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4番 受付嬢の秘密(その二)

 学校の最寄り駅までダッシュ。電車に乗って、降りた駅からまたダッシュ。


 電車を待ってる間に、俺は予約時間に少し遅れることを歯科クリニックに連絡した。


 電話に出た女性――たぶん受付のお姉さんっぽい人のほう――から優しく「わざわざありがとうございます。大丈夫ですよ。あわてないで気をつけてお越しくださいね」と言われて、俺は心底ほっとした。


 実際、歯科クリニックとしては遅刻して迷惑だろうに、そういう様子をオクビにも出さず、むしろこちらを気遣ってくれる対応はありがたい。


 その気遣いに応えるべく、こちらも出来る限り急いだのだが、日頃の運動不足がたたり、学校の最寄り駅に着いた時点ですでに息ぜいぜい汗だくだくの状態だった。


 予約していた午後四時から遅れること三十分、俺はようやく歯科クリニックに到着した。


 息を切らせながら正面玄関を通り、待合室に入る。


 壁際の受付に直行すると、前と同じようにユニフォーム姿の女性が二人座っており、電話に出てくれたらしいお姉さんがすぐ立ち上がった。


「東さん、お待ちしてました。時間どおりにお越しになると聞いていたのですが、何かトラブルでもありましたか?」

「時間どおりに? いや……まあ……トラブル、といえば……そうですね……出がけに、先生に、捕まって、しまって……すみません」


 診察券を出しながら、息もたえだえに俺は答えた。

 時間どおりに着くとか、俺、連絡してないけどなぁ。

 誰かと取り違えてるんだろうか。


「まあ、すごい汗。少し何かで拭いたほうが」

 お姉さんが俺の滝のような汗をみて、ちょっとひいてる。

 俺だってこんな汗まみれのまま、神楽坂さんに会いたいわけじゃない。

 ただ残念ながら、いつもハンカチを持ち歩くような清潔感あふれる男子高校生ではないんだよなー。


 と、受付のもうひとりの女性が、もぞもぞ身動きしたかと思うと立ち上がって、受付のカウンターから黙って何かを差し出す。


 差し出されたものは、汗拭きシートのパッケージだった。

 咄嗟に受け取っていいものか迷った俺に、女性はパッケージをさらに俺のほうへぐいぐい差し出して、受け取るよう促すそぶりを見せる。


「……いったんこれで汗を拭きなよ、東」

 突然タメ口で呼び捨てにされた俺は、驚いてその女性をまじまじと見つめた。


 幼い顔立ちで化粧は薄く、目鼻立ちは整ってる。髪は短く切り揃えていてストレートだが、前髪はくるりと上げて額を出している。


 目立った特徴のある顔ではないが、美形の部類には入ると思う。

 こんな女性には見覚えはなかった。

 ただ、どこかで見たことがあるような気はするのだが……。


 しかし、なんでタメ口、呼び捨て?

「あ、ありがとう、ございます」

 とりあえず俺は汗拭きシートのパッケージを受け取り、汗まみれの顔や首筋などをひととおり拭いた。


 シートにはメントールが配合されているらしく、拭いたところが涼しい。汗がひく感じだ。


 拭いている間にもいろいろ頭を廻らせていたのだが、この女性がいったい誰だかさっぱりわからなかった。


「これ、ありがとうございました」

 汗拭きシートのパッケージを女性に返すとき、俺はきっと不審そうな顔をしていたのだろう。


 俺からパッケージを受け取ったその女性は、俺にそれを渡したときと同じように、ぼそっとつぶやいた。


「……わたし、茅場だよ。B組の」

「B組のカヤバって……え、茅場? ええっ!」


 こ、こいつ、っていうか、この女性が茅場茉稚!?

 あの、地味子で黒メガネの茅場?

 うそだぁ……。


 ……オンナってほんっと化けるなぁ。メガネ外して軽く化粧するだけでこんなに変わるのか。怖えー。


 なんなら俺、一瞬「美形だー」とか思ったし。

 いやいやもちろん一瞬よ、一瞬だけどもさ。

 学校で見る茅場と全然違くない?


