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令和2年全国高校総体剣道女子団体決勝戦  作者: 目黒市
先鋒編

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10 林道ユウカについて金井の証言

 今朝ぶりのユウカを見たときにコウイチロウはある既視感を感じていた。

 ユウカと生活を共にしてから表情のわずかな機微を拾う生活だった。しかし今、目の前に座る少女は人らしい生きた表情を浮かべていた。笑っているわけでも、怒っているわけでも、それこそ先ほどまで言い訳に近い説明をしていた女性教諭からしたらいつもの無表情と映るだろう。過ごした時間の違いだろう。コウイチロウと、そして隣のサチコも同様にユウカが充実した何かを隠すこともなくその顔に浮かべていることを察した。

 そうした表情にコウイチロウは既視感があった。

 新規の契約を結んだ営業マンが退席前の世間話をしている時の顔だ。充実、達成感、喜々とした内面を抑え込んで自然体を装っている時のそんな表情。

 一瞬、いじめられていたユウカがクラスメイトへ復讐を果たしたことで充足感を得たのかと思った。しかしそんな考えはすぐに消した。今までのユウカを思い出したからだ。女性教諭の言葉が正しければ少なくとも2か月前からユウカとクラスメイトたちの問題は起こっていた。

 しかし家庭でのユウカはまったくもって平常通りだったのだ。

 そこに変化はなかった。

 おそらくだがいじめはユウカにとってまったく気にすることではなかったのだろう。だから彼女に変化はなかった。

 だが、今目の前にいるユウカは充足感をその胸の内に感じている。

 それは何からだろう。

 

 「おじさん、おばさん」


 唐突にユウカが口を開いた。コウイチロウとサチコは7年ぶりに聞いた姪っ子の声に驚き固まってしまった。しかしそんなことは気にせずユウカは言葉をつづける。


「欲しいものがあるんだ。剣道を始めたい」


 ユウカが言葉を発したことに驚いた2人だったが、次いで出てきた言葉を聞いて背中に冷たいものが走った。


 その時のことを思い返すといまだに鳥肌が立つ、とコウイチロウはグラスを揺らした。


「タカユキは剣士だったんだよ。引っ込み思案で自分のことを出さない子だったんだが、試合になった時は違った。怖いくらいの気魄だった。高校、大学と剣道で進学してね。卒業後も実業団チームに所属して剣道を続けていたんだ。代表候補にも選出されたことがあるくらいだよ。それもあの事故で脚を痛めて流れてしまったけれどね」


 剣道と妻、愛するものを同時に失うことになった痛みは想像がつかない。それでもタカユキにも残されたものがあったというのに。コウイチロウは寂しげにつぶやいた。

 

「まるでタカユキの執念がユウカを剣の道に引き込んでいくように感じて怖気が走ったよ」


 ユウカはまっすぐと2人を見つめ返した。

 2人には頷くことしかできなかった。


「そこからはあっという間だよ。あの子が剣道を始めたいと言ったのが6月で先月の大会が初めての試合だったんだ。あれよあれよと勝ち進んで気づけば全国大会。そこでも優勝してしまったんだから。タカユキの才能を受け継いだのかもしれないね」


 自身のスマートフォンを操作して保存された写真を見せてくれた。

 そこに映るのは表彰式でのユウカの姿。

 金井氏はその時まで林道ユウカという少女をコウイチロウの話の中でしか知らなかった。初めて見た林道ユウカは普通のどこにでもいそうな少女だった。

 隣に並んでいるのは他の入賞者だろう。彼女たちに比べるとユウカはかなり小柄だった。

 写真から受ける印象だけだととても強者には見えない。


「試合はすごかったよ。私も詳しいことはわからないが、ユウちゃんは圧倒的だったよ。相手に何かさせる暇も与えなかった。あっという間に勝負がついてしまうんだ。見ていて爽快だった」


 その年のユウカはコウイチロウの言う通りに圧倒的だった。

 地区予選からすべての試合を二本勝ち。相手から一本も取られることはなかった。


 

「林道ユウカの話はそれぐらいだったよ」


 金井氏はそこで話を終えた。


「俺もスポーツには詳しくはなかったからね。こんな話であんたの取材の役に立てればいいんだがね」


 

 

 

 

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