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令和2年全国高校総体剣道女子団体決勝戦【転生悪逆令嬢VS侍少女編を連載中】  作者: 目黒市
先鋒編

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13 林道ユウカについて岬の証言

「はじめっ!」


 主審の掛け声が会場に響いた。

 岬選手は慌てて立ち上がった。

 相手の選手、林道も立ち上がった。

 ぐっ、と林道が間合いを詰める。

 恐怖を打ち払うように岬選手はがむしゃらにメンを打ち込みにかかった。

 動かないと飲み込まれるような気がしたのだ。


 怖かった。

 

 目の前で対峙する相手が恐ろしかった。

 何が恐ろしいのか自分でもわからない。小柄な相手。構えも素人に近い。練習や試合で形作られる試合巧者に共通した洗練さもない。しかし岬選手は恐ろしく、早く試合を終わらせて解放されたかった。

 自分ではいつも通りの遠目の間合いから最短距離で打ち込んでいたはずだった。

 しかし竹刀は林道の面に届かない。


「後から部員が撮影していたビデオを見たんです。そしたら最悪な打ち込み姿勢でした。まるで飛び込むことを怖がっているようなへっぴり腰。踏み込んだ右足も前ではなくてただ上にあげているだけで」


 まるでたたらを踏むように岬選手のメン打ちはむなしく空を切った。

 すぐにでも次の動作へと切り替われればよかった。しかし正体不明の恐怖。そして自分の間合いだというのに届かない打突。完全に岬選手の頭の中は混乱していた。

 思わず放心して、息を吸ってしまった。

 

 その瞬間。

 

 頭に衝撃が走った。

 林道の竹刀が岬選手の面布団をしたたかに打ち付けたのだった。


「メンありっ!」


 主審が有効打突を宣告。

 会場が静けさに包まれる。

 開始前までは会場を飲み込む勢いで歓声を上げていた部員や保護者たちが、信じられないというように目を見開いてこちらを見ている。主審と2人の副審も赤の旗を綺麗に上げて林道の有効打を示している。


 その時点で岬選手は焦りを覚えた。

 取られるはずのなかった有効打を無名校の無名の選手に取られた焦り。

 羞恥心が彼女の心を覆った。

 ここは自分だけが主役になれる舞台なのに。

 怒りが彼女の頭の中を支配した。

 その怒りは先ほどまでの恐怖心をわずかながら抑え込む。けれど同時に岬選手から冷静な判断をする機会を奪うことになってしまった。

 

 開始線に立ち、再び林道と対峙する。

 心は変わらずこの少女を前にするとざわつく。身体が戦いを避けようとする。

 しかし先ほどまでとは違い岬選手の頭の中で煮えたぎる怒りが彼女を前のめりにさせる。


「二本目。はじめっ!」


 主審の掛け声。

 それと同時に岬選手は先ほどのような単発な攻撃ではなく連続攻撃を仕掛ける。

 まだ自身が恐怖心から踏み込めていなかったことを知らない岬選手は、自分の感覚が少しズレているだけと思い込み届かせるために大きく一歩間合いを詰めた。

 そこから相手に攻撃させる暇を与えないように怒涛の連撃。

 小手、面、胴、面、小手。


「やぁああああっ!」


 身体中の酸素がなくなっていく。それでも連撃は止めない。林道は防戦一方。防ぎ方は素人だ。しかし運動神経がいいのだろう。反射神経で防いでいく。

 しかし岬選手はこのまま連撃を続ければ有効打をとれると確信した。

 面を防御する動きに癖があったのだ。

 

 小手を打ち込む。

 その打撃を林道は竹刀で防ぐ。岬選手は防がれた反動そのままに面打ちへと移行。

 林道は小手打ちを防いだ形のまま腕を上げて防ごうとするはずだ。

 岬選手はその癖を狙っていた。

 面打ちはフェイント。面に行くと見せかけて林道が腕を上げて防ごうとした瞬間に手首を返して、防ごうとした手元を打つ。それが岬選手の狙いであった。


「はぁあああっ」


 小手は案の定防がれた。

 想定通り。

 岬選手は面に打ち込む挙動を見せる。

 林道はそれに反応して腕を、小手を防いだ姿勢のまま持ち上げた。

 かかった。

 岬選手はその瞬間に自分の作戦がうまくいったことに内心でほくそ笑む。

 しかしそれが心に余裕をもたらしてしまった。

 それまで彼女の目は、林道の全体をとらえていた。フェイントを完璧なものにするためその目線を林道の面に絞る。防ぎ方、その時の小手の位置はもう把握している。目線を切っても捉える自信があった。


「っ?」


 目線を面に絞った瞬間。

 岬選手は強烈な感覚を味わった。

 ぞわり、と背中が粟立った。

 再び、恐怖が彼女を襲う。

 すでに連撃で身体中の酸素は尽きている。あとは気力で振り絞った一撃。この小手を決めれば一本。試合を振り出しに戻せるし、自分のリズムももとに戻せる。

 そんな希望がその瞬間に脆くも崩れ去る。


「ひっ」


 得体の知れない恐怖に飲み込まれた岬選手は思わず息をのむ。

 どうして身体が言うことをきかない。彼女の腕が縮こまる。息を思わず吸ってしまったことで連撃の勢いが止まってしまう。

 岬選手はまるでゼンマイの切れたおもちゃのようにそこで唐突に動きを止めてしまった。

 縮こまった腕に林道の打撃が決まる。


「コテあり。勝負ありっ!」


 無常な審判の終戦宣言。

 開始1分で勝負は林道の勝利に終わった。

 もちろんこれは団体戦。

 勝利は岬選手率いる東亜中であり、林道の行幸南中は敗戦が決まっていた。

 しかし勝利を喜ぶものは誰もいなかった。

 


「試合後、顧問からは怒られました。準備不足、慢心。色々言われました。他の子たちも私の体調不良を心配したりしていました」


 けれど岬選手は叱責や心配も見当はずれだ、と内心で流し。

 負けた悔しさよりも、試合が終わって林道から解放された喜びを感じていた。


「誰の目にも林道は初心者で、負ける理由がわからなかったんでしょう。あいつの怖さは試合場で剣を交えないとわかりません。今でこそ林道の強さを剣道をしているならみんな知っているのでしょうけど」


 岬選手は苦笑する。


「私だけが『まぐれ』で負けた相手と周囲に思われた選手なんでしょうね」


 その後、岬選手は補欠の選手と交代になって支部大会の団体戦は応援にまわった。

 それでも東亜中は変わらぬ強さを発揮して全勝で優勝を決めて県大会に進出。


 物語はその翌日、女子個人戦へと移る。

 

 

 

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