「茅場、こんなところでいったい何やってんの?」

「何やってんのも何も……ただのバイトだけど」

「バイト?」

「そ、受付のバイト。東、先週初めてこのクリニックに来たでしょ? そのときも私、ここに座ってたんだけど?」

「あー、たしかにここにふたり座ってた記憶はあるけど……」


 お姉さんともうひとり、受付に若い女性が座ってた記憶がある。そのもうひとりが茅場だったってことか。


「ていうかここ、そもそもワタシんチだし。バイトではあるけど、まあ家業を手伝ってるっていう感じ?」

「え、でもここ『まきデンタルクリニック』だろ? 『茅場デンタルクリニック』じゃないじゃん」


「『まき』っていうのはウチの母親の名前。茅場茉記かやば まきっていうの。ここのオーナー兼歯科医師をやってる」

「あー、そうなんだ……」


 俺は苗字が牧さんとか、槙さんとかいう人がやってる歯医者さんかと思ってた。

 茅場が続ける。


「……神楽坂さんは、まだ前の患者さんのケアやってるから。準備が出来たら案内する。それまでソファにでも座ってて」


 茅場はそういうと、元どおり腰を掛けた。

「はい、東さん、もう少しお待ちくださいね」

 受付のお姉さんもニコニコしながらそう言うと、同じように受付カウンター内に腰を下ろした。


「……はい」

 俺も言われるままに、自分の後ろにあった座り心地の良さそうな三人掛けのソファの端に腰を下ろす。


 いったん腰を下ろすと、どっと疲れを感じた。浦安先生につかまり、学校からここまで走ってきたうえに、茅場との衝撃の再会。そりゃあまあ疲れるワケだ。


 待合室にはゆるやかにクラシックギターの音色が小さく流れている。


 ギターの音色に癒されて気分は落ち着いてきたが、いろんな情報がありすぎだ。ちょっと整理しないと。


 まず、この「まきデンタルクリニック」はB組の茅場茉稚の自宅で、茅場は家業でバイトしている。


 俺が茅場を知ったのは、この歯科クリニックに初めて来た後のことだ。


 このクリニックで鼻血を出した翌日、茅場が廊下で俺に向かって「神楽坂さんに馴れ馴れしくするな」と言ったのが、茅場の存在を知ったきっかけだった。


 一方、茅場は俺が初めてこのクリニックに来た時点で、すでに俺のことを見知っていたらしい。


 クラスも違うのに、なぜだ?

 すぐにピンときた。

 茅場と俺には共通の知り合いがいる。

 葛西だ。


 茅場は葛西が所属しているオンケンの部長だし、俺と葛西はクラスでいつもつるんでいる。

 葛西といっしょにいる機会の多い俺のことを茅場が見知っていたとしても、別に不思議じゃない。


 そもそもこのクリニックを俺に紹介したのは葛西だ。

 当然葛西は、茅場の自宅がここであることを知ってただろうし、なんなら茅場がバイトしてることも知ってたかもしれない。


 いま思い返してみれば、葛西がこの歯医者を俺に紹介したとき、葛西は妙にニヤニヤしてた。

 俺を驚かして、後で面白がるコンタンだったのか。


 ヤツには鼻血の件でも大笑いされてるし、今回もきっと大笑いする気だな。

 そう考えてみると、葛西に対して腹が立ってきた。


 浦安先生から救ってくれたときも、その後すぐにここで起こる出来事――学校とは違う茅場を見た俺が、驚き慌てること――を想定していたからこそ、素早く手を差し伸べたに違いない。


 チキショー、葛西め。月曜日シメてやるからな!


 そう思ったとき、受付の茅場から声が掛かった。

「東……さん、神楽坂さんの準備が終わりました。診察室にお入りください。それと」

 茅場がちょっと言い淀む。


「それと、月曜日、ちょっと時間あるかな?」

読んでくださってありがとうございます☆

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