09 林道ユウカについて金井の証言
T山でユウカが発見された際にタカユキの遺体は既に白骨化しており、死後6年以上の経過が見られた。
ユウカ本人は病院で検査、入院となっていた。しかし事情を聞こうにも口を開くことはなく、医師からは失語症と診断を下された。
「すっかりね、変わっていたよ。見た目がという話ではないよ。雰囲気が変わっていたんだ」
コウイチロウ夫妻が病院で再会したユウカはよく笑う女の子ではなく、鋭く研いだ刃のような触れることを躊躇うような雰囲気を纏っていた。
ただ黙って表情を変えることなく夫妻を観察するように見つめていた。
心做しか周囲の医師や看護師はユウカを怖れるように距離を取っているように感じた。
全く別人と化した姪の姿に、コウイチロウは憐憫を覚えた。
「タカユキが何を思ってあの山に入ったのかはわからないが、馬鹿ですよ。ユウちゃんを残して、まったく。あいつがやらなくちゃいけなかったのは、あの子を守ることだったはずだろうに」
表情の起伏も乏しく、喋ることもないユウカだったが無気力とは違った。
近しいもので言えば警戒心の強い飼いたての猫のようだった。
退院して自宅に連れ帰りユウカが最初に興味を示したのは本だった。
「しかし小学校入学前までの学力しかないのと、長い間文字を使っていなかったからかひらがなや数字もわからなくなっていてね。妻が嬉しそうに幼児用の絵本をユウちゃんに読み聞かせていたよ」
1週間ほど様々な絵本、児童書を読み聞かせていたがすぐにひらがなや簡単な漢字ならば読めるようになりサチコは残念がっていたらしい。
学習意欲はとても高いらしく、本が読めるようになると学習書を欲しがるようになった。
「ユウちゃんなりにこの社会に溶け込もうとしていたのではないかな。物心ついてからあの子にとって一番長く過ごしたのは山の中だ。それも幼い子供がたった1人。どうやって過ごしたのかはわからない。けれどそれが私たちの想像を絶するものであるのは確かだろう。そんなユウちゃんにとってこの社会はわからないことばかりだ。山の中でそうだったように、生き残るためにこの社会を知ろうとしていたんだろうね」
ユウカを引き取って10か月ほどが過ぎた頃。コウイチロウがユウカを連れて散歩していると下校途中の学生たちの集団がいた。その集団をユウカはじっと見つめいていた。
相変わらずユウカは口を開くことも、喜怒哀楽を表現することもなかった。
しかし時間を共にする中で些細な変化ではあるがユウカの感情らしきものを読み取れる時があった。
「行幸南中学の生徒だね。ユウちゃんも学校へ行ってみたいか」
「……」
コウイチロウがユウカに問いかけるとわずかに左眉がピクリと動き、無機質な双眸を中学生の集団へと戻した。
興味があるときにユウカが見せる表情だ。
「そうだね。勉強も頑張っているし生活にも慣れてきたことだ。復学でいいのかな? いい時期かもしれないね」
この哀れな姪も、もしかしたら同世代の子供たちとの生活の中で言葉や感情、そういったかつて持っていたものを思い出すかもしれない。
コウイチロウはそう思い。妻のサチコも同意した。
そうしてその2か月後の5月。ユウカは行幸南中学の2年生となった。
「不安がなかったと言えば嘘になる。年頃の子供たちの中にあの子が入っていけるかイジメを受けるのではないか。正直とても不安でね。ずっと学校なんか行かず家にいてくれる方が安心できたかもしれない」
当時の心境を思い返してコウイチロウは苦笑した。
しかしコウイチロウの心配は的を射たものであり、ユウカは学校においていじめを受けることになった。
担任である箕輪クミはそれらユウカと他生徒の間の出来事を問題にすることはなく、ましてやユウカが何かを訴え出ることはなかった。コウイチロウがユウカの学校での扱いを知ったのは、ユウカと山下シュンヤの揉め事に端を発した事件でだった。
突然の学校からの連絡。要領を得ない説明に業を煮やしてコウイチロウは学校へと急いだ。
そこで知ったのはユウカが学校でいじめに遭っていたこと。そしてユウカがクラスメイト全員を伸してしまったことだった。
コウイチロウも、一緒にきていたサチコも教員たちの説明していることがはっきり言ってまったくわからなかった。
自身と同年代の校長も事態を把握はできていないようで終始困惑を顔に張り付けていた。説明をしている中年の女性教諭も自習中のできごとであること、被害にあった生徒たちは大事をとって帰宅をさせたので詳しいことはわからないと繰り返すばかり。唯一、その女性教諭と現場に居合わせた若い女性教諭だけが泰然自若と穏やかな表情をしていた。
いくら聞いたところではっきりとしない教員たちを後にして2人は別室に待機させられているユウカのもとへ向かった。




