12 林道ユウカについて岬の証言
東亜中にとって支部大会は県大会への調整という感覚しかない。それでも勝負に油断はなかった。不甲斐ない試合をすればどんな実力者だろうと容赦なくレギュラーから外される。その緊張感が常に東亜中にはあり、それが勝負への真剣さを、勝利への渇望につながり強さであった。
試合場の周囲は試合メンバーには選ばれていない東亜中剣道部の生徒、さらには保護者たちが座して歓声を送っていた。
岬選手はその歓声が心地よくて好きだった。
自分は特別な才能があるわけではない。
平凡な人間であることを自覚していた。
「勉強は得意じゃありませんし、見た目だってかわいいわけじゃないです。私の人生は誰か、どこかの誰かの物語のモブCみたいなものです」
岬選手は自虐気味に笑って言った。
東亜中がいくら県内でもトップクラスと言っても、関東や全国レベルとなれば無名に等しい。さらに自分個人の実力は県の強化選手に選ばれることもない。
それでも東亜中に入学したころは自信に満ちていた。
ここで努力すれば私も全国クラスの選手になれる。誰よりも強くなれる、と。
その希望は練習への熱意を煽り、1年の秋には2年生の先輩を押しのけて新チームのメンバー入りも果たした。けれど彼女の希望や自信も半年後に春風ヨウコが入学してきたことで消えてしまった。
天才春風ヨウコ。
紛れもない天才を前に岬選手は自分の実力ではどれだけ努力してもその領域にはたどりつけないことを知ってしまった。
そこでふてくされたり、反骨心を持てれば何か変わったのかもしれない。
けれど平凡な自分はそこでただただ何も変わらなかった。
惰性で熱心に日々の練習に取り組む。その毎日の繰り返し。確かに強くはなっていた。それでも1学年下の天才は自分の倍のスピードで成長の階段を駆け上がった。
きっと自分はこの天才が華々しい成績を残す中の1つ、その1つに同じチームメイトとして名前が残るだけの存在なのだ、と強烈に自覚させられた。
「だけど、やっぱりあきらめられない気持ちがどこかにあるのかもしれません」
岬選手は試合が始まる前。対戦相手と試合場を挟んで向かい合う瞬間。
20名以上はいる部員たち。さらにはその保護者たち。
そのすべての視線がただ自分1人に向く瞬間。
その瞬間が好きだった。
モブである、と意識している自分が唯一主人公になれる瞬間。彼女はその瞬間を味わうためにその日も相手と向かい合った。
「あの時のことは今もたまに夢にみます」
思い返した岬選手は膝の上で手を強く握っていた。
すでに試合の結果は東亜中の勝利が確定していた。
しかし岬選手にとってそれは関係のないことだった。
唯一、自分が主役になれるこの舞台においてそれは美しい勝利で物語を紡ぎたかった。支部大会はそれこそ最大に彼女が主役でいられる舞台であった。
行幸南中の先鋒と中堅は岬選手と同い年の3年生。過去に何度か試合を見たこともあるし、実際に対戦したこともあった。練習不足。感想はそれに尽きた。
強い、弱いではなく、まだ強弱で語るレベルにもない。
これから対戦する子は名前も知らない。そもそも行幸南中は昨年の秋に行われた新人大会で団体戦に出場していなかった。それは人数が団体戦に必要な3名以上いなかったからだ。
となればこの林道という子は新入生。もしくは助っ人で入ったのだろう。
観察してみれば防具も初心者がよく使うミシン製のもの。まだ型もついていない新品同様のものだ。
大将になっているのも、実力からというよりも数合わせなのだろう。
けれど初戦は浮足立つこともある。慌てずにしっかりと有効打を狙っていこう。
そう気持ちを引き締めた。
部員や保護者たちの歓声が心地よく岬選手の背中を押した。
目の前の試合へと気持ちを切り替える。
それと同時だった。
「……っ」
岬選手は一礼して試合場に足を踏み入れようとした瞬間。
その瞬間、息をのんだ。首筋を冷や汗が伝った。
思わず後ずさりそうになり、慌てて試合場へと歩みを進めた。
最初、なぜ自分がそんな感情を持ったのかわからなかった。
その感情がなんなのかもわからなかった。
試合場へと踏み入ると一礼。
さらに中央へと歩を進め、竹刀を抜く。
相手の選手も呼吸を合わせて竹刀を抜いた。
切っ先が触れ合うかどうかの距離。
その間も不明な感情が岬選手を蝕んだ。
中学最後の大会。
そのプレッシャーを感じているのかもしれない。
試合が始まれば大丈夫。身体を動かせばきっといつも通りになるはず。
そう思いながら蹲踞した。
先ほどまで10メートル向こうにいた相手は2メートルほどの距離まで迫っていた。
緊張している場合ではない。試合が始まるのだ。相手に集中しなければ、と岬選手は改めて対戦相手へと注視した。
岬選手はそこで自分を蝕むものが緊張や、最後の大会へのプレッシャーではないことを悟った。
目の前にいる相手が放つ得体のしれない『何か』であった。
その何かに私は恐怖を感じているのだ、と悟ったのだ。
怖い。逃げたい。
まだ試合は始まっていないのに汗が大量に流れ、息が上がっていた。
頭の中がパニックになりかけ、そんな中。
「はじめっ!」
主審の掛け声が響いた。




