし剣士という言葉で、ネット上で揶揄されるようになる。


「結局、林道さんはその後の試合はより圧倒的な試合内容で勝ち進んでいきました」


 ほぼすべての試合で、林道と対戦した選手たちは怯えたように縮こまり立ちすくんだまま有効打をとられていった。

 H支部大会女子個人優勝は林道ユウカ。

 春風が敗れたことを知った他支部の有力剣士たちは沸き立った。

 絶対的王者である春風が県大会に出場しないのだ。そしてその時点での林道の評価はまだ高くなかった。H支部大会優勝と言ってもH支部自体には春風以外の有力選手は不在であり、春風が負けたのも林道の実力ではなく共に拡散された春風の粗相動画から、体調不良だったのではないか、と思われたからだ。

 自分たちにも県大会優勝、さらには全国での活躍ができる。そう考え沸き立ったのだ。


 しかし林道の実力が本物であったことを彼女たちは知ることになる。

 県も関東、そして全国を舞台にしても林道の勢いは止まらず、林道が中学生剣士の頂点に立った。

 


 かくして2人の天才剣士はじめての邂逅は終わった。

 平成28年の夏。

 無名の奇異な経歴の少女林道ユウカは彗星のごとく剣道界に現れ、その世界に君臨することとなった。

 そしてそれまで天才と呼ばれていた少女春風ヨウコは表舞台から姿を消した。

 物語はそのもう1人の少女、春風ヨウコへと移る。

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― 新着の感想 ―
俗に言う美少女天才剣士のお漏らし姿とかそりゃ拡散されない訳無いですよね…しかもこの分だと色んなアングルから撮影されてそうだし消したら増える理論でずっとネットの玩具と劣情の的にされてそうだなって 林道ち…
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