15 林道ユウカについて末次の証言
東亜中の応援団が割れんばかりの拍手をする。
東亜中の生徒たちにとっての誇りでもある春風。その初戦が始まったのだ。
末次さんも本来ならば後輩である林道を応援すべきところではあるのだが、内心では春風を応援していた。
きっとそういうミーハー的な気持ちで春風を応援する他校の生徒も多かったはずだ。それだけの魅力が春風にはあった。圧倒的な実力とその容貌。誰もが彼女の虜であった。
だからこそ、林道に注目をしている生徒はほとんどいなかった。
「はじめっ!」
主審の掛け声。
それと同時に蹲踞の姿勢から林道と春風は立ち上がった。
その時、末次さんは林道の構えに首を傾げた。
昨日の試合も、普段工藤と練習をするときも林道の構えは基本通りの正眼に竹刀を構えて小さなその背中をまっすぐに伸ばして相手と対峙していた。
しかしその試合。
開始の合図とともに林道はバックステップのような足さばきで2歩ほど下がると、奇異な構えを見せた。
極端な前傾姿勢。竹刀の剣先も教本通りの喉元ではなく膝元を指示す。足のスタンスも基本的な構えとは違い、かなり開いている。左足に関しては後方に引きすぎているせいかふくらはぎ付近まで袴がめくれ上がていった。
その様はまるでテレビで見た野生の肉食獣が獲物へ飛びかかろうとしている時によく似ていた。
構えの意図はわからないし、末次さんにとって後輩と言えども林道はよく知らない。何を考えているかもわからない人間であった。色々なよくない噂も聞いた。それを否定することや肯定することもしなかった。
けれどこの時末次さんは少しだけ理解できた気がした。
林道は春風に勝つつもりであること。
春風の強さは圧倒的であった。
全国ならいざ知らず、有力選手もいない地方の支部大会レベルでは敵はいない。どこか春風との対戦を、対戦相手は記念試合のようにとらえていた。
あの有名な春風と試合したんだ、という誰かへの語りのため。
真剣に勝利を狙おうという気概を持つものはいなかった。
けれど林道は勝ちを狙おうとしている。
あの構えが何なのかはわからない。しかし試合場の外から見ている末次さんには林道が何かを狙っていることがわかった。
対峙する春風は己を鼓舞するような気魄を発した。
「ぃやぁああっ!」
それと同時にわずかに強張っていた肩の力を抜いたのがわかった。
春風の得意な先鋒は先の先をとること。
相手が打ち込もうとしたその起こりを先に抑え込む。
対戦した選手たちは口をそろえてまるで心が読まれているようだった、と不思議そうな顔をして答えていた。
林道がどのように展開を運びたいのかはわからない。しかしその企みを実行に移すよりも早く春風の打撃が届くだろう。末次さんはそう考えた。
しかしどちらも動かないままにらみ合うように時間が流れる。
「待て。合議」
主審がたまらず試合を中断する。2人を下がらせると試合場中央に主審と副審が集まった。
「両者、反則」
おそらくは打ち合う気を見せないことへの指導だろう。反則が両者に与えられた。
「はじめっ!」
再開が告げられると、再び同じ構えをとろうと林道がバックステップをしようとする。しかしそれをさせまいと春風が間合いを詰めた。
ダンっ。
強烈な踏み込み音が会場に響き渡る。
それと同時に飛ぶように林道が背後に飛んだ。
春風が間合いを詰めようと前に出るよりも早く林道は、まさしく、背後に飛び跳ねた。
末次さんにはその時の林道の動きがどのようなものかは視認できなかった。おそらくはその場にいたほとんどの人にも無理だったはずだ。
後に春風の試合を撮影したビデオで林道の動きが判明した。
普通、打突をするために踏み込みを行うのは右足で行う。それは中学生剣道において特殊な理由がない限りは中段の構えだからである。中段の構えは剣道の構えと聞いて誰もが最初に思い浮かべるシンプルな構え。
へその前で竹刀を構え、剣先は相手の喉元に向ける。右足を前に出し、左足は右足のかかとのラインに下げる。
攻撃、防御ともに優れた構えであり現代剣道においては一番有用で広く使われる構えだ。
打突の際は右足で踏み込みを行い、左足は踏み切るために使われる。
映像に映った林道の右足は一切動いていない。しかしその映像をスローモーションにしたとき、袴で隠れて見えない左足。左足の袴の裾が揺れていた。
林道は袴で見えないように左足を上げて、右足一本で立った状態。そこから左足で踏み込み背後に飛ぶ推進力とした。
わかれば簡単なことではあるが、この林道の動きは対面する相手からは挙動も見えず反応が遅れてしまう。
林道と春風が遠間の間合いとなる。飛び込むには遠く、間合いを詰める必要がある。
林道は再び先ほどのスタンスを最大まで広げ、前傾姿勢の構えをとった。
何かを厭うように春風は間合いを詰めることを今度は嫌がるように林道の様子をうかがいはじめる。
しかしこのままでは先程と同じ展開。
最悪は再びの反則を取られてお互いに2回の反則で一本有効打が与えられてしまう。
それを嫌ったのか春風が一歩前に出る。
剣先が触れるか触れないかの距離。
春風はかすかにリズムをとるように剣先を小さく上下させる。
林道の動きを引き出すためか、春風はその剣先のリズムを変調させたりしているが林道は全く身動きをしない。
それでも春風は少し少し間合いを詰めていく。
会場の誰もが自然と息を呑んだ。
誰の目にもわかるのだ。
勝負の瞬間が迫っていると。




