14 林道ユウカについて末次の証言
「林道さんのことはよく知らないんです」
最初に前置きをしてから末次キリアさんは話し始めてくれた。
末次さんは行幸南中の剣道部に所属していて林道が入部した時の剣道部主将である。
剣道に触れたのは中学入学してからで、卒業と同時に剣道はやめてしまった。
「林道さんが工藤先生に連れられて入部したのは6月の中旬? くらいでそのすぐ後に最後の総体でしたから。練習だって強い学校みたいに毎日やっていたわけではないし」
それに、と末次さんは眉間に皺を寄せた。
「彼女、ほとんど人とは話さないし練習も工藤先生がつきっきりだったので。私やヨコちゃん、ええっと同級生の横井川も林道さんのことは本当に試合の日まで実力も知りませんでした」
先輩である末次さんは2年生の間で林道が恐れられていることを知らなかった。
その原因であるクラスメイト全員への暴行事件も、被害者生徒が誰ひとりとして訴えでなかったことと、学校としても表沙汰にはしたくない、ということから噂の類に疎い生徒であれば耳にすることもなかった。
当時剣道部には最上級生である末次さんたちしかおらず、下級生がいなかったことも林道に関する噂を知らなかったことの一因であろう。
それでも入部した林道の印象は悪かった。
気味が悪いと言うのが正しいかもしれない。
見た目は小柄で、ごく普通の少女。そして同学年しかいない剣道部での初めての後輩でもある。はじめは末次さんも積極的にコミュニケーションを図ろうとしていた。
けれどもいつの間にか末次さんや他の部員たちも林道に話しかけることはなくなっていったと言う。
「さっきも言った通り、林道さんは誰とも話そうとしないし練習も工藤先生とだけしかしないんです。こちらを避けているというよりも認識していない、まるでいないように扱っているように感じました」
そのころには他のクラスメイトから林道に関する噂を聞くようになっていた。
クラスメイトたちは部活の後輩などからその噂を聞いていたらしい。
曰く、言葉は話せず猛獣のようなうめき声を出している。曰く、同じクラスの男子の指を食い千切った。曰く、暗闇で目が光る。曰く、曰く。
様々なあからさまに違うであろう噂たち。
しかし彼女が全うな人間であれば生まれないであろう噂でもある。
入部から2週も経つころには末次さんたちも、林道から距離をとっていた。
であるから末次さんたち最後の大会となる総体支部大会で林道の活躍を見て驚きを隠せなかった。
「いくら林道さんが気味悪く思えても、やっぱり団体戦に出られたのはうれしかったです。負けるのはわかっていたけれどそれでもですね」
本来であれば最終日の個人戦のみ出場のところを団体戦にも出場できた。末次さんにとっては3年間続けた剣道部への区切りとしてもうれしかった。
その試合の対戦校は優勝最有力である東亜大学付属中。しかし彼女たちにそれは関係のないことであった。
自分たちの実力はよくわかっていた。
いくら3年続けた、と言っても必死にやっていたわけじゃない。週4回の練習だって厳しいものではなくただ流すようにやっていただけだ。だから相手がどこであろうと勝てる見込みなどなかった。
結果は想定通り東亜中の圧勝であった。末次さんも中堅の横井川さんもまったく手が出なかった。
「けど林道さんは違いました。私も横井川もあの時はじめて林道さんの剣道を見ました」
林道だけがその予想を覆し、東亜中の主将である岬に勝利してしまった。
その勝利を見た2人はチームメイトだというのに驚きから声を出すことも、拍手することもできずただ茫然と竹刀を納める林道を見つめていた。
ただ監督として彼女たちと並んで座していた工藤だけが初めからわかっていた、という風にいつも通りの微笑みを浮かべて頷いていた。
「はっきり言って何がすごいのか、どうして林道さんが勝てたのかも私たちにはわかりませんでした。だからその時はたまたま東亜中の大将も油断していて勝てたんじゃないか、と考えていました。翌日の個人戦が始まるまでは」
支部大会2日目。
午前中より個人戦が行われた基本的に各学校から4名の選手が出場してトーナメント戦を戦っていく。
「私も横井川も高校で剣道をつづけるつもりはなかったので、最後の試合でした。試合前は頑張ろうね、と励ましあっていました。もちろん結果は2人とも1回戦敗退でした。勝てるはずもなかったんですけれど、負けた後はもうこれで終わりかと思うと少し涙が出ました」
自分たちの試合も終わり防具を外した末次さんはこれから1回戦を始める林道の試合を観戦しに向かった。
その日、会場にいたすべての観客の視線はその試合場に集まっていた。
それは前日に大金星を挙げた林道にではない。おそらく東亜中の関係者以外、林道が前日に大金星を挙げたことを知らないのではないか。
衆人の注目は昨年度1年生ながら全国個人優勝を成し遂げた天才、春風ヨウコであった。
剣道界話題の剣士を一目見ようと県内はもとより県外の人までもが、支部大会の会場には押しかけていた。
末次さんは少しの羨ましさを林道に抱いていたという。
春風の姿は今までも何度か市内の大会で見かけたことはあった。すらりとした手足。胴着姿でもその足の長さは女性として羨ましい。ショートでさっぱりとした髪。切れ長の少し冷たい印象を与える目に漫画のような長いまつ毛。中性的な魅力のある彼女。さらにほとんどの学校は白い胴着が基本なのだが東亜中は女子も黒の胴着を使用していた。それがとても春風には似合っていて魅力を増していた。
それこそ同学年の下ネタばかり言って馬鹿笑いしている男子よりも春風の方がカッコいいと思えた。
最後に一度くらいその憧れの春風と試合してみたかった。
少し林道が羨ましく思えたのだ。
でももし試合するとなったら鍔迫り合いで自分の匂いとかきにしてしまいそうだ。そんなことを考えていると審判の試合開始の声があがった。
「はじめっ!」
末次さんを含む、会場にいる観客が固唾を飲んで天才春風ヨウコの2年夏の個人初戦を見守った。
誰もが今年も夏の頂は春風のものであり、華々しい戦績の1戦目としか思っていなかった。




